fight2:謎の戦闘狂少女現る

「奈緒さん、早速闘いましょう! 教室ここでは障害物が多いので、校庭そとに行きましょう! 格闘家たるもの出会えばゴングが鳴るものです! さぁ、さぁ、さぁ!」

 目を輝かせ、鼻息を荒くした赤い少女、蓮火は華奢な身体では想像もできない強さで奈緒の腕を掴み、扉の外まで引っ張ろうとしたが、奈緒は戸惑いつつ、振り払う。

「ちょっと待ちなさい!? 何なのよ、さっきから!? あなた何で私の名前を知ってるのよ!? いきなり、闘おうとしないでよ!」

 奈緒は文句を言いつつも、痛みで痺れた腕を押さえ、掴まれた感触を思い起こす。

(痛た…余りにも強い力だから力んじゃったけど、彼女、相当力強い。私と同じくらいの子でなきゃ、あの力は出ない。ということは彼女も格闘経験があるってことかしら?)

 蓮火は奈緒の痛んだ腕を見て、ハッと気づき、急いで頭を下げた。

「すっ、すみません。闘いたいという想いが抑えるのが苦手で、腕は大丈夫ですか?」

 奈緒は蓮火の表情に悪意はないと見抜き、申し訳なさそうな態度に心許した。

「まぁ、とりあえず落ち着きなさいな。」

「はい。では改めて、自己紹介を。鬼門蓮火と申します。鬼門一族の三女にして、鬼門流全総合古今武道の免許皆伝者です。奈緒さんとは中学の頃のとある町の空手大会で出会い、それはもう素晴らしい闘いを繰り広げました。」

 奈緒は蓮火の話を他のクラスメートが聞いたことに冷や汗をかいた。何故なら、彼女は今まで"空手をしている幼馴染がいる以外何の取り柄もない平凡普通の女子高生"という設定を演じているつもりだからだ。過去のトラウマから遠ざける為にファッションやスイーツなどの流行を必至に学び、クラスメートへの交流も相手が分からないようなギリギリの距離を置き、地味さをアピールしてきた。

 情報通の呂夢には流石にバレたが、口止めを懇願したおかげで入学当初から問題皆無モーマンタイ状態で平穏を守ってきたつもりであった。

「なおち、ドンマイ。」

 奈緒は優しく手を自身の肩に叩く方を見れば、

「これはあれですな。これから、バトル漫画の女主人公として生きていくしかないですな。私、絶対に奈緒がこれから戦う他校のヤンキーや怪しい組織の刺客の情報を手に入れるからね。」

 この状況を好ましく思い、ニマニマと笑う級友こあくまの姿を理解し、頭をさらに抱え、奈緒は蓮火の両肩をぎっしり掴み、

「今日の昼休み、校舎裏でじぃーーーーーーっくり話し合いましょう。これからのこと。」

「はっ、はひ…」

 脅迫した。された蓮火はもちろん、うだつが上がらなかった。


「なるほど、そんな事情があることを知らず、あなたの最高機密デリケートな個人の秘密プライベートをバラしてしまってすみません。」

「まぁ、事情を知らないから、許してあげるわ。大体、隠し通せるなんて甘いしね。」

「人の噂も七十五日っていうから、そう落ち込まないでよ、なおち。でも、私的には終わらせたくないし、盛り上げたいし。」

「他言無用よ、呂夢さん。私にとって笑い話じゃないから。」

「りょ、了解。だから、そんな青筋浮かべたつくり笑顔は流石に怖いから許してね。」

 校舎裏で若き大和撫子たちがきゃぴきゃぴと話す井戸端会議にも見えるが、奈緒のもどかしさによる睨みが効き、ある意味緊迫とした。

 そんな雰囲気の中、蓮火は納得の行かないように眉間に皺寄せ、悲しそうな瞳を浮かべた。

「あの本当にいいんですか? しつこいようですみません。大好きな空手を辞めてしまって、空手大会で闘った奈緒さんは輝いていました。闘うことに前を向いて、空手を誰よりも愛したことを手前勝手ながら感じさせてもらいました。」

 蓮火の悲しそうな表情を見た奈緒は自分にも思う所もあった。かつての自分は彼女の言うように空手を誰よりも愛していた。

 稽古では誰よりも早く参加し、鍛錬に励むことに楽しみを抱いていた。

 試合では相手の眼を見て、ぶつかり合うことに誇りを持っていた。

 かつての門下生とは切磋琢磨し、分かち合うことに悦びを感じていた。

 しかし、それでも頭によぎるのは雑音ノイズ混じりの悲劇の映像。

 門下生は恐怖の悲鳴を上げているのに倒れるまで虐め犯す悪漢の道場破りたち

 蔑む嘲笑の大声で木霊し、壁や床、稽古道具、道場着までもが傷つき、看板を奪われ、後に残ったのは、

 門下生が逃げ晒し、痛んだ木造と埃塗れの空間だけの閑古鳥が鳴かない道場だけだった。

 故に彼女は言う。

「あなたには悪いけど、格闘技や武道なんてのは結局暴力で成り立って、綺麗事を言うことなのよ。心身を傷つけられた門下生は戻らない。私ももう誰かと自分が傷つくのは耐えられない。」

「そうですか、今は何も言いません。無理強いはしません。ですが、格闘…闘うことは…いえ、何でもありません。では、これで…」

 蓮火は気まずくなり、立ち去ろうとしたが、今度は奈緒が彼女の腕を掴み、呼び止めた。

「言い過ぎてごめん、お詫びに空手部を紹介してあげる。その部には空手を誰よりも続けた私の幼馴染がいるから、私なんかより話が通じると思うから、早速行こう。」

「本当ですか! 早速、行きましょう!」

「えっ、ちょっ!? 奈緒さん!?」

 奈緒は蓮火を励ます為に満面の笑みまで無理矢理にも案内を買って出た。呂夢はそんな彼女を見て、やれやれと苦笑した。

「なおちは相変わらずお人好しだから。」

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