第13話 ファミレスで教わる人に伝える時のコツ
翌月。また同じ繁華街で、俺たちは約束をした。時間は十一時。ランチを一緒に食べようと言ったのはカナタさんだ。
俺は控えめな色のヒョウ柄のブルゾンに、黒のロングTシャツと黒のデニム。友達と遊びに行く様な格好だが、ちょっと派手だろうか。
改札を出た所でまっていると、階段を降りて来たカナタさんがこちらに気がついて、パタパタと走って来た。改札にスマホをかざす。
この間会った時とちょっと雰囲気が違った。
「アキラくん、待たせてごめんね」
「いや、待ってないですよ」
カナタさんがふへ、と笑う。待ち合わせまではあと五分ほどあるし、俺の方が少し早く着いただけだ。
何となく、服装をチラチラと見てしまう。
黒のフード付きのパーカーに、紺のシンプルなカーゴパンツ、靴はスポーツブランドの、白いスニーカー。
シンプルで、当たり障りが無い服装だが、年齢からすると少し幼い格好で、童顔なのも相まって、随分若く見える。
厚手のオーバーサイズのパーカーが、良いアクセントになっていた。長めの袖がちょっと女の子みたいだが、流石に言ったら失礼だろう。
髪もいつもはセットしていたのか、ラフに下ろされているのが新鮮だ。
「何時もと雰囲気違いますね?」
何時もの彼はスーツだったり、大抵は襟のある服をピシッと着ているイメージだ。
カナタさんは照れたように、恥ずかしそうに笑った。
「行きたいとこがあって!」
そう、今日のプランはカナタさんが持っている。俺が奢る約束なので、あんまり高いと困るけど大丈夫だろうか。
そうして二人でトコトコ歩いた先は、ごくごく見慣れた、良く来る場所だった。
「いやファミレスじゃないすか!」
「サイゼ行きかったんだ」
「えええ……? いや流石に他んとこにしません?」
流石に高校生に気を遣った結果だろうと思ったが、カナタさんは譲らない。
サイゼリア、言わずもがな、安くて美味しいイタリアンレストランだ。所謂ファミレス。言わずもがな、高校生だって散々溜まり場にしている。俺も良く来る。
「なんでサイゼなんですか?」
「…………ないしょ」
「入ったこと無いんですか?」
「あるよ、あるけどさ……」
モゴモゴ何か言っているが、正直ここでモゾモゾしていても埒が明かない。今十一時過ぎ、これからどんどん混む時間だ。入るなら早めに入りたい。
「ほんと良いんですね?」
念を押すと、カナタさんは相変わらずのキラキラした目でコクコク頷いた。一瞬後輩か何かかと錯覚しそうになる。今日はあんまりお兄さん感が無いのだ。
俺は観念して、扉を押す。見慣れた広い店内を、カナタさんはソワソワと見回していた。
そりゃもう、俺はメニューなんか覚えるくらいに頻繁に来ている。
ミラノ風ドリアとチョリソーとマルゲリータ、サラダはどれにしよう。カナタさんは熱心にメニューを捲っている。
「こんなに安かったっけ……」
「この辺のファミレスでも一番安いんじゃないかと思いますけど」
「昔家族と一回だけ来たけど、全然覚えてないや……」
ふと、その言葉に引っかかる。
「一回だけですか?」
「うん……」
カナタさんはエビのドリアにするらしい。
俺はボタンを押して、注文をする。最後に
「あとドリンクバー二つ」
と言うと、カナタさんがなぜかとても嬉しそうな顔をした。
「飲み物持ってきますけど何が良いですか?」
「俺も行く」
すぐそこのドリンクバーに行くだけで、カナタさんはワクワクしていて楽しそうだ。どこにでもあるファミレスに一度しか来たことが無いって、どういう生活をしているとそうなるんだろう。
「こういうとこ、中学とか高校の時に友達とかと来ませんでした?」
「中学の時は親が結構厳しくて、友達遊びに来るとかはあったけどあんまり遠出はさせてくれなかったかなあ。俺ん家の近くサイゼ無かったんだよね。ガストはあったけど」
中学生だと小遣いもそんなに貰えないし、遊びに行くのはせいぜい友達の家というのは何となくわかる。
「高校の時は?」
「俺高校中退しちゃって全然行ってないの」
あっけらかんと言われて、安易に聞いてしまったと少し後悔した。少なくとも今のカナタさんは、何か問題を起こして中退する様なタイプには見えない。
「……何かあったんですか?」
「うーん……色々かなあ。ナイショ」
歯切れが悪い。言いたくなさそうだ。せっかく楽しみにしていた休日が、気まずい雰囲気になったら堪らない。
俺は氷をグラスに入れて、マシンでジンジャーエールを注ぐ。結構な勢いで泡が出るのを、こぼさないように慎重に。
ナイショ、……チープな言葉だが、彼はいつでもΩの十字架を背負っている。その手のトラブルを想像するが、口に出すのは良くない。
「俺コーラにする」
「……レモン入れると美味いですよ」
「そうなの?」
カナタさんは何事も無かったかの様に、ポーションになっているレモンをグラスに注いだ。
「あっ!やばい……!」
そして勢い良くボタンを押して、案の定コーラが溢れた。
あたふたしているのを見ると、やっぱり幼く見える。ビッグシルエットのパーカーが効いていて、それこそ高校生くらいに見えた。
「ちょっとずつ押すと零れないですよ」
「まって、俺下手かもしんない……!」
真剣にそんな事言うから、さっきの気まずさも忘れて笑ってしまった。
「高校辞めちゃったからさ、ファミレスとか来る機会もあんまり無かったんだよね。同期の友達はファミレスって感じじゃなくて」
「大人になるとファミレスとか行かないもんですか?」
カナタさんはうーんと首を傾げた。
「たぶん行くと思うけど、久しぶりに会う友達だとちょっと良いお店にしたいって思うかなあ。会えて半年に一回とかだし。俺の友達って皆女の子だから、やっぱりキレイめなお店のが喜んでくれるし」
ちょうどサラダが来たので、小エビと野菜を綺麗に取り分けてくれる。
友達が殆ど女の子って凄いな……
「男友達って居ないんですか?」
「うーん……俺男の人あんまり得意じゃなくて、仲良い同僚とかは居るけど友達かっていうと違うかなあ。遊ぶのはアキラくんくらい。ホントに」
男の人は得意じゃなくて、俺とは遊ぶ。それは一体何だろう?
「オレは大丈夫なんですか?」
「アキラくんは男の人ってより男の子じゃない?」
「えっめっちゃ子供扱いするじゃないですか!」
「だって子供だもの」
カラカラと笑うカナタさんは楽しそうだ。別に良いんですけどね。子供扱いされるのは嫌じゃなかった。
「えー……じゃあ俺子供なんでちょっと相談に乗ってくれます?」
「ん、良いけど俺で大丈夫かなあ?」
カナタさんは大人だ。大人だけど何か違和感がある。子供っぽい時と大人っぽい時のギャップばっかり目について、その中間が無いというか。
「……なんていうか、友達が悪い先輩に懐いちゃって困ってるんです。止めても聞かなくて」
俺は席に届けられたマルゲリータをピザカッターで切ろうとしたが、カナタさんがやりたいと言うので皿ごと渡した。キコキコやっているのを見ながら、話を続ける。
ふんふん聞いてくれていて、話を遮るような感じは無い。
「いわゆる反社っていうか……あんまり良くなくて、でもそいつは、……なんて言ったら良いんだろう……気持ちの拠り所になっちゃってるって言うのかな……」
「その子が大事なんだ?」
そう言った声は、やはり落ち着いた、大人の人の声だ。ピザを切る手つきは思ったより慣れていて、女の子とイタリアンレストランにでも行っているのかな、と想像する。
「……大事です、……友達だと、俺は思ってるから」
同室になったのは、跳ねっ返りで、バカで、でもダンスが出来る格好いい友達だった。出会った頃は先輩に呼ばれたりもしてなくて、夜に抜け出してダンスの練習をしていた。
屈託の無い笑顔を思い出す。あいつの大切なものを俺が奪ってしまったのかもしれない。大切なものが欠けた隙間に、魔が差した。
田舎の学校のダメな所は、悪い先輩に呼ばれると中々逃げられない所だ。そのままズブズブと飲まれる奴もいる。
「……その子の気持ちがどうしたら変わるのか、会ったこと無い俺には分からないけど」
「はい」
「アキラくん、その子が大事な友達だって、本人にちゃんと伝えてる?」
「……いや、無いです」
カナタさんは一口コーラを飲んで、ニコッと笑って言った。
「まずはちゃんと伝えて、もっと仲良くなって、それでもう一度話して、それでもダメならまた考えよう。頭ごなしに伝えても反発されるだけだよ。まずは親身にならないと」
俺はちょっと面食らった。親身にならないと伝わらない、という発想が無かったのだ。
「そういうもんですか?」
「アンガーマネジメントとかで検索してみると良いよ、相手が話を聞いてくれるようにするには、怒るんじゃなくてまず共感すること。みたいな感じだよ」
全然聞いた事の無い単語に面食らっていると、カナタさんはぱちんと手を合わせて、
「いただきます」
と言った。
そうだ、ピザは熱々がいちばん美味い。
「……いただきます」
俺も律儀に言って、チーズが糸を引くマルゲリータを一口食べた。
トマトソースの酸味にチーズのまろやかさが追いかける。クリスピータイプの生地は軽くて香ばしい。
美味い。いつも通りの安定した美味しさ。サイゼリヤにハズレ無しである。
「美味しいね」
カナタさんはサラダを食べて、なんだか懐かしそうに笑った。
続
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