第26話 はい、約束です

「中村さんのチュロスもおいしそうね。せっかくだからシェアしない。そうしたら二つの味が味わえれるわよ」


 そう言って葵は食べかけのチュロスを優の方に向けてくる。

 チュロスには葵の歯型や光の反射で唾液が煌めいている。


 優も男の娘だ。


 どうしても異性との間接キスを意識してしまう。


「あっ、もしかして中村さんは食べ物のシェアとか苦手だったりする?」


 葵が申し訳なさそうな表情で聞いてくる。

 確かに他人と食べ物のシェアをするのが苦手な人も一定の割合でいる。


「いえ……ただ異性とのシェアは今までしたことがなくて……」

「そうなのね。私は食べ物のシェアとか回し飲みで同性とか異性とか意識したことがなかったな~」

「楠先輩は男の娘との間接キスをしても気にならないんですか」

「男の娘でも友達なら別に気にしないかな。友達だし。それに回し飲みならしょっちゅうしてるし」


 優は葵が異性との間接キスを意識していないことに驚いた。

 優的に、女の子の葵の方が異性との間接キスを気にすると勝手に思っていた。


 うん?


 優はあることに気づく。


 葵は友達なら男の娘との間接キスを気にしない。


 つまり、葵は優のことを友達だと思っている。


 それが嬉しかった。


「……楠先輩が意識してないなら私も意識しません。食べてください」


 そう言って優も葵にチュロスを突き出す。


 嘘である。


 多感な男子高校生にとって異性との間接キスを意識しない方が難しい。


「大丈夫、無理してない?」


 異性との間接キスを意識していることがバレバレだったらしく、葵は心配そうに聞いてくる。


「別に無理はしてません。ほら、普通に食べられます」


 優はその証明として葵の食べかけのチュロスを一口食べる。

 口の中にイチゴの酸味が生地の甘さをさらに引き立てる。

 別に葵との間接キスは嫌でも無理もしていない。


 ただ、恥ずかしいだけである。


「それなら私もいただくわね……やっぱり甘さと甘さはおいしいわ~」


 優が無理していないことが分かり、葵も優のチュロスを一口いただく。

 シュガーのチュロスもおいしいらしく、舌鼓を打っている。

 葵は全く優との間接キスを気にしていないようだった。


 それがなぜかモヤモヤした。




 その後チュロスを食べ終えた優と葵は、アトラクションに乗っていく。


 時刻は午後五時。


 六時に集合なのであと一つアトラクションに乗って出口に向かえばちょうど良い時間帯である。


「最後のアトラクションはなにに乗る?」

「最後と言ったらアレじゃないですか」

「やっぱりアレよね」


 遊園地に来て最後に乗るアトラクションと言えば一つしかない。


「「観覧車」」


 別に示し合わせたわけではないが、優と葵の声が重なる。


 それがツボり、二人はクスクス笑い合う。


 その後、二人は観覧車があるエリアに向かい、十分ほど並んだ後観覧車に乗り込む。


 観覧車に乗り込む前に係員の人が微笑ましそうに見られていたがあれはなんでだろう。


 観覧車に乗り込んだ二人は向かい合うように座った。


「観覧車って落ち着くよね。小さくて密室だし」

「そうですね。プライベートな空間って感じられるからですかね」

「そう、そんな感じ」


 遊園地に来て最後に観覧車に乗りたくなるのは、疲れた体を休ませたいと思うからだろう。

 密室で誰にも邪魔されないからこそ、観覧車の中は落ち着くことができる。


「中村さんは遊園地どうだった? 楽しかった」

「はい。とても楽しかったです」

「それは良かった」

「でも、ジェットコースターで投げ出されそうになった時は本当に死ぬかと思いました」

「本当にあれは災難だったよね。でも中村さんが投げ出されなくて本当に良かったわ」

「それは楠先輩が私を離さなかったおかげです。ありがとうございます」

「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。本当に無事で良かったわ」


 あの時、ジェットコースターから投げ出されていたら間違いなく優は死んでいただろう。


 葵が必死に優を抱きしめていてくれたおかげで九死に一生を得た。

 優は命の恩人の葵にもう一度深々と頭を下げお礼を言うと、逆に葵が恐縮する。


「今は無理でもいつか笑い話になると良いわね。『私、ジェットコースターの安全バーが作動しなくて死にそうになったことがあるんだ。でもその時先輩が私を必死に抱きしめてくれたおかえで放り出されずに助かったんだ』って」

「そうですね。その時は楠先輩に話したいですね。そしてその時のことを思い出して笑い合いたいです」

「えっ……」


 葵の言うとおり、今はまだ笑い話にはできないけど、いつか大人になった時笑い話になれば良いと優も思う。


 未来を想像した時、最初に話したい相手が葵だった。


 別に他意はない。


 なんとなく葵の顔が頭に浮かんだだけだ。


 それを聞いた葵は頬を赤くしていたが、優は気づいていなかった。


「……それってもしかして今後もずっと私と一緒にいたいということ。もしかして私アプローチされてる?」

「どうしたんですか楠先輩。ブツブツなにか言ってますけど」

「別になんでもないわよ。えぇーなんでもないわ。そうね、もし中村さんの中でその話が笑い話になった時、私に聞かせてちょうだいね。約束だよ」

「はい、約束です」


 葵がなにか言っているようだったが、聞き取れなかった優が聞き返すものの、慌てた様子ではぐらかされてしまった。

 別に指切りするほどのことではないと思ったが葵が小指を出してきたので、優も小指を出し指切りをする。


「それを除けば今日は楽しかったね」

「はい。先輩との遊園地、とても楽しかったです」

「私も後輩との遊園地、とても楽しかったわ。いつもは同級生とばかり行ってたけど後輩と行く遊園地もとても楽しかったわ」

「私も同級生とは行きますが、異性の先輩と遊園地に行くのは初めてで緊張しましたが楽しかったです」

「それを言うなら私も異性の後輩と遊園地に行くなんて初めてよ。でも楽しめていたなら良かったわ」


 今さら気づいたが優の人生の中で先輩の、しかも異性の先輩と遊園地に行ったのはこれが初めてである。

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