第7話 安らぎの泊まり木

 およそ1時間。



「う〜ん……中々見つからないわね〜」



 宿を探し始めたエデン達だったが周った宿屋は全て満室で、2人と1匹は鮮やかな装飾が目立ち始める道中、途方に暮れていた。



「あの行列だったんだ……普通は、街に入ったら宿を取るだろぉ。なぁ?」

「う……すみません」



 歩きながらラクリスは、肩身の狭い思いをしながらエデンの後を追う。



「やっちまったもんは仕方がない……訳では無いが、そんな事よりも今はどうするかだ。流石に外で寝るのは頂けないしなぁ」



 このまま野宿と言うのは、流石のエデンでも気が引けた。

 遊猟の森なら何処でどう寝ようとも良いが、こうも人が混雑していれば酔っ払いが寝ているエデンのフードを取るなんて事もあり得なくはない。



「せめて部屋には寝たいが……」



 エデンが呟きながら周囲を見渡していると、ヨルが何かを閃いたかのように目を見開き前に飛び出した。



「『安らぎの泊まり木』って周ってないわよね?」

「あ"ー、あの女の子が言ってた宿か。そう言えば見てないな」



 高級な宿から一般向けの宿まで、普通は大通りに面する目立つ所、門の近く等に座している。それは商人や冒険者等の利用者が、使い易いが為だ。


 此処を1時間見て回り無いとしたら、それはーー。



「激安宿か、不人気宿か、それとも隠れた名宿か……まぁ、この際寝れれば良いか」



 エデンは大きく溜息を吐き、近くに居た屋台の者に場所を聞いてみる。

 最初の支度金が少なければ、勿論人気の立地に宿を構える事が出来ない。つまり、裏路地などの目立たない所で営業しているという事だ。



「そうか、分かった。ありがとうな」



 エデン達は屋台の者から場所を聞くと、前に見える2個目の路地を曲がる。そこから数回薄暗い路地を曲がり、大通りとは違う少し広めの道へと出る。

 そこでは人がまばらに歩いているだけで、外で飲み食いしている者は見当たらない。


 それなのにーー。



「なんだぁ?」



『はははははっ』『かちゃかちゃ』『ざっざっざっ』と大勢の者が騒いでいる様な音が彼方此方から聞こえて来る。通りにある廃屋の様な建物の中には誰も居ない。



「どうなってるの?」

「何かが反響してるような……」



『ぐわんぐわん』っと洞窟の中で音が反響しているように響くその音にエデン達が「?」を浮かべていると、ラクリスがおずおずと手を挙げる。



「あの、此処はラクトの街でも有名の"お化け通り"と言われる所です」

「「お化け通り?」」

「周りから人が居ないのに色々な物音や声が聞こえて来ますよね? これはラクトの街に生えてるこの植物が原因なんです」



 首を傾げる2人、ラクリスは近くの建物に纏わりつく植物を手に取った。



「これらは種子を残す時2つの種を残します。それらは……"せんしょくたい"? というのが同じでどんな距離であろうと伝音するという性質を持つらしいんです」

「遺伝情報が同じって訳か……伝音するのは"魔力回路"も同じだからか?」

「ん〜でも育った環境が違うから、"伝導効率"まで一緒なのは考えづらいでしょ? 他に要因があるんじゃない?」



 エデンとヨルが植物を見て触り考察を述べる。そんな2人を見てラクリスはポカンと表情を落とした。



「お、お2人は何かしらの研究をなされているんですか? 言葉の端々から最近論文が出たものと同じ言葉が聞こえて来たんですけど……」

「ん? あー……目的柄な。色々勉強したんだ……ってそれよりも宿だ、宿」



 話を無理矢理戻し、エデンは宿を探すように周りを見渡した。


 それから数十秒後、『安らぎの泊まり木』と小さな看板が掛けられている建物を見つける。

 見るからにボロく、壁木の表面が経年劣化の所為なのか表面や木板の端が剥がれてきている。匂いも独特で、雨の降った腐葉土の森の様な匂いがする。

 しかし行かない訳にも行かず、エデンは開閉扉を押した。



「……へー。意外、だな」



 チリンチリンっと扉に着いた鈴を鳴らしながら周りを見渡す。

 窓際には小さなテーブルと椅子が数組、奥には番台の様な小さなカウンターがあり、最低限の修理と清掃は行き届いている様だ。



「まぁ、小さくはあるけどお客さんに対しての誠意は感じる宿ね!」



 いつも店の掃除を任せられているヨルが言うのなら間違いはない。夕食時にも関わらず人が居ない事からーー。



「満室ではないだろう。此処にするか」

「さんせ〜い!」



 エデン達が足を進めると、丁度良くカウンター後ろから先程の快活な少女がやって来る。



「! お兄さん達は!」

「ん? 覚えてるのかぁ?」

「は、はい! それは目立っていらっしゃったので……あ、い、いらっしゃいませ!!」



 少女は口元を気付いたように腰を90度曲げて頭を下げる。

 目立つ、まぁ、大柄な者が外套を頭から被って蝙蝠を連れていたら目立たない訳がないか。



「実はアテが外れて、さっき宿を探し始めてな」

「あ、そうだったんですね! ウチでしたら何日でも泊まって構わないですよ!」



 そう言って少女はカウンターの下から紙と羽ペンを取り出す。



「1泊3000ゴールドです!」

「安いな。食事付きなら?」

「あ……えっと朝食と夕食が付けれて、出せるには出せるんですけど、一応3500ゴールドになります」

「へぇ、500ゴールド分で朝夕食が付くのか。取り敢えず……食事付きで1ヶ月分頼む」



 エデンは少し思考した後、少女へと言う。



「い、1ヶ月もですか!?」

「? 無理か?」

「いえいえいえいえ!! 大歓迎です!! えっとお名前をお願いします!」

「店主だ」

「えっと、店主さんで良いんですか?」

「名前じゃなきゃダメなのかぁ?」

「い、いえ! そんな事ありません! 店主さんですね……そちらの方もお伺いしても良いですか?」

「ラクリス・アルザックです」

「はい……あの、お部屋はどうしましょう? 同じの方が宜しいですか?」

「いや、別々で頼む」

「あ……うっ」



 エデンがそう返すと、何故かラクリスが分かりやすく狼狽える。



「何だぁ? まさか一緒が良いとか言うんじゃないよなぁ?」

「あの違うくて………すみません! 私お金無いんです! 遊猟の森に行く前に剣を新調して、お金は全部使ってしまって………」



 その発言に、今度はエデンが頭を抱えて狼狽える。

 言われてみれば今日1日店を回ったが、ラクリスは何も買っていない。勿論、食べ物も何も食べていない。



「……つまり? 今まで着いて来たのは俺にたかる為だったと?」

「え"、えーっと……?」



 ラクリスは視線を遥か彼方、天井を向けて首を傾げた。

 そんなラクリスを見たエデンは、ラクリスの首根っこを捕まえると宿の外へと放り出す。



「一先ず、自分の宿泊費ぐらい払えるぐらいに稼いで来い。Cランク冒険者なら直ぐだろ」

「い、いや! 長剣が折れてるんですよ!?」

「なら、街で出来る依頼でもこなせ。で、出来たら必ず戻って来い。"契約"だ、分かってるな? 必ずだぞ!!」



 告げると、ラクリスは逃げるように何処かへ行ってしまった。



「あの子って意外に図々しいのね〜」

「あ、あの?」



 ヨルの声に、アイナがエデンを見上げる。



「あぁ、悪い。ただの独り言だ。因みにこっちは小蝙蝠のヨルだ。よろしく」

「あ、私はアイナ・ヨーロフと言います! 1ヶ月間よろしくお願いします!」



 また大きくお辞儀をされる中、エデンは1ヶ月分の宿賃の10万5千ゴールドを払い、アイナに案内され2階にある部屋へと行くのだった。

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