【うそつき人形】は舞台袖で
nanana
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自分は特別な人間だ。
稚拙な万能感。或いは世間知らずな無知故か。多くの人がきっとそうであった様に、幼い時分、この身はきっと何者にも代え難い選ばれた存在なのではないか、と。恐れ多くも、半ば本気で思い込んでいた時期というのが自分にもあった。
けれど。これもまたきっと、世の多分に漏れる事もなく。甚だ恐れ知らずで
無力な自分を。
才能に恵まれぬ己を。
或いはそうした逆境を乗り越えるだけの心根でさえ持ち合わせなかった、弱いこの身を。思い知らされるその時ですら、人生はただ淡々と続いていくばかりだった。そんな、あまりに変わり映えのしない日常の渦中で、緩やかに溺れていく様に思い知らされる。
自分は特別な人間ではなかった。
それでも。日々は容赦なく流れ、日常は何の変哲もなく。そうして世界が有り続ける限り、生きねばならない。生きる事を選んだ、ただそれだけの理由を守る為生き続けなければならない。
だから、嘘を吐く。
家族を騙し、他人を欺き、自分を偽り、人間を演じる。その為の嘘を、性懲りも無くまた何遍も、何遍でも。
ずっと、嘘を吐く。
晩春の夕景を、雲雀が軽やかに踊る様が見える。その身を縛る
放課後。生徒達が皆一様に教室を後にした、その最後。部屋には既に、自分以外の姿は見受けられなかった。
常ならば。自身もそうした一派の一人として、そそくさと学舎を後にしていた時分。その理由はまさしく、ただただ自らの怠惰に起因していた。
未だぼんやりと霞む視界。気付かぬ間に、どうも自身は強く微睡んでいたらしい。明滅する思考が、常との比較ならば随分緩慢とは言え、正常に機能するまでには大凡五分ほどを要した。
全く、気が抜けている。内省しつつ、自身もまた他の多くの生徒と同じく、とっととこの場から退散しようと鞄に手をかける。
夕焼け差し入る無人の廊下。人気はまるでなく、校庭から僅かばかり届く活気ある運動部連中の声も微かに。沈黙ばかりが蔓延る茜の景色に、寂寥感を覚える程の感受性などない。引き続き微睡を引きずった視界と、同じくぼやけた思考のまま。何を考えるでもなく、無味乾燥な心持ちで下駄箱を目指す。
と。一人、生徒とすれ違う。
何をか随分急いでいるらしい。全力疾走と形容して差し支えない勢いでこの身の脇を颯爽と駆け抜けていったその様子に、振り返る事はせず、内心で閉口する。廊下は走らない、なんて教養は是非義務教育期間中に手にしておいて頂きたい次第である。
などと。つらつら頭を巡る何様目線かの不平や不満の一切はしかし、すぐに霧散する事となる。
階段へ向かう曲がり角。微かに聞こえる人の声。聴こえる、それ自体は何らおかしな話でも無い。駆け抜けた生徒の足音も今や遠く、世界ごと買い上げた様な静寂はけれども幻想に他ならない。今し方まで姿を現さないだけで教員は勿論、生徒連中も少なからず校舎内な残っている筈なのだから。
それでも。聴こえたその声に些か以上の動揺が湧き立ったのは…それが明らかな苦悶の色を示していたから。
嫌な予感に眉を顰めながら、踊り場へ。見下ろした先に、声の主の姿はあった。大凡、不穏な予感に沿う様相で。
投げ放たれた段ボール。その中に仕舞われていたのだろう、散乱したフライヤー。その渦中に横たわり、痛みに悶え苦しむ、
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