トリあえ酢?(月光カレンと聖マリオ27)

せとかぜ染鞠

トリあえ酢?

「とりあえず胃袋にずしりと来るものを」

「だったら――」マスターが笑みを浮かべる。「トリあえ酢にしな。胡麻や酒と混ぜあわせた鶏肉を,酢に漬けこんで千年寝かせたもんさ」

「美味いのかい?」

「食ったこともねぇし食った奴の感想を聞いたこともねぇ――トリあえ酢を食ったら死ぬからよぅ」

 ほかの客に包囲され,マスターに出刃包丁を突きつけられる。

 入店の瞬間にヤバいと感じた。だが,このダイナーで黒医くろい滋薬じやくを見たという情報を得た俺にひきかえす選択肢などなかった。免許のない医療行為で罪に問われて以来,動向の知れずにいた天才医師は竜宮島で活動を続けていたが,島が噴火に伴う地震のために海底に沈むとともに再度消息不明になっていた。滋薬なら記憶障害のせいで自身を7歳児だと思っている三條さんじょう公瞠こうどうの症状を改善することができる。

「店に来る途中,滝壺があったろう。伝説があんのさ。トリあえ酢を食ってあそこに飛びこめば黄金世界へ辿りつけるって」鈍色の包丁をぴたぴた翻す。「試してみてくれねぇか,怪盗月光カレンさんよぅ」

 腕を捻りあげてやろうとした。

「妙な考えは起こすなよぅ」

 マスターが目配せすれば,瘦身長軀の青年が連れてこられた。三條だ。鬼ごっこの最中にまいてきたつもりだったのに……

 瀑布を見おろしていた。

「生還したら,あんたも相棒も解放してやる。さあ,トリあえ酢を食え! 滝壺に飛べ!」

 刺激臭のする干からびた黒い肉塊を口中に押しこまれるなり脳内が爆発した。瀑布に落下し激流に揉みくちゃにされながら深い水底にひきずりこまれていく。鼻や口から水が容赦なく流れこむ。意識の遠のきかけたころ,気絶した三條が渦巻く流れに弄ばれるのを認めた。

 あいつら,約束を反故にしやがって!

 三條の胴に腕をまわし直線的に上昇する水流に身を任せた。一気に体が浮上する。水草の群生にうちあげられた――

 幻覚を見ているのか。流動する砂金の丘のむこうに黄金の街並みが広がっていた。

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