第14話 良いお湯だったわ

「ご飯は私が炊くわね」

「ありがとうございます」

「中村さんは休んでて良いわよ」

「それじゃーお風呂にでも入ってきます」

「うん」


 さすがに葵もお風呂まで介助を申し出るほどデリカシーがない女の子ではなかったらしい。


 お風呂の介助も申し出られた、さすがに引いてしまう。

 人差し指の湿布をはがし、優はシャワーを浴びる。


 お湯で温まると突き指したところが痛むが、無視して頭を洗う。


 今、部屋に先輩の女の子がいる。


 こんなギャルゲーみたいなシチュエーションにドキドキしない男の娘はいないだろう。


 自分の部屋に家族以外の女の子がいると思うと、意識してしまう。

 頭と体を洗い終えた優はパジャマに着替え、髪を乾かす。

 ちなみに優のパジャマはグレーのスウェットである。


「米研ぎ終えたから勝手に休んでいたわ」

「別にそれは良いですけど。ありがとうございます楠先輩。米も研いでもらって」


 髪を乾かし終えた優が部屋に戻ると、葵が部屋で休んでいた。

 優は葵にお礼を言っていないことを思い出し、お礼を言う。


「……あれ楠先輩。その荷物なんですか」

「これは着替えよ。今日はここに中村さんの面倒を見るために泊まらせてもらうわ」


 来た時にはなかった荷物が増えていることに疑問を抱いた優は葵に尋ねる。


 今日、葵はここに泊まるらしい。


 ?


「……えぇ―――」


 その意味を理解した瞬間、優は絶叫する。

 優はこの状況に頭がついていけない。


「ど、どうして泊まることになるんですか」

「だって怪我が悪化したら大変だもの。心配だわ。それに親には許可をいただいているから大丈夫よ」

「そういう問題ではなくてですね。私と楠先輩は異性なんですよ。男女で一緒に寝るなんて問題大ありじゃないですか」

「問題なんてないわ。私の姉も大学の頃、男女で飲み会して雑魚寝とかしてたけどなにも問題は起こらなかったわ」


 優と葵は異性だ。


 高校生にもなって異性と一緒に寝るのは世間的にイケナイことだと思う。


 葵は姉も男女で雑魚寝をしていたか大丈夫だと言っているが、それとこれはまた別である。


 大学生ということはみな、十八歳以上、つまり大人だ。

 大人ならもしなにかあっても責任を取ることができるが、優はまだ十五歳、つまり子供である。


 まだ責任をとれる歳ではない。


「わ、私が楠先輩を襲ったらどうするんですか」

「……大丈夫よ。中村さんはそんなことするような人じゃないことは知ってるわ。中村さんはとても優しいもの」


 これはあくまでも一つの仮定である。


 もちろん、優は葵にそんなことするつもりは毛頭ない。


 葵はそれを分かっているのか、クスクス笑いながらそれを否定する。


「ぎゃ、逆に楠先輩が私を襲ったらどうするんですか」


 葵がそんなことするなんて絶対ありえないと思いながらも優は質問をする。

 葵は人を傷つけるようなことをする女の子ではない。


 すぐに否定が返ってくると思った優は十秒経っても返事が返ってこないことに、困惑する。


「……中村さんを傷つけることはしないわ。でももししてしまったらその時は責任を取るわ。それは先輩として当然のことだもの」


 ただの仮定の話なのに、葵の目は真剣だった。


「ほらね。どちらもなにもしないなら一緒にお泊りしても問題ないでしょ」


 葵の言うとおり、お互いなにもしなければ問題はない。


「お風呂あがって来たんだから湿布巻いてあげるわ。中村さん、こっちに来て」

「……あっ、はい」


 この話はこれで終わりと言うかのように、葵が話題を変える。

 優も湿布を貼ることを忘れていたので、大人しく葵の言うことを聞き葵の前に座る。


 葵は丁寧に突き指をした指に湿布を貼っていく。


 湿布のヒンヤリとした冷たさが気持ち良い。


「これで大丈夫ね」

「ありがとうございます」

「それじゃー私もお風呂をいただくわね」

「はい、どうぞ」


 湿布を貼り終えると葵は着替えを持って脱衣所に消えていく。


 部屋に一人残される優。


 今、葵はバスルームでシャワーを浴びている。


 シャワーを浴びているということはもちろん、裸である。


 先輩の女の子が扉一枚隔てて、裸でシャワーを浴びている。


 意識しない方が無理である。


「……これはこれで心臓に悪いよ」


 優の悶々とした気持ちは虚空へと消えていく。


「ありがとう中村さん。良いお湯だったわ」

「それは良かったです」


 髪を乾かしてきた葵は、シャワーを浴びた直後ということもあり蒸気していた。

 まだ少し湿っている髪。その髪からは優と同じトリートメントの匂いがする。


 まるで同棲中の彼女みたいで、少しだけエッチだった。


 葵のパジャマはピンクと白のモコモコしたパジャマだった。


 制服と違い、胸の締め付けがない分、胸の膨らみが顕著に現れている。


 男子の目にはあまりよろしくないが、意識してないと目が行ってしまう。


「どうしたの中村さん。急に首を振り出して」

「いえ、なんでも……ありません。大丈夫です」


 急に首を振り出した優を心配した葵は優の顔を覗き込む。


 葵の顔が目の前にある。


 お風呂上がりの葵は今まで葵とは違い、完全にプライベートな葵だった。


 無防備で微かに火照っている葵。


 初めて見る葵に優はまた意識してドキドキする

 改めて思うが葵はやっぱり美少女だ。


 こんな美少女と一つ屋根の下、パジャマ姿でいることが未だに信じられない。


 微かに葵の吐息がかかっている。

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