第3話

 無感情に聞こえる声で来客を迎える。無感情に聞こえるが、その奥の奥にわずかな安堵があることにシキアは気づいた。ヒアミックは感情の起伏があまりに小さいので顔色を窺っているうちに、そこそこの感情は読み取れるようになったのだ。友人の帰還に安堵する、なんて感情がこの人にもあったのだなと思う。


 というか、そこは問題ではない。問題ではないのだ。問題なのは


「お、君が噂の弟子君か。初めまして、サコットです」


 金髪の明るい青年がシキアに向かって手をあげた。

 サコット.ミヤマ。知らないはずがない。シキアからすれば初めましてでもない。

 四騎士の一人、金の騎士。

 不良者の英雄でシキアの命を救ってくれたひとで、あこがれの……光。


 なぜ、ここに?


 思わず助けを求めるようにヒアミックを見て、その顔がにやけているのに気づいてしまった。ヒアミックは面白がっている。シキアがサコットに並々ならぬ憧れを抱いていることは知られているのだ。長々といかにサコットに憧れているか語ったこともある。


「シキア、彼は私の友人でサコットだ、知っているかな」

「……ぞ、んじ、あげております」


 ヒアミックはまだにやついている。


(くっそ、オレを驚かせて楽しむつもりだったのかよ)


 サコットと友人など、今まで聞いたこともなかった。まさか、この瞬間のためにずっと黙っていたのだろうか。ありうる、ヒアミックなら、やりうる。

 先生が色々なことを「楽しむ」性格なのは知っているし、その犠牲にもなったことはあるが、今回のが一番性質が悪い。


 黙り込んでいるシキアに、サコットが気遣うような視線を投げてくる。


「あれ、弟子君顔色悪いんじゃない? おい、ヒアミック、ちゃんと弟子のこと可愛がってやれよ?」

「顔色はいつになくいい方だ。何か喜ばしいことでもあったのかな」

「そうなのか? だったらいいけど。えっと、弟子君、俺はこっから一年、王都任務の期間だから、これからよろしくな」


 サコットがこっちを向いて話かけてきているような気がする。もしかしてこれはオレに話しかけているのか? そんなわけ、でも、これは夢? は? そんなことあり得るわけないだろう、うんうん、夢だ夢、そこまで自分に言い聞かせてどうにか落ち着いたのに、ヒアミックが追い打ちをかけてくる。


「では、シキア、早めの昼食としようか。聞いてくれるかサコット、朝食を抜いたことをシキアに叱られたんだ。しっかり食べよう。どの店にする?」

「お前はしょっちゅう叱られてるんだろ、いつも言ってるもんな、優秀な弟子ができたってな。そうだな、んー、久々だからなあ、がっつり肉食いたいな」

「ああ、ではそこの定食屋にするか。シキアもお気に入りだ」

「そうなのか、あそこ美味いよな」


 まるで自分のことも話題にされているようだが気のせいだ気のせい。


(っていうか、食事? サコット様と?)


 無理無理無理無理。同じ場所で空気を吸うのだっていま精一杯なのに、まるで親しい間柄のように食事を共にするなんて無理の極み。これはきちんと辞退しなければとんでもない醜態をさらすことになってしまう。夢だとしてもそんなの、耐えられない。


「あ、の、オレは弁当が」


 ようようでた声は我ながらあまりにか細く、なんだかんだ楽しそうに話している二人の耳には届かなかったらしい。


「行くぞ」


 ヒアミックに流し目で見られ


「行こう?」


 サコットに太陽みたいな笑顔を向けられ、もう「否」という気力も体力も失ったシキアはヒアミックに引きずられるように二人の後を歩いた。 


 まだ昼食時には少し早いせいもあって、定食屋は閑散としている。それでも宰相の息子と金の騎士がつれだって訪れたので、そこにいる人たちはおおいに舞い上がった。囲まれて質問攻めにされているのはサコットで、浮ついた視線を投げられているのはヒアミックだ。


「いつお戻りで?」

「さっきだよ、今朝早く戻ったんだ、また一年、よろしく頼む」 

 サコットが気安い笑みを浮かべたのを見届けて皆が一斉に話し始める。


「四年ぶりですもんね、あ、国境はどうですか?」

「瘴気の地はまだおとなしいですか?」

「魔法石の発掘所に恋人が働きにでていて」

「この前森で大きい魔物見たんです、怖くて」

「あ、酒はどうします?」

「今日の肉は鶏の蒸し焼きです」


 サコットは律儀にその一つ一つに対応していたが、やがてヒアミックが小さく一つ咳払いをすると同時に皆がさああっと自席に戻っていった。サコットは気安い英雄で、ヒアミックは近寄りがたい天才、しっかり役割が分担されている。


「シキア」

「あ、はい」

「注文はまかせる」

「え、っ、先生の分は構いませんが、その」


 ちらとサコットを見るとにこやかな笑顔が


「俺は自分で頼むから大丈夫だよ」


助け船を出してくれた。


(はあ、それにしてもかっこいいいな、いや、だめだ、態度に出たら呆れられてしまう、がまん) 


 にやけそうになる自分を叱咤しながらいつものようにヒアミックの分を注文する。今日は朝も抜いているし、軽めにサラダと蒸し鶏とチーズのパン、せっかく友人と久々の食事らしいので、食後のデザートで柑橘ゼリーを頼んだ。あとは自分のために木の実のサラダを。


「人に食え食え言っておきながら自分はリスのような食事だな」

「う、あのオレは弁当があるので」

「そうだったの? つき合わせてごめんね」


 いちいちサコットが優しい。


「弁当があるからなんだというのだ?」

「だから、弁当食べないのはもったいないってことだろ、食料を無駄にするのはよくない」

「人にやればいい」

「そんなこと無理です!」


 給料を貰っているとはいえ、無駄使いはしたくないから基本は質素を心掛けている。人にあげられるような弁当ではないのだ。


「サコット、お前なら間食かわりに食べられるだろう? せっかく友人が帰還した祝の席だ、弟子ともども楽しみたいのは私の我儘か?」


 ヒアミックがここまで言うということはもう引くことはできないということだ。サコットにあげるなんて気絶しそうなことできるわけもなく、弁当は戻ってから頑張って食べることにしてヒアミックと同じものを注文した。やりとりを聞いていた店主がこっっそり片目を閉じたから、量を減らしてくれるのだろうか。助かる。


 それからの昼食会は夢のようだった。サコットは王都を離れた四年の任務の話をしてくれて、ヒアミックがそれに口を挟む。まるで親しい友人のようで


(本当に先生と友人だったんだな)


不思議な気分になった。


 騎士は一年単位で任務地を入れ替わる。二カ所の国境と魔法石採掘場の警備、それから王都での警備。四年に一度王都に戻ってくることは知っていたけれど、まさかこんな近くに居られるなど、誰が想像できるっていうのだろう。


 サコットの話は楽しかったけれど、シキアはあふれ出す喜びと興奮を抑えるので精いっぱいだったので、


「はあ」とか「あ、はい」とか、まあそれはもう愛想のない返答しかできず、家に帰ったあとから叫びだしたいほどの後悔に苛まれた。

 きっと、可愛くないと思われただろう。愛想もなく、天才ヒアミックを叱る身の程知らずな弟子。嫌われたかもしれない、と思うと涙が出そうだった。


 十五年前の魔物大襲来のとき、森で父共々死にかけていたところを助けてくれたのがサコットだった。王都の守備に追われる当時の騎士たちの代わりに王子の号令のもと若い軍人らが村々を救ったのは有名な話だ。その中心がまだ十五だったサコットだった。不良者であるサコットが騎士になれたのはその功績と民衆からの支持が圧倒的だったからだ、と父が言っていた。憧れない理由がない。そんな人と食事を共にしたのに、なんて態度を取ってしまったのだろう。


「あーーーーーもう、オレは、っ、くっそ!」


 目を閉じなくてもサコットの顔が浮かぶ。今まで回想で思い出していた十五の頃の顔や、遠くから見た顔ではなくて、シキアのすぐ近くでヒアミックと気安く笑う大きな目、優し気な厚めの唇、綺麗な、顔。ヒアミックが夜の美しさだとすれば、サコットは昼の美しさだ。


(声も、優しかったな)


 名前を呼んでもらったこと、一生の思い出にしようと思いながらぎゅっと目を閉じたが、とてもじゃないが眠れそうもなかった。



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