第38話
「最初はね、純粋に興味だったよ。ヒアミックが褒める弟子がどんなものか、ってね」
「先生がオレを褒めてたなんて想像できないんですよね」
「何を言ってるんだ、あいつは最初から君を褒めていたよ。そうだな、四年前から」
確かにこの体は重宝されたし、基本的な読み書き計算ができることは手間が省けたと喜ばれた記憶はある。そうでなくても、がらりと人生が変わった四年前は毎日に必死で、あまり印象的な記憶もない。
「図書館の一般開放を提案したんだって?」
「……そんな会話をしたことはあるかもしれませんけど、そんなことで?」
「雑談のつもりで、識字率の話をしたんだと、あいつは言ってた。教育がいき渡っていない現状をかるい愚痴のつもりでこぼしたら、君が書物の高価さを語って、それから王宮図書館とは別に一般向けの図書館を用意したらどうかって言ったんだって。その発想はなかったのだと、あいつは嬉しそうに笑っていたよ」
だんだん思いだしてきた。確かにそんな会話をしたことがある。思い出したら自分の無知さが恥ずかしくなる。たしかあの頃は図書館の本がたくさん読めることが嬉しすぎて、そんなことを言ったのだと思う。実際、図書館を運営するとなると予算の問題とか運営の問題がでてくるというのに、そんなこと誰より知っているだろうヒアミックに向かってそんなことを言ったのか、思い出せば思い出すほど、羞恥で息苦しくなる。
しかもそれを、サコットにまで話されていたなんて。
「う、忘れてください」
「何言ってんの、あいつはあれから君を褒め続けているんだって。俺も、感心したよ。それから、図書館の書物並べ替え、君の案なんだろう?」
それは、自分の為でもあったのだから褒められる理由がない。しかもまだ一度しか役にたっていないし。
「う、う、さっきから、なんか、恥ずかしいです」
「何言ってるの、君が言い出したことだよ」
そうだった。サコットに選ばれた理由が知りたいと言ったのは自分だ。でも出会いから遡られるとは思わなかったのだ。
「実際に会って、君は俺を騎士として慕ってくれているんだなって思った。だから俺は慕ってくれる他の人々と同じように君の期待を裏切らない騎士様でいなければならないと、思ったな」
会うたびに緊張しているのは可哀そうだから、早く慣れてほしくて最初のころは強引に近づいて、余計緊張させたのは申し訳なかったな、と笑われて、最初の頃、やけに親しくしてくれたのはそのせいだったのかとようやくスッキリした気分になった。
「だから、財布を作ってくれたときはびっくりしたな。騎士の俺でなく、サコット自身を見てくれるひとなんて家族以外、他にいないから。そのうえ、君は俺の為にと、贈り物までしてくれて、それも初めてだった」
「え、そんなことないですよね? だってサコット様ですよ?」
「そう、騎士サコット様だ。騎士サコットとしての賞賛はありがたいくらい受けてきたよ。贈答品もね。騎士サコットが騎士サコットとしての成果を出さなければなくなる賞賛だ」
それはそうなのだろうけれど、なんとなく、自嘲気味なのが、らしくないな、と思った。
「まあ、少し前に色々あってね、あの頃少し俺は擦れてたんだ」
「そんな風には見えませんでした」
「いつでも平静に。そうやって生きてきた。俺の出自はヒアミックから聞いてる?」
「いえ、あ、御父上が宰相の護衛だというのは聞きました」
「うん、だから、ってわけでもないけど、ヒアミックとは小さいころからずっと一緒で、俺もあいつの護衛になるつもりだったんだよ。あいつが王に心酔して、俺に騎士になるように言い出すまではさ。まいったよ、急に騎士になれとか言い出して。それが王の為になるからって」
サコットの昔話を聞けるのは嬉しい。ここが地下牢でなければもっとよかったのだけれど、贅沢は言ってられない。相づちを打ちながら続きをせがむ。
「俺が小さいころ魔法が暴走させた話はしたっけ」
「はい、それを宰相が王に報告して、魔法が禁止されたって」
「そのとき、俺はヒアミックに怪我をさせたんだよ。護衛の息子が宰相の息子に怪我をさせるなんてとんでもないことだ。それを、ヒアミックは俺をかばって、宰相は赦しをくださった。それからヒアミックは制御魔法の研究を始めてね。まだ五歳だぞ? 三年で完成させて、俺に制御魔法をかけてくれるようになったんだ」
そんな話はヒアミックからも聞いていない。だったらサコットにとってヒアミックはただの友人なんかじゃなくて。
「恩人で尊敬すべき人間だよ」
「あ、オレと同じですね」
「だから君に興味をもったんだよ、あいつが褒めるのはどんな人間なんだろうって」
ヒアミックとサコットの絆みたいなものに少しだけ、嫉妬しそうになって慌てて頭から追い払う。
「君には驚かされてばかりだった。でも少しずつ知る度に、なんて格好のいい男なんだろうと思ったよ」
「ちょっと待ってください、オレが? なんでそんな」
「財布のこともそうだけどね、君は必ず自分の力で問題を解決している。それを努力とも思わずに。その行動力を格好いいと思った」
まっすぐに言われてとても見つめ返せそうにない。サコットのことをずっと、格好いいひとだと思ってきた。それが
「俺は君にあこがれたんだよ」
こんなこと、言われるなんて想像もしていなかった。
「君に会うのが嬉しくなった。格好いいだけじゃなくて、君は愛らしくもあって――気持ちを平静で保たなければならない、誰のことも平等にみなければならない、そうやって生きてきたのに、君にだけ、平静を装えなくなった。城の裏庭で魔法力が暴走しかけたのは、そのせいだよ。思わぬ所で君に会えて、はしゃいだんだ」
だから君が自分を責める姿はつらかった、と呟いた声は小さなさざ波のようだった。
その辺りのことはしっかりと思い出せる。まさか、あのとき、そんなことを思ってくれていたなんて、嬉しいけど恥ずかしくて、爆発しそうだ。
「あ、の、もう、十分です」
「駄目だよ、君が聞きたいって言ったんだ」
「だって、うう、もう、よく分からなくなる」
「本当の俺の姿を見せてしまって、きっと嫌われただろうと思った。でも君に好きだって言われて、あの日は舞い上がったな。それからすぐ冷静になった。君の好きは騎士として尊敬していますの意味だと思ったからね」
やっぱりそうだったのか。だから態度が変わらなかったんだ。
「ヒアミックには感謝しているよ。あいつのおかげで、君の気持ちを知れた」
「……はい」
「俺は嘘つきで、皆に尊敬されるような人間じゃない。ずっと、そう思って騎士として生きてきた。だから、君が――俺が憧れた君が、こんな俺を好きだと言ってくれるたび、俺は自分を肯定されている気がして、救われている。俺が君を選んだんじゃない、君が俺を選んでくれたんだよ」
触れたいと、思った。どうしても。
サコットのくれる言葉に、シキアがどれだけ心臓を跳ねさせて、どれだけもっと想いを返したいと思っているか、そのすべてをとても言葉だけでは伝えられないと思った。
そっと手を伸ばして頬に触れると、遠慮がちに拒まれる。
「サコット様、っ、オレ、触れたいです」
「っ、俺もだ、でも、こんな場所で、だめだ」
早く謹慎が終わってほしい。
明るい場所で、太陽のような笑みが見たい。
しっかりした手触りの髪に触れたい。
「あと、三日だから」
「待てないです」
「本当に君は――予想外に大胆だ」
「いや、ですか」
「嬉しい誤算だけどね」
今はこれだけ、と髪に触れられる。柔らかいと褒めてくれる髪だ。あれからいつでも念入りに手入れをしている。優しい手が離れていくのが耐えきれなくて、でも、サコットが望むから、あと三日待とう。自分でもびっくりするくらい、堪えがきかない身体を押さえつけて、シキアはなんとか、笑った。
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