第223話 反撃に向けて
咲島さんとの模擬戦をした次の日。
私はずっと放置されていた愛車を回収し、家でゴロゴロしていた。
「そんな何もしない生活の何が楽しいの?」
「何もしないからいいんですよ。ね?かずちゃん」
「はい!」
今日も咲島さんに模擬戦のお誘いを受けているけれど、今日はそれをするつもりはない。
昨日1日中咲島さんと模擬戦してたことを聞きつけた『菊』が私達に電話をしてきたのだ。
内容は、なんとしてでも咲島さんを休ませてほしいというもの。
かなり切実で、私にすべてを託しているような感じ。
あと、声もなんか疲れていそうな感じで、普段の業務で忙しいのに咲島さんが休んでくれないせいでいつも以上に疲れているんじゃないかと思った。
『菊』は大幹部の中では一番交流がある。
そんな彼女のためにも、今日は咲島さんを休ませるべくこの家から一歩も出ないつもりだ。
「よくわからないわね…でも、今日は何処にも行くつもりはないのよね?私含めて」
「そうですね。咲島さんも座ってください」
1人用のソファーに座るよう勧めると、遠慮なく豪快に腰掛けた。
そして、何やら視線で指示をしてくる。
「コーヒーで良いですか?」
「ええ。砂糖多めでお願い」
珍しくブラックコーヒーを頼まない咲島さん。
…咲島さんなりの休みの取り方なのかな?
「ミルクはいりますか?」
「要らないわ」
ミルクを入れない代わりに砂糖多め。
そういう注文ってことにしよう。
コーヒー用のお湯を沸かしていると、かずちゃんがスティックシュガーの袋を持ってきた。
「ありがとう。4本頂戴」
「そんなに沢山いります?」
「ミルクを入れないって事は、それだけ砂糖で甘くしてほしいって事よ。お茶汲みとかしてたからわかる」
「神林さんがお茶汲み…」
「コーヒーマシン壊してからは頼まれなくなったけどね」
「神林さんがコーヒーマシンを買わない理由ってそう言う事だったのか…」
アレはな〜んか使い方がわかんない。
よくわからないモノは、使わないに限るからね。
お湯が沸いたのを確認すると、コーヒーの粉をコップに入れてお湯を注ぐ。
そして、かずちゃんが私の言った通り4本のスティックシュガーを入れた。
スプーンで混ぜて砂糖が溶けたことを確認すると、ソファーで魔力を練っている咲島さんの前に置く。
「休む時は休んでくださいね?」
「分かってるわ…でも、何かしてないと退屈なのよ」
そう言って、甘々のコーヒーを飲む咲島さん。
表情は変わらなかったので美味しいかどうか分からないけど……まあ、私の味覚としては美味しくない。
私はコーヒーは苦いのが好きだからね。
私もコーヒーを飲もうかなぁ、なんて考えていると咲島さんが話しかけてきた。
「…そういえば、あなた達には反撃計画を伝えてなかったわね」
「反撃計画?カミを倒すって事ですか?」
「その通りよ。奴らの拠点はおおよそ把握してる。その調査を進めてカミの居場所を掴み、こちらが奇襲を仕掛けて倒す。そういう計画よ」
そんな計画が進んでたのか…でも、どうやってカミの居場所を突き止めるの?
『花冠』の探知能力ってそこまで優れてたっけ?
「…これは私が意図的に伏せてた情報なんだけど、ダンジョンは今攻略されている階層の10階層下までしか作られてないのよ」
「……?どういう事ですか?」
「ダンジョンは第100階層までで終わりと言うような、決められた終点が無い。攻略されたら次の階層。攻略されたら次の階層と言った感じで、次々と新しく作られている。そしてその猶予が10階層分と言うこと」
「……なるほど?」
「本当に理解できたんでしょうね…?」
咲島さんは懐疑的だけど、ちゃんと理解は出来てる。
まあ、なんとなくだけど。
「カミが潜んでいるのは人類が未到達の10階層分の何処か。出現が確認された大阪と東京のダンジョンの未到達階層に居ると推測できるわけよ」
「……タケルカミのような番外階層にいる可能性は?」
「番外階層は本来自分の意志で移動できるものじゃない。私が特別なだけよ」
未到達階層…まあ、私達が行けなくはない場所に奴らは潜んでいる。
問題は…
「カミが私達の行動に気付かないとも限りませんよね?そこはどう考えてる?おばさん」
「本当に年上の人対する敬意が足りないわね。神林さんが居ないと何一つ悪口を言えない小心者のくせに」
「私、一生あなたを許すつもりはないから」
「ただ胸を触っただけじゃない…どうしてそこまで嫌われなきゃいけないのやら」
一方的に火花を散らすかずちゃん。
流石の咲島さんもこれには困っているようで、結構本気で悩んでいる声を聞かせてくれた。
まあ…かずちゃんの暴走は私でも抑えきれないから苦笑いするしかないんだけど。
「とりあえず、あなたは一生神林さんの隣を離れない事ね。絶対に面倒事を起こすから」
「はいはい。それでさっき私の質問に答えてよ」
「そうね。結論を言うと、無いとは言い切れない。だけど、私は無いと推測している」
咲島さんはかずちゃんの懸念した可能性は、確かに可能性として存在している。
しかし、無い。起こり得ないと言い張った。
「その根拠は?」
「あいつらは派手にやられたとは言え、何処まで行ってもやはりカミ。人間に対する軽視がまるで抜けていない」
「つまり油断してると…油断している相手ほどやりやすい話はないね。…でも、流石に同じ階層まで行けばバレるよね?」
「バレた所でなにか問題でも?別に相手に転移能力があるわけでも、ダンジョンを自在に捻じ曲げる力があるわけでもないもの。逃げようたって間に合わないわ」
そうか…転移魔法はかずちゃんが奪ったから使えない。
今のヒキイルカミは袋の鼠。
叩くには持って来いと言うわけね。
…でも、一つ気になるところがある。
「あの襲撃の時、東京のダンジョンは内部構造が書き換えられていました。ヒキイルカミはおそらくダンジョンを改変する力を持っています」
「そうね。多分、あるんでしょうね。…だから?」
「え?いや、だからって…」
咲島さんは強気だ。
自分の作戦に絶対の自信があるらしい。
ヒキイルカミが対策をしていないなんて根拠なんて何処にも…
「…そうか、蝶の神」
「ん?どうしたのかずちゃん?」
「ヒキイルカミのダンジョン改変は確かに出来るのかも。でもそれを、ダンジョンの創造主である蝶の神が許すのか?ましてや、たかがちょっと強いくらいのモンスター如きに本物の神が創った領域を改変する権利なんて…」
「…そもそも今回に関してはそんな権利を持ってない可能性があるって訳か」
蝶の神の許可なく勝手なことは出来ない。
ダンジョン改変で私達が攻撃される心配や、妨害を受けたりする可能性は低いと…
…それに、よく考えてみたら蝶の神は私達がヒキイルカミを倒す事に賛成していた。
それってつまり、少なくとも討伐に行くまでは成功するって蝶の神が保証してるようなものじゃないの?
あの神の行動理念は面白いか面白くないか。
討伐に行くまでは成功させ、ヒキイルカミを倒す直前で大どんでん返しで全滅。
いかにも邪神が好きそうな悪辣でクソみたいな話だね。
「神林さんは分かったみたいね。ヒキイルカミへの奇襲は成功する。問題はそこから先。あの邪神の事だ。絶対に何かしらの干渉はしてくる」
「その干渉さえ跳ね除けてヒキイルカミを倒さないといけないと…中々に面白そうじゃないですか。ねえ?神林さん」
かずちゃんはやる気だ。
咲島さんも、この因縁を終わらせたいのか、強い意志を感じる。
私は…
私は……かずちゃんとの平和な暮らしを送れるようになるのなら、なんの不満もない。
そのためなら私はなんだって出来るし、なんだってする。
そのくらいの覚悟は、持ち合わせているよ。
「……でも、今日はお休みです。そうやってうまく言いくるめてダンジョンに行こうたってそうは行きませんよ」
「休みを知らず部下まで無休で働かせるおばさんは、一回休みとは何かを学び直したほうが良いね。この休みの間に図書館で本でも借りて、休みとは何かを調べてみたら?」
「チッ!無駄に勘の良い2人ね…」
なんだかんだ言いくるめてダンジョンに行こうとする咲島さんを引き止める。
かずちゃんも立ち上がって逃げ道を塞ぐように動いてるし…今日こそしっかり休んでもらうよ。
私は今日一日咲島さんを見張り、ひたすらゴロゴロさせた。
かずちゃんは基本咲島さんの隣で、強行突破されないためのストッパーとして働いてくれてたし、そのおかげもあって咲島さんを休ませる事ができた。
…ちなみに、おやつの時間を過ぎた頃に咲島さんとかずちゃんが一緒に寝ている様子が見られたら写真に収めておいた。
後日『花冠』でその写真を売って回ったらすぐにバレて怒られたけど…中々にいい写真が撮れたと思う。
丸くなって寝るかずちゃんと、そんなかずちゃんを守るように眠る咲島さん。
2人の信頼が垣間見えるいい写真だと、私は思うけどね。
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