第22話 せっかくだから手を繋ぎましょうか

「だからこうして中村さんに頼られると嬉しいの。家では末っ子だから誰にも頼られないしね」

「末っ子だと普通甘え上手になると思うんですが楠先輩は甘えるよりも頼られたいんですね」

「そうよ。私は誰かに甘えるよりも頼られたいという気持ちの方が大きいわ」


 葵が悪戯っぽい笑みを浮かべる。

 末っ子ゆえに誰から頼られるのは嬉しいのだろう。


 優は一人っ子のためその気持ちを知るすべはなかった。


 今は妹がいてもその妹は義妹だ。


 義妹に会ってからまだ一年も経っていない。


「中村さんはちなみに兄弟とかいらっしゃるの」

「そうですね……義妹ならいます」

「あっ……そのごめんなさい」


 義妹という言葉を聞いて葵は複雑な家庭環境を想像したのだろう。

 確かに優の家はみな義理の家族だが、別に同情してもらいたいとか気を使ってほしいとか思っていない。


「楠先輩が想像しているような複雑な環境ではないですよ。だから気にしないでください」


 葵に罪悪感を抱いてほしくなかった優は努めて明るい声で葵に話しかける。

 本当の両親は事故で死んでしまったが、別にそれは言う必要がないだろう。


「こちらこそごめんね。中村さんのプライベートに土足で踏み込んでしまって」


 しかし葵の罪悪感は拭えなかったようだ。


 その後もジェットコースターに乗るまで気まずい空気が流れた。




「どうしたんだ葵。中村さんとなんかあったのか」

「べ、別になにもないわ。そうよね中村さん」

「はい。特になにもありませんよ」

「それなら良いんだけど、なんか葵が気まずそうにしてたから」


 二人の気まずい空気感を感じ取った瞳が葵に話しかける。


 さすが葵の友達だ。


 よく分かっている。


 葵は誤魔化すものの動揺しているのがバレバレだ。


 本当に気にしなくても良いのに。


「全然気まずくないわ。私たちはとても仲良しよ」


 そう言って葵は優の腕に抱き着く。


 ぷにゅん。


 葵の柔らかい双丘が腕に触れる。

 その双丘を理解した瞬間、優の頬は赤く染まる。


 胸部……いや、これはおっぱいだ。


 柔らかく弾力があり、決して男の娘の体では感じることができない感触だ。


「く、楠先輩」


 優は狼狽する。

 優は健全な男の娘だ。


 年上の美人のおっぱいが腕に当たったら、男の娘だったら誰だって意識してしまうだろう。

 瞳が頭を抱えながらため息を吐いている。


「楠先輩も大胆だね」


 瞳の隣で実乃里は口元を手で押さえながら、その光景を見ていた。


「なんで瞳はため息を吐いているのよ」


 葵だけこの状況が呑み込めずに唇を尖らせている。


「楠先輩、私の腕に、あ、当たってます。当たってます」

「当たってる……あっ、ごめんね中村さん。これは別にわざとじゃないからね」

「大丈夫です……分かってますよ」


 葵も優に指摘されて、自分が今優になにをしているのか自覚した瞬間顔を赤くして謝罪し優から離れる。


 もちろん、これがわざとでないことは優も分かっているのだが、それでも意識するものは意識する。


「葵、中村さんは健全な男の娘なんだから中村さんが反応に困ることはするな」

「はい、すみません」


 瞳が葵を一喝し、葵は反省しながらうなだれる。


 その後、優たちの番まで順番が回りジェットコースターに乗り込む。


「楽しみだね瞳ちゃん」

「そうだな。実乃里と一緒だから楽しみだ」

「もう~瞳ちゃんったら~。私も瞳ちゃんと一緒だから楽しみ」


 後ろの席では実乃里、瞳カップルがイチャついていた。

 聞いているだけで二人が甘々なカップルだと言うことが分かる。


「いよいよね中村さん」

「はい、楽しみです」


 葵と優が話していると係員がジェットコースターの安全バーを下げていく。

 なんか少し緩いがこんなものだっただろうか。


「あの浮遊感が溜まらないのよね~」

「分かります。あれこそジェットコースターの醍醐味ですよね」

「そうそう」


 葵と優はジェットコースター談議で盛り上がる。


「……葵と中村さん、いつも通りに戻ったな」

「そうだね。二人とも楽しそうに話してる」


 瞳と実乃里も優たちを心配していたらしく、いつも通り話している優たちを見て安堵している。

 全員ジェットコースターに乗り込み、安全バーの確認が終わるとジェットコースターが動き出す。


「ワクワク、ワクワク」


 いつもはしっかり者の先輩だが、プライベートで時たま見せてくれる年相応な顔にギャップを感じる。


「せっかくだから手を繋ぎましょうか」

「えっ」


 いきなり優の右手を握ってくる葵。


 一体、どんな意図で握って来たのか分からない優は狼狽する。


 もしかして本当はジェットコースターが怖いのだろうか。


「落ちる時一緒に手を上げて叫びましょう。きっと楽しいわよ」


 違った。


 葵は優と一緒にジェットコースターを楽しむために手を握ったらしい。


 でもこれはマズい。


 葵はなにも意識しないで優の手を握っているが、優は意識してしまう。


 今までデートどころか彼女もいなかった優に、異性と手を繋いで意識しない方が難しい。


 葵の手は女の子らしく柔らかくもガッチリして逞しく少しだけ汗ばんでいる。

 優も葵と手を繋いでいることを意識するとどんどん手が汗ばんでくる。

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