姫芝アサリ、びちゃびちゃで家に帰る、そんな日
湖がどんな深さなのだろうか。
アサリはこの公園で何年も前から遊んでいるが、今まで知ろうとは思っていなかった。
友達が溺れたと聞いた事も無く、湖がある事を意識するのも、親から深いから入らないようにと言われた時ぐらいだ。そしてその時も深さを調べようとは思っていない。
当たり前だが、プールでもない公園の湖で泳ごうとする人はいなかった。だからきっと、深さを知っている人はあまりいない。
それなのに自分から湖に飛び込むなんて、篤飛露は何を考えているんですか。アサリはそう言いそうになった。
しかし湖が近くなっている今、アサリは口を閉ざす事を優先した。そして水音が耳に入ったが、すぐに聞こえなくなった。
アサリも全身が水中に沈んだからだ。
口を閉じ目も閉じたアサリは、離したら水の中で一人になる、そう思い目の前のあるはずの服に必死でしがみつく。
篤飛露も左手でアサリの背中を掴んでいるが、アサリはそんな事には気づいていない。
そのまましがみついていると、アサリの体全体が動き出す。少ししてアサリの顔に当たる水の感覚が無くなり、水面の上に顔を上げるのが分かった。
「もう目と口を開けていいぞ」
その言葉にアサリが目を開けると、同じように水に浸かっている篤飛露の顔面がすぐ目の前に飛び込んできた。
思わず体をそらして距離を取ろうとするが、背中に回された篤飛露の手は力強く体をつかんでおり、びくともしない。
「ち、近くありませんか近いですよね近いんですか!?」
思わずそう言ってしまったが篤飛露は無言で右手を動かす。
泳ぐのではなく、まるで水中で歩くように移動していく。
無言のまま岸に着いたところで柵に手をかけ、一気に水面から飛ぶと、篤飛露の腰まである柵に触ることなく地上へと着地した。
アサリはまたも空中に飛んだ事でまた目をつむってしまい、地面についても篤飛露にしがみついたまま顔を胸に埋め、動こうとしない。
「もう陸についたぞ。……ひょっとして、眠ったのか?」
ストレスを解消したのか、からかうように言う篤飛露。慌ててアサリは手を放すと今度は支える手も無くなり、アサリの身体は地面へと落下した。
幸い篤飛露は着地の際にしゃがみ、ショックを和らげいる。まだそのままの体勢であり、アサリが落ちたのは芝生の上でもあったため、大した痛みは無かった。
しかしアサリは落ちたその事態が不満のようで、文句を言わずにはいられなかった。
「腰を打ちましたよ。そこは地面に落ちないように離さないでください」
「悪いな、さっきから離れたいように見えたから」
篤飛露は見向きもせずに歩き出し、さっき二人で水で遊んでいた場所に向かう。
「大体、何で湖に飛び込むんですか、女の子を濡らせる、そういう趣味ですか。暑いなら一人で飛んでください」
そう言いうと、心外だと言わんばかりの声を上げる。
「何言ってるんだ、水をもっと欲しいって言うから、その通りにしてやっただけだろ」
つまり、篤飛露が言う事を聞いてくれるのでちょっと調子に乗った、アサリのせいだった。
「こんなにはいりませんよ」
「習っただろ、大は小を兼ねる。って」
そう言いながら防水ケースを拾うと、アサリを見つめる。篤飛露のからかうような顔がアサリにははっきりと見えた。
「か、兼ねすぎです。加減って知らないんですか」
何故か急に恥ずかしくなり、アサリは思わずそっぽを向いてしまう。何故かはわからないが、冬服は黒いセーラー服で良かったと思いながら。
「ペットボトルは全然足りなかったからな。他には湖ぐらいしか思い浮かばなかった」
この事については何も言えないようなので、アサリは別の話題に変える。
「本当に篤飛露は意地悪です、それも私にだけ。……それはそうとびちゃびちゃですよ、びちゃびちゃ。制服でこんなにびちゃびちゃになったのは初めてです」
篤飛露に向かって両手を横に広げ、その濡れ具合を見せつける。
「意地悪されたくなかったら、すぐ俺にに食ってかかる癖を直せばばいいんだよ。そしたらちゃんと適当に相手してやるから。……俺だってびちゃびちゃだ。まあ人生長いんだ、そうゆう日は何回もある」
「なら篤飛露が私に意地悪するのを止めてください。……それにしても人生長いって、中学生が言う言葉ですか、それは。一回は湖に入ってびちゃびちゃにになる人生って、なんなんですか」
「俺は今のところ五回だな、びちゃびちゃになったのは。考えたら久しぶりだな、びちゃびちゃになったの」
言いつつ篤飛露は両手を振り、服を乾かそうとする。
「五回もあるんですか、びちゃびちゃになった事が。一体何をしたら五回もびちゃびちゃになるんですか」
「地球を守って、いろいろあって、びちゃびちゃになったんだ。、五回の内、二回は」
「……そうゆう冗談、言うんですね、篤飛露も」
意外だと思っていると、篤飛露は防水ケースをアサリに軽く投げる。
「まだずぶ濡れだから、ケースはそのままやるよ。濡れてるうちに開けるなよ」
「あ、ありがとうございます」
確かに今電話を取り出したら、一応防水ではあるが、水で壊れるかもしれない。何か拭く物はないかと辺りを見るが、精々芝生ぐらいしかない。
「手の平ぐらいならちょっと振ればすぐ乾くだろ。それよりほら、帰るから早く立てよ。送っていくから」
そう言われたので、アサリも真似をして両手を振る。
振りながら改めて気がついたが、もう真っ暗だ。篤飛露を水道まで何度も往復させ、湖にも飛び込んだのだ、結構な時間が経って当然だろう。
篤飛露は振るのを止めると右手を向ける。まだアサリの両手は濡れているが、篤飛露なら問題無い。そう思いその手をつかむが、アサリは立ち上がる事はできなかった。
「……腰が抜けました、立てません」
顔を会わせないようにうつむくと、小さくそう言った。アサリは顔を真っ赤にしているのを隠そうとしている。
「まだ直ってなかったのか」
「いきなり湖に無理やり飛び込まされたら、誰だって腰の一つも抜ける物です!」
篤飛露の右手をつかんだまま、恥ずかしいのをごまかす為にアサリは少し声を大きくして言う。
しかし篤飛露はそういう物かと呟くと、特段気にせずに次の方法を告げる。
「それじゃ担ぐか。家族も心配してるだろうし、立てるようになるのを待つわけにもいかないだろ。濡れてるのはお互い様だし、何か言いたい事は有るだろうけど、我慢してくれ」
そう言われると、どうやって運ばれてしまうのか、それを想像せずにはいれらなかった。
(担ぐって、ひょっとして、お姫さまだっこですよね)
さっきまでの移動もそれに近いのだが、残念ながらアサリは覚えていない。
家族にもされた事は無いのに、まさかクラスメートに、それも篤飛露に、恋人でもないのに、いつも意地悪ばかりしてるのに。
色々な感情が交じり合うが言葉が出ず、最終的にアサリは小さい声で。
「……はい」
そう呟くと、アサリは右手に防水ケースを持ったまま、篤飛露を受け入れるように両手を広げて差し出した。
だが篤飛露はその手を無視してアサリの前でしゃがむと、左肩をアサリのお腹に当てながら左手で背中を抑える。
そうやって、篤飛露のはアサリを担いだ。
「……これは一体、どうゆう状況でしょうか」
予想外の体制に、アサリ自分がどうなっているのか考えたくもなかった。
見えるのは篤飛露の背中とお尻と足と、地面ぐらいだ。アサリは両手を垂らしており、いざという時には篤飛露のお尻を攻撃できる。
「俺の知り合いはこれを、村娘を強奪する山賊のポーズ、と呼んでいる」
「……篤飛露、びちゃびちゃになって地球を救って、山賊もしてたんですね」
篤飛露の背中しか見ていないから、どんな顔をして担いでいるのかアサリにはわからなかった。そして自分も山賊に強奪される村娘になった事は無いので、こういう時にどんな顔をすればいいのか分からなかった。
「落ちたら危ないから、歩いている時は暴れたりするなよ」
「あ、本当にこのまま行くんですね」
いつもの意地悪ではなかったのか。そう思いながら左右を見ると、景色が移動していく。さっきまで篤飛露の背中しか見ていなかった為か、いつ移動し始めたのか全く分からなかった。
そして今も、アサリを担ぐ篤飛露が動いているとは思わない程、振動は全くなかった。
ひょっとして、担がれて移動するのは皆こんな感じなのだろうか。そう思い無意識に体を左右に動かしてしまう。
「だから危ないって、さっきのやつの仲間がいないとも限らないんだから」
「あ、すいません。……さっきの仲間がいるんですか?」
「わからない。だけどいても反応できるようにしておきたいんでな」
「じゃあ、私は篤飛露の肩に座ったらダメですか。その方が私も頭に抱きつけますし、安定しませんか?」
「いや、飛び道具持ちの奴がいるかもしれないから、俺の頭より上にアサリを置きたくない。……確かに安定した方がいいな。しばらく、人が居る場所に着くまででいいから、両手で俺の腹につかまってくれないか?」
そう言われたので、無言で篤飛露のお腹を力いっぱい鷲掴みにする。自分の一部分の感触を、楽しもうとしているのかもしれない。
そうならと思い掴む力を入れたのだ。痛いかも知れないが、つかめと言ったのは篤飛露なのだ。
しかし篤飛露は一切何も言ってこない。ひょっとして、我慢でにしてるのだろうか。
「い、痛くないんですか?」
そう聞くといつもの意地悪な反応を返すと思ったが、篤飛露の返事は予想と全く違っていた。
「ん、このぐらい大丈夫だ、鍛えているからな。気にしないで力いっぱいつかんでいいぞ」
そう言われてもアサリは既に全力だった。言われて気が付いたが、お腹のあたりの当たっている部分は自分の違いカチカチしている。
「男の子って、かたいんですね」
思わず手で叩きながら、小さく呟いてしまう。言ってしまったと思ったが、どうやら篤飛露には何も聞こえなかったのか、咳払いはあったが返事は無かった。
何となく妙な雰囲気になったのか暫く無言で歩いていると、少しして篤飛露は探して物を見つけた。
「バッグ、アサリのだろ。帰る途中なのに荷物何も持って無かったし。持てるか」
「大丈夫です、持てます。ありがとうございます」
アサリが篤飛露のお腹を離してバッグを受け取る。それからどう持とうかと考えたが、最終的に組んだ腕にバッグをプラスした持ち方になった。
手を組み直すと、少し辺りを見回して今どこに居るかを調べる。やはり覚えがあり、口裂け女にバッグをぶつけた所だ。
走って逃げたのがつい先ほどの事なのに、どうしてか今はまったく恐怖を感じない。
むしろ安心しているのは、一人じゃないからなのだろうか。
「あの妖怪、妖怪でいいんですよね、何だったんですか?」
安心していると余裕が出てくる。助けてくれた篤飛露なら、何かを知っているのだろう。
「まあ、妖怪じゃなくてお化けでも怪物でも、好きに呼べばいいよ。何なのかは、気にするな。俺だってよく分からない、そういう物だと思ってるし。あとどうせもう二度と会わないだろうし」
「……じゃああれって口裂け女なんでしょうか、それともテケテケなんでしょうか?」
テケテケ、怖い話では有名な話だ。簡単に言えば下半身が無く、両手だけで追いかけて来る、お化け。
足を奪いに来る、襲われた人はテケテケになってしまう、返事をしなかったら刀で切られる、全身包帯を巻いてある、そもそも足もある、自転車に乗っている等のバリエーションも豊富だ。
「今日のは膝ぐらいまではあったよな。それ以外は確かテケテケっぽいけど、あんなテケテケもいるんだな」
膝まであるテケテケ、いてもおかしくは無いのだろうか。
「口も大きくて、顔の見かけは口裂け女なんですよね」
「じゃああれだ、口裂けテケテケ女だ」
声だけで適当なことを言っているのが分かるが、アサリは思わず笑ってしまった。
適当に名前を合体させてだけじゃないか。
「そもそもの話なんですけど、篤飛露は一体何なんですか。妖怪ハンターですか、だから口裂けテケテケ女を退治したんですか、それとも私を湖に落とすために探し回っていたんですか?」
「違う。口裂けテケテケ女何て新種の妖怪は知らないし、アサリが大人しくしてたら湖にも落とさなかったに決まってるだろ。俺はアサリと同じ中学生で、やる事があるからここに居たんだけど……。そうだな、アサリは中途半端に巻き込まれたから、ある程度は話してもいいけど、一つ約束してくれ」
そう言われて、アサリは何を約束するのかピンときた。
「お兄ちゃんの漫画で読んだことありますよ。あれですよね、喋ってもいいけど変な奴と思われるから、喋らない方がいいって奴ですね」
得意げに言うが、あっさりと否定される。
「違う、絶対に喋るな。喋るなら喋らないように細工をさせてもらう」
そう言うと篤飛露は足を止める。
声だけで震えそうになり、アサリは慌てて頷いた。
「しゃ、喋りません、喋りませんよ。そんなに怖そうに言わなくてもいいじゃないですか」
「ほんとに頼むぞ。……それが原因で仕事が増えたら困るんだよ」
そう言う声はからかうような、いつもの教室で喋っている口調に戻っている。
アサリは少しほっとして、言葉を続ける。
「それで、やる事って何なんですか?」
「このわけの分からん状況を、元の状態に戻す事だよ」
篤飛露はそうい言ったが、アサリにはさっぱり分からなかった。なので自分の都合のいいことを垂れ流すことにする。
「……今の状況は、何故か妖怪に襲われたわけの分からない状況の私を助けて家に帰そうとしている。つまり篤飛露のやる事とは、私を助ける事だったんですね!」
「違う、確かに結果だけを見ればそうとも思えるかもしれないけど。……ごまかす内容が多いから、何から言えばいいのか。……まず最初から言うと、ゴールデンウィークからずっと俺は保護者と一緒に、この街のコピーを潰してたんだ」
それを聞いて、まず疑問に思った一番大きいものを口に出した。
「……街のコピーってなんですか?」
コンビニでこの街の地図のコピーでも取ったのだろうか。
「まあ、俺の保護者の一族が街のコピーって呼んでるから俺も呼んでるけど、確かに分からないよな。他の業界の人は結界やらテリトリーやら魔空空間やら好きに呼んでるし。街のコピーっていうのは今俺達が入り込んでる、道も建物も川も一緒なのに、人も動物も虫も何一つ居ない、街だけが同じになってるこの場所の事だ。ついでに言うと電話も通信もつながらない」
「……確かに大声を出しても誰からも返事がなかったのですよね。だから誰もいなじゃないかって思っては居たんですけど」
言いつつアサリは落とさないように気を付けながら透明な防水ケースを見た。少し見にくかったが画面を見ると、確かに圏外になっている。
「誰がここを作ったのかは分からないけど、こんな場所を作る奴は大体何か悪さをしそうだろ。だからとりあえず潰してた」
「誰かが作れんですか、これ。よくある魔法使いとか陰陽師とかですか?」
「さっきみたいな化け物か作ったかも知れないし、宇宙人かも知れない。それで作った奴に会えば理由は大体わかるんだけど、今回はまだ会えなくてな。広いから簡単に隠れるし、単に会わないだけかもしれないし」
「広いんですか、ここ」
「広いというか、広かった。もうそこまで広くはない。最初は今日会った公園が大体の中心で、そこから約五キロ四方が街のコピーの大きさだった。街のコピーを小さくすれば探しやすいだろうって話になって、ゴールデンウィークの初日から延々と端から潰してたんだよ。今日の放課後も潰して、やっと半分あたりが終わったとこだよ」
そう言われてアサリは、今日の篤飛露との話を思い出した。
「じゃあ今日の用事って、それ何ですか」
「そう、俺の保護者には他にも用事があるから、後は俺が一人で引き受ける事にした。普通は半分も潰したら何か反応があるはずだけど、全然何もなくてな。作った奴は逃げててもう誰もいないだろうって思ってな。だから俺が昼は学校に通って放課後に潰してたんだ」
「でも、もし誰かが居たらどうするんですか、篤飛露は危なくないんですか?」
「その時は本来の仕事をするだけだ、何回もやってるよ。作ったのが人間でもそれ以外でも理由を聞いて、どうするかは保護者と上の人と相談。目的を手伝う時もあれば、目的を潰すこともある。今日みたいな奴はそもそも会話ができないから潰すしかないけどな。今日は口裂けテケテケ女って言う変な奴をぶちのめしたけど、あれぐらいなら何匹いても問題ない」
「……あれぐらい、ですか」
篤飛露は簡単な事のように言うが、本当にそう何だろうか。
普通に過ごしていたら絶対会わないような、会っても恐怖のあまりに逃げてしまうような、逃げなかったら襲われてしまいそうな、言っても誰も信じてくれなそうな、あの口裂けテケテケ女を、あれぐらい、ですましてしまう。
しかしアサリは見ていた。篤飛露があの化け物を蹴りで吹き飛ばしたことを。はっきりとは見えてなかったが、妖怪を何個も殴り、蹴り、最終的に爆発した。
「今日のはテケテケにしては武器も持ってなかったからな。まあ武器を持った普通のテケテケなら相手した事あるけど、大体は武器を避けて蹴ればいいだけだ。あれぐらいだよ」
そう言われて、アサリの頭の中では一つの事が浮かんでいた。そしてそれを確認するために、もう一度聞かずにはいられなかった。
言うべきでは無い、自分でも思う、しかしどうしても聞かずにはいられなかった。そうすれば、アサリは篤飛露を助けられるかもしれないのだから。
「篤飛露って、何なんですか?」
勇気を出したアサリの言葉に、篤飛露はめんくらった。
「何なんですか、は酷いだろ。俺はお前のクラスメートだぞ」
「だって普通はあんな化け物を簡単に倒すなんてできませんよ。私には言えない、秘密があるんですよね?」
「言えない事はそりゃあるだろ。……アサリにも、誰にでも、秘密ぐらいあるだろ」
そう言うと篤飛露が言葉を詰まらせる。それを聞いて、アサリは言葉を続ける。
「篤飛露、私にはもう分かっているんです、分かっているんですよ。だから私が本当の事を言ったら、全部、まるごと、包み隠さず、話してほしいんです。そうすれば私にも、篤飛露を助ける事ができるはずです」
言い方がいつもと変わって、全てを抱きしめる、そういう声だった。
「……俺の秘密を、アサリは何で聞きたいんだ?」
「助けてくれましたからね、私も助けますよ。クラスメートですし、できる範囲内ですけど」
そう言われて、篤飛露は覚悟を決めた。
「……言ってみてくれよ、秘密って奴の内容を」
アサリは先ほどからずっと、勇気をふり絞っている。その勇気を使って、答えを言った。
「篤飛露は変身、するんですよね」
「しねえよできねえよしたくもねえよできるやつを知ってんのかよ本当に俺がそんな事すると思ったのかよ」
答えは間違いだった。
勇気を出して言ったら間違いだったアサリに、篤飛露は容赦をしなかった。
しかしアサリには見えないが、篤飛露は怒っているような安心したような、不思議な顔をしていた。
「い、言いすぎじゃないですか言いすぎですよね言いすぎですか。篤飛露はあんなに強いですし、一人で何かをしていますし、今日の話を聞いていますと街のコピー? にラスボスが居そうじゃないですか。それに、言えない事があるって言ってましたよね。あ、さては隠すんですね、当たったけどばれたら怒られるから隠すんですね。ダメですよ、隠そうとしても無駄ですからね。最終回かちょっと前にクラス全員の前で変身しなきゃいけなくなりますよ」
「フィクションとノンフィクションの区別もつけらえないのかよ、全く」
いい加減にしろと言おうとして、いつの間にか腹をつかんでいる両手を離しており、だらりとたらしている事に気が付いた。
「大丈夫です、私にはもう大丈夫です。私が分かってしまったせいですから怒られても私も一緒に怒られますから大丈夫です。ええ、大丈夫ですったら大丈夫です」
「……何を考えているんだか」
アサリが黙るように、持ち方を変えて体を両手で抱える。見れるようになると顔
が真正面に見え、赤くなってあらぬ方向を見る。
「あ、お姫様抱っこですね、実は私はお姫様なんですね。私はお姫様だから、一緒に謝れば大丈夫ですよ、ええ、大丈夫です」
「頭に血が上って目も回したのか。落ちないように両手で俺に首をつかまって、バッグを腹に抱えとけ」
「分かりました、全力でつかまります。それはもう、力の限り、丹精込めて精一杯、アグレッシブにつかまりますよ」
アサリは上半身を押しつけ、顔は篤飛露の胸に頬ずりする。
言っていることは良く分からないが、全身を篤飛露に委ねているのでその事については何も言わなかった。
「結局、秘密については何も分かってないじゃないか」
ただ少し残念そうに、篤飛露は小さい声でそう言った時には、昔のようにアサリは眠っていた。
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