第21話 楠先輩って末っ子なんですか

 葵は運転初心者ということもあり、お世辞にもあまり上手くはなかった。


 そして一番の難所が駐車場への駐車だった。


 葵はバックで入れようとしたが、悪戦苦闘し結局十回以上切り返しを行い、駐車するだけで五分以上かかった。


「下手くそ」

「瞳もやれば分かるわよ。バックって本当に難しいの」


 葵の下手なバックを馬鹿にする瞳。

 葵は一生懸命弁明するが優たちは車の運転をしたことがないので、その難しさがよく分からなかった。


「中村さん、車酔いとかしなかった?」

「はい大丈夫です」

「それは良かった……」


 車から降りた後、自分の運転が不安だった葵はホッと胸をなでおろす。

 他人の車酔いにも気をつかえる葵はまさに最高な先輩だった。

 遊園地はゴールデンウィークということもあり、たくさんの人で賑わっていた。


 子連れの家族はもちろん、学生カップルや学生グループもたくさんいる。

 やはり学生が多い。


「やっぱり人が多いね」

「ゴールデンウィークだからね~」


 瞳と実乃里も人の多さについて話している。


 その後、四人で入園料を払い遊園地の中に入る。


「さぁー今日は遊びつくすわよー」

「「おぉー」」

「……おぉー」


 葵はテンション高く拳を突き上げると、瞳と実乃里も葵をまねて拳を突き上げる。

 三人のテンションの高さについていけなかった優は一拍遅れて拳を突き上げる。


「中村さん、今日は楽しまないと損よ」


 一人テンションが低かった優に対し、テンションが高い葵がアドバイスをする。

 目がガチである。


「やっぱり遊園地に来たらジェットコースターよね。中村さん、ジェットコースターは大丈夫?」

「はい。むしろ大好きです」

「それは良かったわ。それじゃー、まずはジェットコースターに乗りに行きましょう」


 世の中にはジェットコースターが苦手な人もいる。

 そういう人に配慮して葵は優にジェットコースターに乗れるか聞いてきたが、心配ご無用である。


 むしろ優はジェットコースターが大好きだ。


 その後、四人でジェット―コースターへ向かう。


「やっぱりジェットコースターは人気なアトラクションね」


 葵の言うとおりジェットコースターは人気のアトラクションのため、ジェットコースター乗り場には長蛇の列ができていた。


「凄い混んでるわね」

「やっぱり結構混んでるなー」


 葵と瞳が少しガッカリした表情で言葉を漏らす。


「でも待つ時間も遊園地の醍醐味よ。四人で並びましょう」


 葵のポジティブ発言に扇動されて、四人して最後尾に並ぶ。


「最後尾はこちらですよー。約二時間待ちでーす」


 係員の女性が声を大きく張り上げてキャストを整列させている。

 一目で分かるように『最後尾』というプラカードまで持っている。

 みんなが楽しんでいるゴールデンウィークにこうして仕事を頑張っている人もいる。


 お仕事、お疲れ様です。


「結構待つね瞳ちゃん」

「そうだな。でも実乃里が隣にいるから二時間なんてあっという間だぞ」

「そうだね。瞳ちゃんと一緒にいればあっという間よね」


 ジェットコースターの列に並んで早々、実乃里と瞳がイチャイチャを始める。

 恋人繋ぎをしていない方の手でお互いの頬をツンツンと突き合っている。


 まさにリア充である。


 実乃里も瞳も幸せそうでなによりである。


「中村さんは私と話しましょうか」

「はいそうですね」

「……」

「……」


 あれ、おかしい。


 今日は全然会話が続かない。


 いつもならどんどん会話が続くのに、今日の葵は歯切れが悪い。


「ひ、一つ気になっていることがあるんだけど良いかしら」

「は、はい。なんでしょうか」


 急に改まる葵に優も緊張する。

 一体、どんなことを言われるのか全然想像もできない。


「先輩だと同級生より話しづらいよね」

「……」


 予想外な質問に優は言葉を失う。

 そんなことを質問されるとは微塵も思っていなかった。


 そして思わず笑ってしまう。


「な、中村さん」


 予想外な反応に葵は珍しく狼狽する。


「そんなこと心配していたんですね。全然そんなことないですよ。楠先輩は先輩でも凄く話しやすいです。むしろ同級生よりも話しやすいです。だからそんなに心配しなくても大丈夫ですよ」


 これは優の本心だった。


 確かに葵は先輩だが、先輩風をふかすことは一度もないしむしろ関りのない同級生よりも話しやすい。


「良かったわ~。中村さんにそう思われていて凄く安心したわ」


 葵は安堵のため息を吐く。

 葵の心配事が一つ減ってめでたしめでたしである。


「それなら私からも一つ質問良いですか」

「モチのロンよ。私に答えられることならなんでも答えるわ」

「楠先輩ってなんで頼られたり人を世話するのが好きなんですか」


 葵が優に対して気になっていることがあるように優にも葵に対して気になることがある。


 それは葵が物凄く世話好きなことだ。

 葵は誰かに頼られたり、世話をしている時とても生き生きしている。


「それはね、私が誰かに頼られたり世話をするのが好きなんだけど……私って三人姉妹の末っ子なの。だから家では誰にも頼られないしむしろ甘やかされるというか……いつまでも子供扱いされるというか……だから頼られると凄く嬉しい」

「楠先輩って末っ子なんですか。てっきり長女だと思ってました」

「クラスの子に言うとみんなに驚かれるのよ」

「だって楠先輩ってとってもしっかりしているし包容力だってあるし、優しいし綺麗だしとても末っ子には見えなかったです」


 まさかこんなにしっかりしている葵が末っ子だったなんて。


 優は葵の口から直接聞いても信じられない思いだった。


 学校では誰からも頼りにされる生徒会長。


 大人びた風貌で、私服で歩いていたら間違いなく女子大生に間違われるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る