次元監視官
花園壜
現地待機
私は次元監視官、クレーメンス・クロイツェル。
本来はこの宇宙全体の番人たる立場なのだが……
次元の裂け目〝虚無〟の予兆が感知され、辺境にある人類居住地での調査が実施された。
先遣隊の調査の結果、次元震の予想震源はごく狭い範囲〝ヴィラッジオ・ディ・ペスカトーリ・ディ・アリーノ〟に限定され、交替した我々には実体化したうえでの現地待機が命ぜられた。
先に任に就いていた同胞は皆異常を来していた。交替の主たる理由はそこにあった。
超時空機能障害とでも言おうか。
我々高次の存在が歪んだ低次元で実体化した際に見られる症状で、抜本的な治療法は確立しておらず、高次元に戻る他手立てはなかった。
無論、彼らと交替した我々も例外ではなく、私以外の者には早くからその症状が現れた。
高次元の〝チカラ〟を使えば『すべての情報が一瞬で共有』出来、彼らの状態など容易く掴めるというものだが、不安定とされる地点での発動はやはり躊躇された。
日々集まりへの参加を促し、各員の仮住まいでの状況を直接確かめることも、私の重要な任務となった。
管制室を出る際、現地採用した私直属のエージェントが施す物理封鎖の解除にはいつも手間取った。
出るときはスルーで良いのに、と理解に苦しむが、低次元の存在にそれは無理なのかも知れない。
まずは地区で一番の塔に登り、シーカーからのデータを受信、予想震源での異常がないことを確認した。
さて、次は仲間たちだ。
ミリアム・ケストナーは漁船で暮らしていた。
彼女は船長に挨拶、二言三言交わしてからタラップを走ってきた。
「船長が食事は外で済ませろってさ」
アメリーゴ・コルティは神社の神職。
なんと巫女さんの膝枕で昼寝。呼びかけると不機嫌そうに立ち上がった。
「飯行くか」
チャールズ・トラジェットは灯台の案内係。
婆さんたちの先導を放っぽり出してこっちへ駆けてくる。
「腹減った」
ジャン・フォレスターは雑貨店の店番。
ここは、開店休業。
「腹減った」
クルー4名を引き連れて灯台とは反対の坂道を登る。
最後のクルー、サルヴァトーレ・ハチワーレは喫茶店の居候。
出迎えはするものの、もはや彼は一切の言語能力を失っていた。
最終的に集合するのは喫茶店に近い展望テラスだ。
ここでは我々を補佐する現地エージェントのひとり、カオル・ハミルトンが、主に食物の摂取という至極非効率かつ絶対不可欠な生命維持活動をサポートしていた。
言葉を失ったとはいえ、サルヴァトーレも事の重要性を忘れてはいないようで、一番にカオルのもとへ駆け寄った。
彼女は皆を独特のコールサインで呼んだ。
「はいサバ、いつも一番てか」
「キャリコ、美人さんよね」
「コルト、また女性の髪の毛引っ付けて」
「チャー、肥った?」
「ジャン、肥った?」
「クロ、はいお利口さん」
口の聞き方を知らんヤカラではあるが、こうも低次元世界の生物では仕方あるまい。
私はこのあたりもさらっと流すことにしていた。
食後しばらくして私からの申し送りを開始する。
「えー、本日もお疲れ様でした。早速ですが……」
「毎日懲りないなクロ。帰るぞ」
いつのまにか背後にきていた私直属のエージェント、リュウゲン・ハゲが私を抱きかかえた。
「いや待てハゲ。これを話さずして私の!!」
「クロちゃんが何か言ってるよ?」
カオルが私の喉を撫でた。
「ゴロゴロ――いや違う! 私には本日のレポートを伝える任務が!!」
「人間のつもりなのかな? 喋るよね。じゃあまた」
ハゲは悶える私をしっかりと抱き直し、漁村のほうへ向かった。
「バイバーイ」とカオルは手を振ったが、
あとの5名は彼女のそばに並んで香箱座り、細めた目で私を見送るだけだった。
偉大なる存在へ打電:
ソウキノコウタイモトム ソウキノコウタイモトムニャ
次元監視官 花園壜 @zashiki-ojisan-k
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