第16話 餌づけ成功!?

「うう~ん……甘い、甘すぎる」


 二人のお姉さんに挟まれながら、俺はどこかのビルの中にあるドーナツショップに連れて来られた。


 新葉さんが予想していた落ち着く空間があっさり覆されたのはいいとしても、落ち着く空間がまさかのドーナツショップとは想定外すぎた。


「んま~! 甘くてうましっ! 諸積ちゃん、いいお店知ってるのね~」

「あたし、プリンもそうなんですけどぉ、ふわっと甘い食べ物が大好きなんですよぉ」


 ……プリン。俺をちらちらと見た気配は無いから遺恨は無さそうだな。


「いくらでも食べられそうだよ~! さささ、諸積ちゃんもパクッといっちゃいな!」

「もちろんですぅ」

  

 桃未にしても新葉わかばさんにしても、よりにもよってどっちも甘党だったとか、俺にとって食の難易度が高すぎる。


 この場から逃げようにも、二人にがっちりと挟まれている状況で逃げ出せるわけもないわけで。


 それにしても俺のことでてっきり修羅場が展開されるかと思っていたが、とりあえず俺を座らせただけで二人はすっかり甘いドーナツにしか目がいっていない。


 彼氏のフリ、恋人のフリ……実際のところ、桃未も新葉さんも実は彼氏に近い存在がいて、気を紛らわすために俺を連れ回しているんじゃないかと思っている。


「ふふっ、やだ~本当?」

「オホホ。真実は一つだけじゃありませんことよ!」


 ……何やら二人だけで盛り上がってるな。


 俺、いなくてもいいのでは?


 そう思いながら時が過ぎるのを黙って待っていると、


「うんうん、そっか~。諸積ちゃんも大変な目に遭ってるわけか~。アタシも現役時代はよりどりみどり……じゃなく、変な奴が近づいて来て大変だったんだよ」

「新葉センパイは準優勝ですもんね。大変だったんだろうなぁって思うです」

「……新葉さん、準優勝って?」


 二人のオホホな会話に割って入りたくなかったが、何となく気になって割って入った。


 すると、新葉さんは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出して俺に答えを言い放ってくる。


「アタクシ、こう見えて美少女選抜コンテストの準優勝をしているんザマス! すごいでしょ~?」


 相変わらず愉快な人だな。これが素なんだろうけど。


「それはすごい!! 美少女コンテストって確かタレントになれるやつですよね? 新葉さんはタレント活動はしてるんですか?」

「うぐっ……してない。やる気が無かった。以上!!」

「あ……ご、ごめん」


 禁句だったようだ。タレント活動してたら恋人のフリなんか頼まれないよな。


「そんなことより、悠真! はっきりせい!」

「へっ? な、何を?」

「諸積ちゃんを幸せにする覚悟があるのか~? どっちなんだい?」


 パクパクとドーナツをむさぼっていた二人から俺に対する会話が発生していた記憶は無いんだが、いつの間に?


「愛しの悠真くん! さぁ、答えを訊こうか!」


 そうかと思えば桃未もなのかよ。


「わ、新葉さんは俺のこと、本当は……?」

「アタシは……あと一回だけ二人きりでデートしたらそれで満足さ! そうじゃないと諸積ちゃんに悪いしね」

「え? あれ? 願わくば俺と~って話じゃ?」


 恋人のフリからその先までって話だった気がする。


「何のこと? お姉さん、年下の男の子が好きなだけでまだ結婚なんて考えてないよ? はっ!? まさか遊んじゃった!? ううっ、それは何だか心が痛い……痛い! そんなわけでアタシは先にさらばするぜ! じゃああばよ!」


 ――あっと言うほどでも無いが、新葉さんは居づらい空気を感じてお店から出て行ってしまった。


「……そ、そうだったのか」


 フラれたわけでもないのに何だか落ち込んでしまった。


「なーでなでなで! いい子いい子! 悠真くん、結構本気だったんだね」


 そんな俺を気にしてなのか、桃未が顔を覗かせると同時に俺の頭を倍速で撫で始める。


「や、やめぃ……」

「悠真くんの頭を撫でるの割と好きなのだぁ。甘すぎるドーナツを頬張る悠真くんを眺めながらのなでなではあたしへのご褒美だねっ!」

「……気を遣わなくてもいいのに」

「ん~?」

「何でもない」


 お詫びのつもりなのか、桃未は俺の頭を撫でつつドーナツを俺の口に無言で運ぶという、一種の餌付けみたいな行動を取るようになった。


 そんな桃未の行動に何となく安心感を覚えた。


「ん~……そっか、そんなにか。妬いちゃうなぁ。よぉし、そういうことなら仕方ないなぁ。悠真くん、あたしのお部屋に来ちゃう?」

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