ふたりの狩り

山本アヒコ

ふたりの狩り

「なあ、これでよくないか?」

「ダメだろ。小さすぎて母ちゃんに怒られるぞ」

 母親に殴られた頭の痛みを思い出し、ふたりはそこを手で押さえた。かなり腫れていて、触るだけでも痛い。

 十才と十二才の兄弟は、動物を狩りために森のなかを歩いていた。それぞれの手には弓があり、背中には矢筒もある。

 ふたりは手のひらに乗せることができる大きさのリスの横を通りすぎた。

「兄ちゃんが肉をこっそり食べたりするから、こんなことになったんだからね」

「お前だって食べただろっ」

 ふたりは保存食である干し肉をこっそり食べたことを、母親に知られてしまった。そして頭に拳を落とされ、こっぴどく怒られたあと自分たちで森から干し肉となる動物を狩ってくるように言われたのだった。

「おっ。向こうに何かいたぞ」

「追いかけよう」

 ふたりは背丈以上もある草木をかき分けながら進む。しかし動物のほうが足が速く、すぐに姿が見えなくなった。

「くそー、どこに行ったんだ?」

「あっ。兄ちゃん、あっち」

「行くぞっ」

 獲物の姿を見つけるとふたりは駆け出すが、すぐにその姿を森のなかで見失ってしまう。

「またいなくなった」

 頭上からなにかが落ちてきた。鳥の羽だ。ふたりが見上げると、木の枝に森では保護色となる緑色の羽を持つ鳥がとまっていた。

「ちょっと小さいけど、あの鳥はうまいからな。母ちゃんも許してくれそうだぞ。よしっ」

 兄のほうが弓をかまえる。しっかりと狙いをつけて射たが、矢は外れてしまい鳥はどこかへ飛んでいってしまった。

「あーあ。兄ちゃん下手だなあ」

「うるさい! だったら次はお前がやれよ」

 ふたりはその後も森を歩き回り、鳥や動物を見つけては追いかけて矢を射たが、結局一匹も仕留めることができなかった。

「どうしよう? これじゃあまた母ちゃんに怒られちゃう」

「くそー」

 ふたりとも母親からもう一回殴られるのは嫌だった。次は骨にヒビぐらい入ってしまうのではと、本気で怖がっている。

「見て見て」

「おっ。あれは大きいぞ」

 見つけたのはメスの鹿だった。大きさは弟より少し低いぐらいで、これぐらいならふたりでも狩れそうだった。オスならば凶器となる角があって危険だが、メスにはその心配がない。

 ふたりともが弓に矢をつがえ、狙いをつける。

「いくぞ。さん、にい、いちっ」

 合図で同時に矢を放ったが、その直前に危機を察したのか鹿が動き、矢が刺さることはなかった。

「外れた!」

 そのとき、大きな叫び声とともに奥の茂みから巨大な姿が飛び出してきた。熊だった。その肩に矢が刺さっている。熊もあの鹿を狙って隠れていたのだが、そこにふたりが放った矢が飛んできたのだ。

 熊は怒りに染まった目で兄弟を睨む。

「逃げろー!」

「わあああっ!」

 ふたりは必死で走る。森を出てもまだ追いかけてきた。

「母ちゃん、助けてー!」

 兄弟の家は森から近い場所にあった。外で薪割りをしていた母親は、叫び声に顔をあげた。

「ギャン」

 熊が悲鳴をあげた。母親が投げた斧が刺さっている。熊が痛みで足を止めていると、母親がすぐ近くまで来ていた。

「ふん!」

 母親が熊の額を拳で殴ると、その一発で死んでしまった。

「まあ、こんだけデカイ獲物を連れてきたんだから、とりあえず許してやろうかねぇ」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ふたりの狩り 山本アヒコ @lostoman916

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ