第11話 やさしさ
身体が熱っぽい。
深い口付けが脳まで溶かしてしまいそう。大きな背中を手で擦り確かめると、まだほんの少しだけ怖い反面、優しさで包まれるような幸せな気持ちにもなる。アキラの体はどこも温かくて、熱を分けられるように自分の体も火照る気がした。
大丈夫、怖くない、大丈夫、アキラはあの雨の日の男とは違う。
自分に必死に言い聞かせ、縋るようにぎゅっと抱き締めた。子供の時の恐ろしい記憶を、幸せな思い出で上書きできるものだろうか。出来なくても良い。この健気な子とずっと一緒に居たい。
自分の力でアキラを少しでも幸せにしたい。
「ん……」
下着に滑り込んだ指先が尾骶骨を辿り、粘膜を探す。思わず跳ねた体をなんとか自分で押さえつける。受け入れろ。これ以上拒絶して傷つけたくない。
耐えろ。ぬかるむ指先、熱、吐息、息苦しさ、異物感、考えがまとまらない。体の奥からぐらぐらする。息が苦しい。身体が熱い。
あれ?
違和感を感じた。何かがおかしい。呼吸が嫌に早かった。この感覚を良く知っている。
「うそ、やだ、どうして」
アキラの顔を見る。いつもは優しい飴色の目がギラギラとして、俺を映している様でその実何も見てないみたいだ。
まるで知らない人みたい。いや、一度見た事がある。遠い土地で、あの悲しい事故が起きた時だ。俺が原因でアキラを酷く傷付けてしまったあの日。そう、運命の番とやらのフェロモンに当てられて、突然ヒートが来た、あの雪の日。
「今ヒートきたの……? ヒッ……!」
腹の奥を指先で強く抉られ悲鳴を耐える。
どうして。いつもだったら薬でちゃんと調整できている。トリガーのピルもまだ飲んでいない。ホルモンバランスの乱れ? あの運命の番のフェロモンに当てられた時みたいに……
「グレ……ア……?」
そうだ、さっきのどさくさでアキラの威吠を浴びている。威吠はαの攻撃的なフェロモンだ、Ωが影響を受けてもおかしくない。
「待って……ッ」
太い腕に着けた枷は、本来俺を守るためのものだった筈だ。なのに今は牢屋の様に俺を閉じ込め、押し返そうにも鍛えられた分厚い身体はビクともしない。
心臓が三つあるみたい、怖いのと、苦しいのと、愛しいのと。
前に約束した、『何か嫌な事、怖い事をしたら言うより先にまず殴って止める』殴るってどうやるんだっけ? 頭が働かない。
なんとか止めようと見上げた顔は、明るいライトから丁度逆光になっていた。真っ暗だ。顔が見えない。外はもう暗い。
雨の音が聴こえる。
暗闇に引き摺られ、殴られ、アスファルトに頭を打ち付けられ、犯されたのがフラッシュバックする。土砂降りで、悲鳴は誰にも届かなくて。
こ わ い
ミシッ
耳に聞き慣れない音が入った。
なんだろう。潤む視界に飴色の瞳が光って見える。
金属の千切れる高い高い音がした。
瞬間、ぐるりと背を向け手を伸ばし何かを掴む。振り向き様、アキラはそれを自身の太腿に勢い良く突き立てた。
「……あっぶな! 一瞬意識飛んだ!」
ガバッと顔を上げたアキラが、俺の肩を掴んで怪我は無いかと確かめた。千切れた手枷の歪んだチェーンが視界の隅でキラキラしている。
恐る恐る見ると、太腿にはプラスティックの筒が突き立てられていた。
「あ、これ? 抑制剤。めっちゃ強いヤツ。注射だけど全然痛くなかった」
そっと腿から針を抜いて見せてくれる。ペンに似たそれは、強く皮膚に押し付けてノック部分を親指で押すと、針が刺さって投薬される注射器らしい。
「えっと……」
「ていうかさあ、ヒートの前後は会わないって約束したのについ慣れっていうか気が緩んだって言うか、カケルが居てびっくりするし、急にヒート来てびっくりするし、もうほんと俺何やっても詰めが甘いっていうか全然格好つかない……あっ! どうしよう今日やめとく? 俺帰ろうか?」
何時もよりいっぱい喋ってるなあ。あ、心配してくれてんだ、優しいなあ。やっぱり優しいなあ。
なんかこの子何かに似てる。あ、遊んでたらうっかり押し倒しちゃった飼い主を心配しておろおろする大型犬的な。可愛いなあ。
恐怖が熱に溶けていく。雨が止む。そもそも雨なんか降っていなかったんじゃないか?
長い間、闇に囚われた少年を、
「かえらないで」
思考がとろりと溶けていく。ヒートの時は底無しの疼きを一人で持て余して泣いていた。けど、一人で無かったらどんなに幸せだろうと思う事もあった。
大丈夫、まだちょっと怖いと思うかも知れないけど、アキラだったら大丈夫。
「あさまでいっしょにいて」
優しく微笑む顔は、高校生の頃から変わらない。
声が出なくてカタカタと痙攣しながら首を振る。
前戯と言うのだろうか、こんなに長い事やるものなのだろうか、裸の身体が汗で濡れて綺麗だ、あ、さっき強い薬打ったから勃たないとかそういうことかなあ……経験が無いから良く分からない。
何の気なく手でアキラのものを確かめる。硬くて太くて熱い。大きさにちょっとびっくりして慌てて離す。
「……してくれんの?」
吐息混じりに、小首を傾げて甘えるように言った。なんだか無性に愛らしく見えて、また恐る恐る触れてみる。αのものは大きい。とても手に収まるサイズではなくて、先の方から確かめてみる。張り詰めた切っ先、血管が幾筋も浮き出た太い幹、そして根元には膨らんだ硬い
「ノット入っちゃうと怖いかも知れないし、膨らむまで待ってた」
不思議と怖くは無かった。
滲む視界に、アキラが口で避妊具の封を切るのが見える。
「ん…………っ……」
唇を舐められ、舌を入れられ粘膜が擦れ合う。これからやる事の暗示みたいに口腔を愛撫され、俺はふやけた頭でバカみたいにそれを享受している。
「……ぁ……」
ちゅ、と音を立てて唇が離れた。銀糸を引く。低い声が耳元で囁く。
「……ゆっくり息して」
身体が無意識に逃げを打つ。でも離れたくない。
離れないでと手を伸ばす。アキラの犬歯が肩に当たる。
「……いいよ」
お互いの肌を通じて声が伝わる気がした。肩に歯が食い込む。痛みはあるけど幸せでもある。
熱い、痛い、切ない、しかし堪らなく愛おしく、荒い呼吸を隠せもせずに、逞しい身体に縋った。
ヒートの身体はただただ浅ましく、恐怖の溶けた心はただ欲する。ああ、俺はこんなに欲深かったのか。
目線だけでキスをねだる。ふ、と笑った顔は優しい狼さん。かぷりと噛み付かれる。このまま食べられてしまいたい。
ああ、溺れてしまいそう。
アキラは眉根を寄せ息を飲みつつ、じっと上から見下ろしている。潤んだ目が爛々として、宝石みたいで綺麗だと思った。
「おれと、つきあってください」
「今?」
びっくりしたのか、綺麗な目をちょっと見開く。
だってそういう話じゃなかった? 俺おかしいのかな……
不安になったが、軽く目元を吸われる。気が付かなかったが泣いていたらしい。
「ありがとう」
続
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