第35話 女の声と光る動物
「女の声、か……もしかして、ヒナを召喚しようとしていた、召喚士の声じゃないのか?」
ドラゴンが、召喚に失敗したなれの果てというのなら、陽奈子が聞いた知らない女の声が召喚士の声だったという可能性は、確かに高い。
眠る前から目が覚めるまでの記憶が曖昧なのは、眠っていたからだという当然の理由だと思っていた。
だが、眠っていたのではなく、眠らされていたのだとしたら。
一度思い出すとその呼び声が、夢などではなかったと、次第にはっきりしてくる。
そして同時に、思い出したくないという気持ちの根源が、そこにあるような気がした。
「私……どこか暗い場所で、一度目を覚ました気がします」
「その場所、重要かもしれないわ。詳しく思い出せる?」
リディの問いかけに、細い記憶の糸を辿る。
思い出そうとすると、頭にモヤがかかったようになり、考えるのを拒否しようとしているみたいだった。
けれどだからこそ、リディの言葉通り、陽奈子もこの記憶が何か重要なヒントである気がする。
丁寧に思い起こしていくと、ぼんやりと頭に浮かんだのは、足下に不思議な大きな模様がたくさん描かれている空間。
眠りに落ちたはずの、自宅にあるベッドの上とは明らかに違う場所だったから、当時は不安に思いつつもこれは夢なんだろうと結論づけた。
転がったままの姿勢で、きょろきょろと首を動かして辺りを見回していたら、模様の切れた先に一人の女の人が立っているのが見える。
じっと陽奈子を見る目がとても怖くて、とっさに「逃げなきゃ」と思ったけれど、鉛のように身体が重くて起き上がれそうになかった。
慌ててじたばたと手足を動かしてもがく事は出来ても、立ち上がるどころか上半身を起こすことも出来なくて、すごく焦ったのを覚えている。
「足元に、模様か……」
「召喚陣の一部かもしれません」
マティスとロベルトが、陽奈子の言葉から色んな仮説を立ててくれていた。
少しでも答えに近付くためにも、曖昧な記憶を埋める作業に集中する。
「その時、私の手足はまだ人間のものでした。今みたいに自分の身体に違和感はなかったし、焦って両手を動かした時に、見慣れた自分の手が見えましたから」
「ヒナがこの世界に召喚された時には、ドラゴンの姿ではなかったと言うことですか?」
「そう、だと思います。その暗い場所がこの世界だったら……の話ですけど」
「だが、ヒナの元いた世界とは違う場所だったのは、間違いないんだよな」
「はい」
マティスの言葉にはっきりと頷く。
記憶は曖昧だし、思い出した断片に自信もないけれど、そこが自分の部屋ではなかった事だけは確かだ。
この世界に来る前に自分の部屋にいたのは間違いないし、部屋着のまま出かける習慣はないので、外には絶対に出ていない自信があった。
「召喚の失敗による、ドラゴン化ではない? そんな事が……」
「その近くに居たっていう女は、その後ヒナちゃんに、何かしたの?」
今までの事例とはどうやら全く違うらしい状況に、ロベルトが戸惑いながら首を傾げている。
その隣で、リディが更なる情報を得ようと、話の続きを促した。
詳しく思い出そうとする度に、「思い出すな」と何かが警告するみたいに、頭がズキリと痛む。
だが、今ここで全てを明らかにしておかないと、もう二度と元には戻れない気がする。
必死に痛みに耐えながら、陽奈子は記憶の断片を拾い集めていく。
「何か、聞き取れない言葉をずっと唱えるみたいに呟いていて……そうだ! 傍に猫みたいな動物を連れてました。その動物の体が、女の人の言葉に反応するみたいにだんだん光って……」
陽奈子に、飛びかかってきた。
その虚ろな瞳が怖くて、その場面だけがやけに目の奥に張り付いている。
(そのまま光る動物に、突然噛み付かれたんだわ)
痛いというよりも凄く体中が熱くて、悲鳴を上げたように思う。
でもその声は、声にならなくて、地響きみたいな音が辺りを包んでいた。
女の人が最後に何かを叫んで、甲冑を来た西洋の騎士みたいな人たちが沢山現れたけど、全員陽奈子をすごい目で睨み付けて、持っていた剣や槍を差し向けられたのだ。
いつの間にか、陽奈子に噛み付いていた動物はいなくなっていたけれど、体は熱いままだし怖いし、自分がどこにいるのか何をされているのか全然わからない。
その時はまだ夢だと思っていたから、今度こそ絶対に「目を覚まさなきゃ」と思って、もう一度手足をばたつかせたら、突然辺りに大きな風が吹いた。
武器を持った屈強な騎士達が、その風に飛ばされるみたいに次々に倒れて行く。
駆けつけた騎士達に守られていた女の人が、謎の模様の上に倒れ込んだのが見えた瞬間、体が軽くなった気がして――――。
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