第15話 そろそろ寝ましょうか
「ち、近いです」
「ご、ごめんね」
あまりの近さに、優は葵を女子と意識してしまい目をそらす。
葵は優が嫌がって目をそらしたと思い、謝罪する。
気まずい空気が流れる。
その時、タイミング良くご飯が炊き上がる音が鳴る。
「ご飯が炊けたみたいね。唐揚げとか温めましょうか」
「そうですね。みそ汁はインスタントで良いですか」
「良いよ」
「分かりました。ケトルでお湯温めますね」
「私、料理分けるから中村さんは運んでちょうだい」
二人は気まずい空気を払しょくさせるかのように、夕飯の準備に取り掛かる。
みそ汁も一から作るのは面倒なので、こういう時インスタントみそ汁は助かる。
葵も優の怪我を慮って、できるだけ片手でもできるものを頼む。
こういうところからも葵の優しさが伝わってくる。
その後、テーブルにご飯とお惣菜の唐揚げ、カットサラダとインスタントみそ汁、麦茶を用意して今日の夕飯は完成である。
ちゃんと野菜もあるし、栄養バランス的には問題ないだろう。
「「いただきます」」
二人は手を合わせて食事のあいさつをする。
優は左手にフォークを持つ。
利き手ではない手で箸を使うのは難易度が高い。
「中村さんは一人暮らしだから毎日一人でご飯食べているのよね」
「はい。一人暮らしなので一人で食べてますね」
「でも一人だと寂しくない。毎日一人だったら少し寂しいかも」
学生寮に一人で住んでいるのだから夕飯はいつも一人で食べている。
葵は一人で食事をするのは寂しいと思う人間らしい。
それが一般的な人の考えなのだろう。
でも優にとって一人で食べることが日常になり、今は寂しく思うことはなくなった。
「もう……慣れましたから」
「中村さんは慣れるのが早いわね。まだ二週間ぐらいしか経っていないのに」
葵は優の慣れの早さに驚いているが、それは葵の勘違いだ。
優が一人なのは二週間どころではない。もう何年も一人だ。
でもこれは葵に教えなくても良いことだ。
だって葵はただの先輩だから。
だから優はあえて、葵の言葉を訂正しなかった。
「でも夕飯も誰かと食べるのはなんだか不思議な気分です。同じご飯を食べているのに一人よりも二人で食べる方がおいしいです」
「私も中村さんと食べるご飯はおいしく感じるわ。一人よりもみんなで食べる方がおいしく感じるわね」
一人で食べることに慣れているとはいえ、やはりみんなで食べた方がご飯はおいしく感じる。
料理はなにを食べるかよりも誰と食べるかの方が大事である。
葵と一緒にいると、お腹だけではなく心まで満たされていくような感覚がある。
「中村さん、フォークだとカットサラダは食べづらそうね」
フォークでカットサラダを取るのに苦戦している優を見て葵が声をかける。
「大丈夫です、これぐらい頑張れます」
なんでもおんぶにだっこは良くないと優は思い、頑張ってフォークでカットサラダを食べようとするものの、特にキャベツが取りづらくて苦戦する。
「無理しなくて良いのよ。ちょっと待ってて中村さん」
葵はそう断ってキッチンへと向かう。
「カットサラダ、特にキャベツは食べづらそうだから私が食べさせてあげるわね」
葵は優の箸を持って来て、箸でカットサラダを掴み優の口元へと持ってくる。
高校生にもなると、恋人でもない限り誰かに食べさせてもらうのは恥ずかしい。
それにこれは俗に言う『あ~ん』である。
恥ずかしがらない方が不思議である。
こんなに可愛い先輩にされたらなおさらだ。
「どうしたの中村さん。ほらっ、食べて食べて」
葵は優が思春期の葛藤をしていることに気づいておらず、さらに距離を縮めてくる。
葵にとっては優に食べさせる行為はただの介助なのだろう。
本当に葵は世話焼きである。
葵に食べさせてもらうのは恥ずかしいが、これ以上葵の厚意を無下にすることはできない。
優は意を決して葵が差し出しているカットサラダを食べる。
味は普通のカットサラダだ。
マズくも上手くもない。
ちなみに優はあまり野菜が好きではないからそう感じる。
ただ必要な栄養素だから仕方なく食べているのだ。
優が葵を見ると、とても嬉しそうな表情をしていた。
本当に世話を焼くのが好きなのだろう。
一度すると、二度目の抵抗感は少なくなりその後はあまり恥ずかしさを感じることなく葵に食べさせてもらうことができた。
「「ごちそうさまでした」」
その後、皿洗いを葵にしてもらい、終わった後は勉強をする。
葵は今年受験生だし、優も赤点は取りたくないため必要最低限の勉強は毎日するようにはしている。
「うぅ~……明日も学校だし、そろそろ寝ましょうか」
「はい」
背伸びをしながら固まった筋肉をほぐしながら葵は立ち上がる。
夜の十一時。
明日は学校なので寝るには良い時間である。
葵は自分が持って来た布団と優の布団を敷く。
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