床下の地獄

@tsutanai_kouta

第1話

これは俺が地元で警備員のアルバイトをしてた時に同僚から聞いた話なんだが、内容が内容なんで、ここだけの話にして欲しい。

お前だから話すんだからな!

えっ? 聞きたくない?

何言ってんだ!聞いてくれよ!

…というかさ、こんな異常な話、俺の胸だけに納めとくのは、しんどいんだよ。



その同僚を仮にKさんとする。

Kさんは恰幅のいい初老の男性で元警察官て話だった。寡黙な人で、俺とは一回り以上も年が離れていたが、不思議と気が合った。

そんなKさんと2人で深夜勤務を担当することになって、空き時間には色々と話したんだよ。と言っても、ほとんど俺が一方的に話してたんだけど。んで、話題も尽きて詰め所が静まり返った時、Kさんが唐突に─


「これは推測混じりの昔話なんで話半分で聞いて欲しいんだけど」


て前置きして、警察官だった頃の話をし始めたんだ。その時に俺がどんな話をしてたのか、どんな流れでKさんが口火を切ったのか憶えてないんだけど、とにかくKさんは語り始めた。



昔、区画整理の工事中に一軒の空き家の床下から白骨化した遺体が発見されたんだ。俺もこのニュースは憶えてたけど、発見時の状況や以後のことは知らなかった。なんでも詳細は意図的に臥せられたらしい。発見された時、遺体の手足は拘束され、口にはチューブが固定されてたんだと。このチューブが何なのか分かるか? Kさんの話では、これで水分や流動食を流し込んでたんじゃないかって…え?どういうことかって? つまり床下に埋まってた奴は、その状態でしばらくの間、「生かされてた」てことだよ。

誰から? そりゃその家の住人以外にいないだろ。


その家に住んでたのは老夫婦で、2人とも既に交通事故で亡くなってた。なんにしろ住んでたのは普通の人達で、こんな猟奇的な犯罪とは結びつかなかった──白骨遺体の身元が分かるまでは。



そいつの名前をKさんは言わなかったので、ここからは白骨野郎と呼ぶ。白骨野郎は傷害や恐喝の常習犯だったんだが、地元警察では、それ以外の事件で有名だったんだ。

その白骨野郎は、中学生の時に複数の女性を乱暴してたんだと。…いや、だから、白骨野郎は連続レイプ犯だったんだよ。被害届を出してない人もいるから正確な被害者数は分からないらしい。しかも白骨野郎は未成年てことで軽い処罰で済んだとか…。

まったくだよ!胸クソ悪い!なんでそんな奴を野放しにするんだよ! え? それから?

事件発覚後に白骨野郎は更生施設に入れられたんだけど、施設を出てからは地元に舞い戻り、また悪さを繰り返して今度は少年院に入れられたんだってさ。そして少年院を出て、ほどなくして姿を消した。多分、その頃に拉致されて“あそこ”に拘束されたんだろな…。うん、その老夫婦の娘とかが白骨野郎の被害者だとしたら辻褄は合うよな。確かに老夫婦には白骨野郎と同世代の娘がいたんだけど、被害届は出てないんだって。そうだよな、被害届が出てないからって被害者が居ない訳じゃないよな…。ん? 娘は例の家に住んでなかったのかって? それは俺も気になってKさんに聞いたんだよ。そしたら夫婦と娘は、娘の高校進学のタイミングで他県に引っ越して、数年後に夫婦だけ戻ってきて例の家に入居したらしい。もしかしたら復讐の為に戻ってきたのかもな。…普通さ、誰かが失踪したり、白骨になって見つかったら、家族は黙ってないんだろうけど、白骨野郎は家族からも敬遠されてたみたいで、家族は捜索願いも出してなかったし、遺骨の受け取りも拒否したらしい。あ、因みに老夫婦の娘はカナダに留学して、そのまま結婚して今もカナダに住んでるんだってさ。


話を一通り聞いたとこで巡回の時間がきたから、Kさんは席を立った。それからこの話題には、お互い触れなかった。というか、すぐにKさんは急病で入院することになり、それを機に警備会社も辞めちまった。一度、お見舞いに行ったけど、この話には触れなかったよ。恐らくKさんも今の俺と同じように自分だけの胸に秘めとくのはキツかったんじゃないかな…。



はい、これでこの話はおしまい。

ご静聴ありがとう。ちょっと気持ちが軽くなった気がするよ。なんだよ、その顔は?

もう帰ってゆっくり寝ろ。良い夢みろよ!




──帰ったな。よし。感謝しろよ。

一番後味の悪いとこは省いたんだから。

実は俺、Kさんが警備会社を辞めた後、自分なりに事件を調べたんだよ。

告白すると、調べた結果をネットにあげたらバズって金になるんじゃないか?て下心があったんだ。でも調べてたら、ことごとく壁にぶつかった。何処に行っても事件に関して聞こうとすると、ちょっと偉い人が出張ってきて追い返される、てことが続いた。終いには刑事が俺に接触してきて、やんわりと事件を嗅ぎ回るのは止めるよう忠告された。異常な事態だよ。俺の頭の中を

「表面化してない数多の被害者」

「目撃者も無いまま拉致された粗暴(恐らく屈強)な若者」

「出されてない捜索願い」

「臥せられた現場の詳細」

「警察からの圧迫」

などの事実が、ぐるぐると渦巻き、ふと、この事件て例の家の夫婦だけじゃなく、もっと多くの人間が協力してたんじゃないか…と思い至った。そう考えた途端、俺は猛烈に怖くなり、全てを捨てて逃げるように地元を飛び出したんだ。


そして、今、ここに居るって訳。

それまでの人間関係をリセットして、知り合いも居ない土地で生活するのは淋しい限りだけど、それでも俺、思うんだよ。

どんな状況でもチューブを咥えて床下に埋められるよりはマシだ──と。





 ─了─

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