死者の門番は、破壊衝動の強い悪魔に魅入られる

雪うさこ

00 出会う


 初めて目にしたその姿に、僕は不覚にも心奪われた。


 陶磁器のような蒼白な肌は皺ひとつなく、艶やかに光る。色味の見られないそれは、彼が血の通う人間ではないということを物語っていた。


 真っ赤に燃えるような長い髪は、漆黒のリボンで一つにまとめられ、生暖かい風になびく。その下に覗く、僕を見つめる金糸雀色の双眸には、慈愛とも、憎悪とも言えぬ不思議な色が浮かんでいる。


 枯れ果てた木々を背に、純白の羽が一度大きく羽ばたいた。天使……? いや違う。背に生えている羽は天使かも知れない。けれど、彼の真っ赤な頭には、二本の細長い角が生えている。これは悪魔の印。そうだ。この男は、堕天——。天使から身を貶めた悪魔だ。


 男は、闇を縫いつけたような毛を揺らす大きな狼に跨っていた。狼はギラギラと燃えるような瞳を揺らし、時折、荒ぶる気持ちを表出するかのように低い唸り声をあげて、顔を左右に振っている。その度に、口元からは朱色の舌が見え隠れしていた。なんとも禍々しい存在だった。


「なんてことを——。お前は、ここがどういう場所なのかを理解した上で、このような所業を?」


 あまりの美しさに、心を持っていかれそうになるところを踏みとどまり、僕は彼を睨みつけた。そんな僕の問いなど、大して気にもしないように、彼は剣先に纏わりついた瘴気を振り払い、その細身の剣を鞘に納めた。


 剣の犠牲になった魔族たちは、跡形もなく散り散りになって消滅していった。

 許せなかった。命とは尊いものだ。どの命も、必然性があり、求められて生まれてくるもの。いくら魔族とは言え、それ然り。


 死したる者たちは皆、死者の門を潜る。そして死の国の主、ヘイディズの裁きを受けるのだ。それが自然の摂理というもの。だがしかし。魂まで塵となってしまった者たちは、死者の門を潜ることは叶わない。


 この者たちは、未来永劫、この地に留まり続けることになる。いくら敵とは言え、あまりにも非情な仕打ち。死に対する冒瀆。


(ここまでしなくてもいいじゃないか。ひどすぎる!)


 彼は僕を助けてくれたというのに。僕は素直に感謝の言葉を述べることができなかった。彼に対しての怒りが沸々と湧き起こり、体中が沸騰しているような感覚に襲われていた。


(怒り。僕は怒っているというの? 自分を殺そうと襲ってきた魔族の死を憂い、嘆いているというのか?)


 こんな怒りの感情を抱いたのは生まれて初めてかも知れない。その怒りの正体がなにか、僕にはわからなかった。けれど、一度噴き出したこの感情は留まることを知らぬようだった。


 しかし。狼の上にいる男は小首を傾げて笑った。


「おや。なぜ怒る。助けてやったのに。お前はどうやら、感謝するという言葉を知らぬらしい。なんと無作法な人間だ。確かにここは戦いをしてはならぬというルールが存在する中立地区。だがしかし、仕掛けてきたのは魔族のほうだ。規範を守らぬ者に、規範で対抗しようとしても、所詮、無茶な話。黙って言いなりになっていたら、殺られていたのはお前のほうだった。違うか? グレイヴ・ナイト・エア」


 紫色の形のよい薄い唇が、僕の名を呼ぶ。その瞬間。僕のからだは、まるで雷に打たれたみたいに、ビリビリと痺れた。悪魔の甘い声色は、人の心を惑わす。


(確かにそうかも知れない。けれど、ここまでやらなくてもいいはずだ。こんな魂の破片も残さないようなやり方を、僕は許すことはできない)


「さあ、感謝の言葉を言え。助けてくれてありがとう、とな」


 悪魔はまるで歌でも歌うかのように甘美なる声色で言った。僕はそれを振り払うかのように、首を横に振る。それから、優しい微笑みを浮かべる悪魔を、睨み返していた。


 そうだ。この男のしたことを僕は許すつもりはない。初めて出会った相手であるというのに、僕の心の中には、彼に対する深い深い闇のような感情が生まれていた。







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