遠い鳥、あえず

亜夷舞モコ/えず

遠い鳥、あえず

 ケータイの着信音で目を覚ます。

 勝手に設定された、よく知らないアイドルの曲で勝手に起こされた。彼女の前に、大量の着信が入っている。


 え?

 時間は?


 やっちまった……

 いや、今から焦ってもしょうがない。

 とりあえずは、彼女の電話に出よう。

 着信の画面には、エリとある。


「もしもし。エリちゃん、どうした?」

『ケイちゃん、あのちょっと大変で、お母さんが……遠い鳥って。どういう意味だろ。変なメモが残ってるのに、起きたらどこにもいなくて』

 

 電話口で焦った声が聞こえる。

 え? 向こうで何が起きているんだ。


「ちょっと落ち着いて。ゆっくり話して。な」

『あの、今、起きたんだけどね』

「今起きたんだ……」

『ちょっと大事な話があるからって、春休みだけど、この時間までには起きるんだよって言われたんだけど』

 

 うわあ、恥ずかしい

 

「ちゃんと時間通り、起きたんだ……偉いね」

『え? ケイちゃん、どうしたの。まあ、いいや。リビングに来たら、お母さんのメモが置いてあって、ちょっと大丈夫なのかなって』

「……それって、何が?」

『ちょっと不穏な書置きでね。心配なの』


 ずっと二人から相談を受けて来ていた。

 エリちゃんの母親、すず香さんは一時的だけど精神的に弱っていてそれを支えてほしいと言われてきたからだ。

 もちろんエリちゃんのことも大切だ。


『ちょっと画像送るから、一旦切るね』

「分かった」


 電話が途切れて、改めてスマホの着信を見る。

 三十件以上の大量の着信。

 それも一人から……本当にやらかした。

 昨日、祝い酒としてつい呑みすぎたのが悪かったな。テーブルの上に、ビールの缶が乗っている。珍しく半分も開いている。


「おっと、画像」


 トークアプリに写真が飛んでくる。

 そこにあったのは、白い紙に書かれた文字。赤いマジックの走り書きで「トーイトリあえず」って書いてある。でも、何か違う?

 あえずに、違和感があった。

 反対なのか。

 紙も濡れているようだ。

 今度は、そのままアプリで連絡が来る。


『これって、どういう意味だと思う?』

「てか、何か零した、これ」

『あ、さっき焦って水零しちゃって』

「だよね」


 つまりは、これが……

 彼女の問いへの答えを導き出す。

 紙は、水で透けていたわけだ。「あえず」という文字が変に見えたのは、走り書きだからじゃなくて、普通に裏から見たからだろう。


「エリちゃんは、濡れたから破れちゃダメかもって思って、持ち上げてなかったんじゃない?」

『そう。水零しちゃったから、破けちゃうかなって』

「つまり、それって裏からみた鏡文字ってことだろ。じゃあ、それって――」


 答えが出る前に、部屋のインターホンが鳴る。約束を破ってしまったこっちが悪いんだけれど、


「おっと、ごめんよ。回答の前に、青い鳥がこっちに来ちゃったみたいで」

『青い鳥?』

「まあ、怒って赤くなっているかもしれないけれどね。まあ、すず香さんのことは気にしなくて大丈夫だよ。また近いうちにそっち行くから、またね」

『わかった』


 エリちゃんからの連絡が切れる。

 まさか結婚の挨拶の打ち合わせに――食事しながらの打ち合わせに遅刻するとは。自分が一番驚いている。

 はあ、自分で紙に書いてみる。


「トーイトリ」


 さて、どう謝ろうか。

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遠い鳥、あえず 亜夷舞モコ/えず @ezu_yoryo

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