桜の樹の下で

逢坂舞

短編 001

いつか、君と二人で歩いた花畑。

手を繋いで、私達は笑いあいながら進んだね。

二人の秘密の場所。

不思議な、大きな桜の樹があった広場。

そこが私達だけの場所。

今でも思い出す、大事な時間だった。


君からのメールを、沢山読んだよ。

今まで一回も返せなくてごめんね。

軍事機密で、私からは情報を発信できないようになっていたんだ。

だから、こんなにも遅くなってしまった。


私がこの地を踏んだのは、君と笑いあってからずいぶん時間が経ってからのことだった。

長く続いた戦争は、結局誰が勝ったのか分からないまま終わりを迎えたね。

君は、どんな気持ちだったかな。


私は何も感じなかった。

ああ、終わったのか。

そう思っただけだったよ。

開放感とか、安堵感とか、そういうのはなかった。

ただ、無駄な時間が過ぎて。

また無駄な時間が始まった。

そんな風に思ってしまう自分がいて、何だか嫌になって。


気がついたら、ここに帰ってきていたんだ。


私達が育った家は、破壊と汚染で無くなっていたよ。

何だかよく分からない汚泥になって、放射線肥大した植物に覆われてた。

人間が作り出したモノは、全部自然に還っていくよ。

私達も。

アンドロイドも。

何もかも。


家では、君が好きだった人形の残骸を見つけたんだ。

持ってこようと思ったけれど、持ち上げたら崩れてしまった。

ごめん。

だから、お土産は何もないんだ。


こんな事を言ったら馬鹿みたいかな。

ほら、いつだって私達は、冬が終わって、この雪が微かに舞う季節に、桜の樹の広場に行っていたじゃない。

もう何年前のことかって?

忘れちゃった。

でも、ふと思い出したんだ。

あの花畑と、桜の樹のことを。


君は、またあそこに居るのかな。

そんなことを思ってしまって。

誰にも言わずにここに来たの。

任務も、生き残った仲間も全部放り出して。

だからここに私がいることは、誰も知らない。

知っていたとしてももう、大した問題ではないのかもしれないけれど。


沢山の人が死んで、沢山のものが壊されたね。

アンドロイドも、人間も大勢戦って、沢山の国が消えた。

地形が変わるくらいに、土地は壊されて、汚染されて、もう滅茶苦茶だよ。

時間の流れも、分からなくなった。

だから、君と会えなくなってからどのくらい経ったのか。

私はもう、思い出すことは出来ないんだ。


実験や調整で、私もだいぶ弄られてしまった。

君が見たら、もしかしたら怖がるかもしれないね。

私だって、もう何年も鏡も見てない。

怖くて見れないんだ。

ああ……。

そういえば、声も失ってしまっているんだった。

君と会った時、どうやって私は私だって、伝えればいいんだろう?


少し考えて立ち止まってしまった。

でも、やっぱり歩き出した自分がいるよ。

日が沈むちょっと前。

真赤に夕焼けが色づいたところに咲く、満開の桜。

それが一番綺麗だと知っているから。


何もかもが壊れているよ。

私達が過ごした街、だと思う。

それが肥大化した汚染植物に覆われてる。

まるでジャングルみたいだ。

どこがどこだったのかはもう分からないけれど。

あそこは、本屋さんだった所かな。

あそこには小さな喫茶店があった。

……と、思う。


君はいつだって私の近くにいてくれた。

孤児院で虐められていた私を庇って、よく叩かれたりしていたね。

そんなことする必要はないのに、いつだって君は私を守ってくれた。


気づいていないだろうけれど、戦争中も、君は私の支えになっていたんだよ。

君がいつでもくれる、沢山のメールは、段々と人間性を消失していく私にとって、最後の、ヒトとしての証明だったんだ。


だから嬉しかった。

戦争が終わったら、桜の樹の下でまた会おう、ってメールを送ってくれた時は。

とても、とても嬉しかったんだ。

それがもう、何年前のことなのか分からないけれど。

私の心臓はもう、人造駆動のバッテリーに変わってしまっていて、高鳴る胸はないのだけれど。

でも、あの時のように、胸が弾んだような気持ちになったんだ。


もう一度君に会いたい。

もう一度君と笑いたい。

もう一度桜の樹の下で、花畑を見たい。

だから、私はそれだけは覚えていようと思った。


どんなに人を殺しても。

どんなにアンドロイドを壊しても。

仲間も、敵も、何もかもが失われていっても。

それだけは忘れないようにしようと思っていた。


気づいたら何もかもが無くなっていて。

戦争は終わっていて。

あ、帰れるんだ、って思った。

私は、もう戦場に行かなくてもいい。

だったら帰ってもいいんだって思った。


だから……。

帰ってきたよ。

この街に。

もうあの時の景色なんてどこにも無いけれど。

あの時の思い出なんて消えて無くなってしまいそうだけれど。


ねえ。

君も、私と同じことを考えているのかな。

そんな確信はどこにもないけれど。

時間も、日付も決めていないのに。

君に会えるなんて分からないのに。

私は、君が私と同じことを考えているような気がするんだ。


どうしてかは分からないけれど。

そんな気がする。


この気持ち、なんて言えばいいのかな。

ずっと、ずっと隠していたのだけれど。

そう、私は……。

君のことが、ずっと前から好きでした。

ずっと、ずっと愛していました。

戦争が始まる前から。

戦争が終わった今も。


いつかどこかでまた会えたら。

銃を向け合うんじゃなくて、また笑いあえると思いたいんだ。

だって私達は、あの桜の樹が咲いている同じ空の下で、まだ生きているんだから。


忘れる訳はないよね。

こんなに変わってしまった私の、最後に残った人間性が、そう言っているの。

私は、君が好き。

その答えを聞きたい。

だから、挫けそうだけれど足を踏み出すんだ。


こんなに変わり果てて。

こんな成れの果てになって。

沢山の罪を背負ってしまった私だけれど。


嗚呼……。

花畑だ。

あの時と同じ、花畑が広がってる。

綺麗だ。

心なんて上等なものはもう私にはないけれど。

美しいと思う。

涙を流す機構が搭載されていたら、多分ワンワン泣いていただろうね。


この先を登ったら、桜の樹があるね。

何だか怖いよ。

君にまた会う資格なんて、もう私にはない。

そして私に会うことで、君が得をするなんてことはもう無い。

君が居なかったらどうしよう。

いや、多分居ない。

そんなファンタジーなんて起こらないこと、ずっと思い知らされてきたじゃない。


嗚呼。

日が沈む。

気がついたら、足を踏み出していたよ。

桜の樹が、満開に咲いている。

戦争でも折れなかったんだね。

凄いね、自然って。

こんなに綺麗な桜が咲いているのに、私達、戦争をしていたんだね。


同じ空の下で、戦争をしながら生きていたんだね。


『動体反応を感知。アンドロイド。敵性アラート』


動体反応……?

こんなところに、敵……?


いや、違う。

この感じは。

この感覚は。


嗚呼……。

神様。

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桜の樹の下で 逢坂舞 @Aisaka_Mai

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