違う僕になってごめん

T◎-BUN

青い鳥

「とりあえず、アイスコーヒーで」

 平日昼間の喫茶店は人が少ない。駅近くのチェーン店に行けば、主婦などで賑わっているだろうが、駅から遠く離れたこの古びた喫茶店には近所の人しか入らないというわけだ。食事もできないので飲み物を飲むしかできないのだが。

 正直に言って俺は駅近くのそれも人気のコーヒーチェーンのアイスコーヒーが飲みたかった。だがしかし、自分の大切な彼女が指定したのがこの喫茶店だったので文句は言わないことにする。

彼女はずいぶん待ったのか、コーヒーカップの底が見えそうだ。

「ごめん、遅れて」

ネクタイを緩めながら、彼女に詫びると、

「いいよ、仕事だし」

とこちらを見ずに店員に声をかけた。

 店員と彼女の会話を聞きながら、自分と彼女の出会いを思い出す。簡単なものだ。彼女と俺は高校が同じだっただけ。当時イケてるグループに所属してた俺は唯一の彼女ナシだった。美人で断りそうにない彼女に告白して無事結ばれたというものだ。彼女がどうして自分と付き合ったのかは5年以上経った今もわからない。自分は彼女のことを好きだ。高校生の時は馬鹿みたいに「可愛い」とか「好きだ」とか言えたが、なかなか会う機会がない今は、好きなのかさえ分からない。青春時代が夢のようにキラキラしてたから、今本当に好きなのか分からない。彼女も今もなお好いているのか分からない。

 店員が去ると、彼女との二人きりになる。こういうとき、どう話してたっけ。高校時代を思い出そうとするが、ノリが合わないだろう。かといって、美人の無口は怖い。何か話題になるようなことは……と俺が悩んでいるのを彼女が察してくれたのか、意外や意外彼女の方から声をかけてきた。

「最近仕事はどうなの」

「えっ……ああ仕事?順調順調」

 大嘘である。今日もスーツを着て仕事帰りに来たように装っているが、上司のパワハラに耐えられず、心の病気になり休職している。スーツなのは、病院帰りだからだ。外に来ていく服がスーツしかないので仕方なく着ている。上着を着てないのは着ると動けなくなるからだ。でも、心のどこかで普通でありたいと思って、会社に行ってるふりをしている。

「本当に?」

「本当だよ、本当本当。そっちは?」

「フリーター」

「……そっか、頑張ってるじゃん」

「そうでもないよ」

 彼女はフリーターになりたくてなったわけではないのは知っている。本に関わる仕事をしたいと、司書の資格を取ろうとしたり、出版社に就職しようとしたり、彼女なりに頑張っていたのだが、難しかったのだろう。良い知らせを聞いたことはない。

 彼女の追加のコーヒーが来たところで本題を聞こうとしたとき、彼女はこんなことを口にした。

「青い鳥って知ってる?」

「青い鳥?カワセミとかのこと?」

「違う、童話の話」

「あぁ」

 幸せになる青い鳥を探して兄妹が探すが、青い鳥は案外近くにいた、とかそんな話だったっけ。童話の類は彼女の会話でよく聞かされたから覚えていた。

「私、収入が少ないけど、貴方となら結婚してもいいと思ってる。だから、」

「待って!」

 きょとんとした彼女には悪いが心臓がバクバクと音を立てて冷や汗が背中を伝う。これ以上、彼女の話を聞いたらダメだ。脳が警鐘を鳴らす。

「俺、心の病気でさ、休職してるんだ。だから、収入はない。黙っててごめん。君は俺と幸せになりたいかもしれない。俺も君と幸せになりたい。でも、」

 深呼吸をしたその一拍は無音だった。

「無理なんだよ。ごめん。俺、君を幸せにする資格なんてない。別れよう、お金、代わりに払うから」

 伝票を奪って急いで立ち去る。

 「それでも私貴方のことが」

  彼女の声がお店に響く。大きな声久しぶりに聞いた。

「ごめん」

  彼女の顔は見れなかった。

  俺は、自分の手で青い鳥を逃がしてしまった。

 

 

 

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