婚約破棄されたので、被害者ぶってみたら国が滅びた
ひよこ1号
第1話
今日は学園の卒業パーティーの日であり、公爵令嬢のクローディア・モリアーティが断罪される日である。
何故事前に分かるのかと言われれば、王太子の婚約者としても公爵令嬢としても情報収集に余念が無かったからだ。
当然、断罪する側の第一王子であり王太子である、ロドリック・アルフォンスのエスコートは無いだろう。
(男爵令嬢のマリアンヌ様に夢中ですものね)
その王太子の振る舞いや浮気に、悲しみは無い。
あるのはただ、深い落胆のみだ。
「クロア、準備は出来たかい?」
「ええ、お兄様、出来ましてよ」
王太子の代わりに、公爵令息として名高い長男のエスティーダが父である公爵よりその役を命じられた。
次兄も弟も、使用人達ですら一連の出来事に憤慨していたが、クローディアは愛らしく微笑む。
「今日はいつもと違うんだね、何と言うか……天使?」
「いや、妖精だろ?」
「お姫様みたいですね!」
「好みではないのですけれど、可愛いは正義だと友人に教わりましたので」
長兄エスティーダと次兄ローティスと弟ミルファスの褒め言葉に、ふんわりと答え、クローディアはエスティーダの差し出した腕に手を絡めた。
「さあ、敵陣に赴こうか、お姫様」
「ええ、蹴散らしてご覧にいれますわ、王子様」
学園のホールは時折学生主催のパーティや夜会にも貸し出される立派な建物だ。
白亜の外観に、内部の家具も装飾も代々の王族が手を入れて、豪華なものになっている。
卒業式典は後日、両陛下ご参加の下で行われるが、前夜祭であるパーティーは学生達で楽しむようにと、両陛下は巡察の旅に出ている。
だからこそ、第一王子のロドリックが王の決めた婚約に反旗を翻すのだ。
いつもは青や黒のドレスを好んで着ているクローディアが、白とクリーム色のふわふわしたシフォン生地の愛らしいドレスに身を包んでいる姿を見て、あるものはぎょっと足を止め、あるものはぽうっと見惚れる。
化粧も愛らしさを前面に引き立てる、淡い色合いに頬に明るめの紅もはたいていて、いつもより幼く可憐な印象を与えていた。
いつもは長く伸ばした青い髪を結ってはいるものの大部分下ろしているが、今日は編みこんで真珠とリボンで飾り付けているので、遠目に見たらクローディアだと分からないかもしれない。
だが、友人達は目ざとく見つけて側に寄ってきた。
「流石ですわ、クローディア様、見違えましてよ」
「嬉しゅうございますわ。貴女のお墨付きを頂けるのなら」
同じ公爵家であるアンリエッタ・ブローズがころころと笑い、クローディアも微笑み返す。
その時、王太子が正面の大階段に現れた。
側近である宰相の息子であり、公爵令息であるヘンリーが冷たい声を張り上げた。
「夜会の始めに、まずは王太子殿下からの直々のお言葉である」
「皆の卒業を祝う場ではあるが、一つ謝罪したいことがある。先日マリアンヌ、スワニー男爵令嬢が階段から突き落とされるという事件が起きた。その犯人はクローディア・モリアーティである。殺人未遂事件を起こすような者を我が婚約者にはしておけない。この場をもって破棄して、私はこのマリアンヌと新しく婚約する!」
「ロドリック様……」
隣に伴ったマリアンヌの肩をロドリックが抱き寄せ、マリアンヌは可憐な様子で感極まったように王子の名を呼んだ。
「三文芝居だな」
エスティーダの小声は、抑えたものの周囲には丸聞こえであり、失笑する者もいる。
おかげでクローディアは出遅れてしまった。
「何処だ?クローディア、出て来い!」
見つけられなかった王子に呼ばれるように、クローディアは大階段の元へと一歩一歩近づいていった。
「……な?クローディア……?」
いつもと違う可憐な出で立ちのクローディアに、まずは呼びつけたロドリックが困惑した。
それはそうだ。
いつもは冷たい美貌を前面に出した、美しさの権化であるクローディアが、幼く可愛らしい姿で現れたのだ。
そして、クローディアはうるっ、と目を潤ませて口に手を当てた。
「酷いですわ……殿下……!わたくしはそんな酷い事はしておりませんのに……厳しい王子妃教育を受けながら、最後の学園生活を楽しんで頂こうと、殿下の公務もわたくしが肩代わりしておりましたのに……何でそのような酷いことを言われるのですか……」
「何て健気なんだ!」
後ろから兄が合いの手を入れる。
これで、名実共に健気な婚約者の出来上がりだ。
見た目が違えば、思わぬ言動をされて、またもや王子達がうろたえる。
「……でもマリアンヌ様がお怪我をされたのは本当ですわね?傷のお加減は宜しいの……?」
おそるおそる、という様に聞くと、今度は騎士団長の息子のヴァルカス・ロドリゲスは怒鳴った。
「何を白々しい!お前が傷つけたんだろう」
「酷いですわ、ロドリゲス様!か弱い女性にその様に声を荒げるなんて……」
勿論、外野は声を荒げたヴァルカスの方を非難する目で見るし、当の本人もか弱い女性に弱弱しく言われれば居心地が悪く、仲間からも謝るように言われ、渋々謝罪を口にする。
「し……失礼した……」
「ええ、分かりますわ。ロドリゲス様もマリアンヌ様を大事に思われるからこそ、声を荒げてしまわれたのですよね?騎士団長の息子というだけでなく、お兄様も王都憲兵隊にいらっしゃるのですもの……曲がった事がお嫌いなのでしょう。であれば、勿論、わたくしが罪を犯したという確たる証拠がございますのよね?」
褒められたと勘違いしたロドリゲスが胸を反らして言う。
「マリアンヌ嬢が貴女の後姿を見たのだ」
「まあ……では、その方はわたくしのように青い髪をしておりましたのね?この髪は水の精霊の加護を受けている我が家にしか出生しない色ですので、学園で他にはいらっしゃいませんもの。見間違えるという事はございませんね」
お前と言っていたロドリゲスの言葉が、貴女に改められていた。
クローディアはそれよりもマリアンヌの言質をとる為に、自分だよね?と誘導していくのだが、マリアンヌの目は泳ぎ始めている。
「え?……あ、はい……でも、謝罪を頂ければ良いんです」
「まあ何てお優しいのでしょう!でもいけませんわ。怪我を負わされているのですもの!」
ロドリック王子と取り巻きが肩を震わせる男爵令嬢を優しいと褒め称える前に、クローディアはその台詞を奪い取って続けた。
(追及を逃れたいからそんな事を言い出したのは丸分かりなのに、この人たち頭がどうかしているのかしら…?)
周囲を囲んでいる取り巻きに冷ややかな気持ちを抱きつつ、クローディアは可愛らしく首を傾げてみせる。
「でも……おかしいですわね……怪我をしたのは確か二日前の夕方。その日わたくしは学園には来ておりませんでしたのよ。登城して王妃様の側で実務を拝見させて頂いて、事件のあった時間には王妃様とお茶を頂いておりましたわ」
ざわり、と会場が揺れた。
それもそうである。
鉄壁のアリバイが出てきたのだ。
しかも青い髪という、学園にただ一人の人間と見間違える人間はいない、と直前に証言してしまっているマリアンヌの顔色は悪い。
「ま、マリアンヌの言う事が嘘だと言うんですか!」
神の使徒と言われる金の髪の美少年であり、現法王の息子であるイザイアが声を上げるのだが、クローディアはまたもや目に涙を浮かべる。
「では、イザイア様は、王妃様が嘘をつかれると思っていらっしゃるのですか?何て不敬なのでしょう……」
マリアンヌを疑うと言う問題を、王妃の問題にすり替えてさり気なく弾劾する。
王妃に対する不敬に比べたら、男爵令嬢に嘘つきだと言う事自体大したことではないのだ。
王族に対する不敬は厳しい罰も下りかねない。
イザイアの顔色が青くなった。
クローディアは涙をハンカチで押さえながら続ける。
「学園に来ていなかった事は特進科の生徒も先生も証言頂けると思いますけれど、それも嘘と仰るの?王籍であらせられる殿下はご存知でしょうけれど、わたくしには女性の護衛が王家から一人、公爵家から一人、それと侍女と友人方が常に側にいるので、学園内で一人で歩くことは絶対にございません」
ハッとしたイザイア以下全員が王子に注目するが、王子は渋々といった様子で頷く。
なんとも言えない空気が流れた。
気まずい空気にしん、と会場は静まり返っている。
攻め手を失ってしまった王子達は急に貝になったようだった。
王妃がその犯行を否定する証人になってしまっている以上、マリアンヌの証言だけの事件をこれ以上言及出来ないのだ。
しかもクローディアの誘導にかかって、直前に青い髪を見たと証言をしてしまった事で、他の人間の所為にも出来ない。結果的に、マリアンヌの嘘とその場にいる全員が分かってしまっている。
何も言い出せないその時間をたっぷり味わせた後、おもむろにクローディアは言葉をかけた。
「分かりますわ、マリアンヌ様……」
両手を胸の前で組んだクローディアが愛らしく澄んだ目で、マリアンヌと王子を見上げる。
「愛する王太子殿下の歓心を引きたくて、邪魔なわたくしを遠ざけたかったのですよね?嘘はいけない事ですけれど、お責めにならないで……だって、殿下への愛を命がけで示したのですもの!」
クローディアの言葉に、馬鹿王子のロドリックが感動したように肩を抱いたマリアンヌを見つめる。
「マリアンヌ……」
「そうなんです……ロディ……」
まんまと乗ってきたマリアンヌの言葉で、王子の婚約者の立場欲しさに嘘をついて公爵家の令嬢に罪を被せた大罪人が出来上がったのだが、盛り上がっている二人には分かっていなかった。
会場にいる殆どの人々は、ウヘァ……という顔で階段上の面々を見ている。
クローディアは更にえげつない追撃を用意していた。
「……でも、そこまで殿下の事を思われているのなら、何故ロドリゲス様と口付けを交わしておりましたの?」
「え?」
「は?」
ロドリックとマリアンヌが同時に疑問と文句の返答をクローディアに返した。
クローディアは殊更愛らしく首を傾げて見せる。
「騎士様達の訓練場で夕陽の中で、なんてロマンチックですわね?イザイア・ケレウノス様とは学内にある教会の祭壇の前で口付けをしたともお聞き致しましたけど……?」
「何だって?!」
今度はヴァルカスが非難の声を上げ、怒りの形相をマリアンヌとイザイアに向ける。
(まだまだ序章なのですけれど)
苦笑をかみ殺して、クローディアは阿呆の子のように続けた。
「ヘンリー・アルター様とは図書室で、それに、臨時教諭のフェルナン先生とは城下で逢瀬をして、宿に消えられたとか……何故殿下を愛していらっしゃるのに、他の方に純潔を捧げてしまわれたのですか?」
その言葉にぎょっとした表情を見せた取り巻きの男達は、それでもその言葉を嘘だ!と言い出さなかった。
(嘘だ、と言い出せないのは自分達の身に覚えがあるからでしょうねえ……)
だが、マリアンヌは可憐なピンクブロンドの髪を振り乱して叫ぶ。
「何なの!?あんたもテンセイシャなの?ギャクハーエンド目指してんだから、当たり前じゃない!」
その剣幕と意味の分からない言葉に、辺りがしん、と静まり返った。
「仰っている意味が全く分かりませんが落ち着いてくださいませ……殿下はお心が広い御方ですもの。今まで貴女がどんなに他の男性に言い寄っても許して迎えて下さったでしょう?殿下はそれは強い愛情であなたを思っておられるのですから、わたくしは婚約破棄を受け入れて、お二人を心から祝福致しますわ」
見事な淑女の礼と共に、柔らかく微笑み、クローディアは背にしていた他の生徒にも同じ挨拶をした。
「本日はお祝いの場でありながら、淑女として涙を見せるなどはしたない姿をお見せいたして申し訳ありませんでした。わたくしは殿下の愛を得られませんでしたが、お二人の幸福を心から祈りたいと思います」
労う様な拍手が起こり、目をハンカチで押さえる人々もいる。
今夜は卒業パーティ。
平民も貴族も参加を許された最初で最後のパーティーでの催し物はあっという間に城下にも広まるだろう。
「お、おい、待てクローディア、待ってくれ」
今更ビッチな男爵令嬢の肩を放したロドリックが呼び止める声に、一度だけクローディアは振り返る。
「もうこれ以上二人の愛を見せ付けないでくださいませ。これからマリアンヌ様の王妃としての教育は大変なものとなるでしょう。今度は殿下がお支えする番ですわ。ですから、わたくしに側妃も務まりませんこともお伝えしておきます。どうか、お幸せに」
優しく、可憐に、涙ながらに微笑まれて、その実決定的な別離を口にされたのでは返す言葉も見つからずに、引きとめようとした腕を伸ばしたまま、ロデリックは去っていくクローディアの後姿を見守った。
それだけでは終わらなかった。
「わたくしも、ヴァルカス様の愛を祝福して婚約解消を進めたいと存じます。どうぞお幸せに」
アンリエッタもその流れに乗って、見事な淑女の礼を見せて優雅に会場を後にした。
元々男爵家である騎士団長の家柄と公爵家の婚約は異例の組み合わせで、王命によって結ばれたものだった。
普段からアンリエッタはこの婚姻を失くしたいと思っていたので、やっと念願叶ったのだ。
続いてイザイア、ヘンリー、その他王子の取り巻きやマリアンヌに婚約者を取られた令嬢が挨拶をして抜けていき、最早パーティー続行不可能と見做した貴族子女達はその場を離れていく。
残されたのは修羅場を迎えた王子一行と、物好きな平民の一部だけだった。
「クローディア様、お待ちになって」
「アンリエッタ様。うまくいきまして?」
「ええ、それはもう」
にっこりと微笑みあう二人に、他の令嬢も小走りに寄っていく。
「皆様、宜しければ後日、今日のお詫びにわたくしの家でお茶でも如何ですか?」
「ええ、是非」
嬉しそうな貴族令嬢達の前で、クローディアは最後の仕上げにかかる。
ふらり、と兄のエスティーダの腕の中に倒れこんだ。
「気丈な妹がとうとう気を失ってしまったようだ。今日はこのまま失礼させて頂くよ」
クローディアを抱きかかえたエスティーダの挨拶に道を開け、その場にいた人々はエスティーダの雄姿に心をときめかせつつ、その後姿を見送った。
勿論クローディアは気絶などはしていないのだが、馬車に乗せるとむくりと起き上がる妹を見て、エスティーダが楽しそうに笑い声をあげる。
「いやぁ、やっとすっきりしたね。大掃除が済んで」
「いいえ、まだでしてよ、お兄様。明日を楽しみにしていらっしゃいませ」
にっこりと愛らしい笑みを浮かべたえげつない妹の提案に、エスティーダも目を細めて笑った。
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