第128話 ギクシャクした日常

「おはよう」

「おはようございます」


朝。


目を覚ますと神林さんがご飯を用意して私の事を待っていた。


私も席につくと、手を合わせる。


「「いただきます」」


昨日とは違い、神林さんはちゃんと私に合わせてくれる。


「「………」」


…ただ、まったくと言っていい程会話がない。


いつもなら楽しく話しながら、時にはイチャイチャしながら朝ご飯を食べるのに、今日は一切の会話がない。


その事がとても違和感で、私達が今喧嘩している事を突きつけられているようで、あまりいい気分になれない。


そのまま一言も発することなく朝ご飯を食べ終わると、朝ご飯の洗い物は私がしておいた。


朝の洗い物を終えると、一直線に神林さんのところへ行く。


ソファーに座っていた神林さんの膝の上に向かい合うように座り、抱き着いた。


神林さんも私の事を抱きしめて、『絶対に離さない』と意思表示をする。


「…歯磨き、しないんですか?」

「してないと、キスできない?」

「そんな事はないですけど…」


神林さんに意図を汲んでもらえなかったから、私から動く。


洗面台に歯ブラシを取りに行くと、私と神林さんの歯ブラシを取ってきて、水で濡らす。


そして、神林さんに歯ブラシを渡すと、じーっと見つめる。


「……私にやってほしいの?」

「神林さんの歯磨きは私がします」

「いいよ。はい、口開けて」


口を開けると、神林さんが自分の歯ブラシで歯磨きをしてくれる。


普段は、神林さんの口の中に入っている歯ブラシ……特別に何か感じるものはないけど、ちょっと興奮する…


数分かけて歯磨きをしてくれた神林さんは、私を抱き上げて洗面台へ向かう。


そして、コップに水を注ぎ、濯ぐよう指示してきた。


「じゃあ…私の番」

「ん。お願い」


神林さんが姿勢を低くして口を開ける。


私は、私の歯ブラシで神林さんの歯を磨く。


……意外と難しいな、コレ。


自分のをする訳じゃないから、どうやっていいのかわかんなくてやりにくい…


かなり苦戦しながら、何とか神林さんの歯磨きを終える。


大して体を動かしていないけど、かなり疲れた。


「ありがと」

「はい」

「………」

「………」


…やっぱり、会話が続かない。


あんな喧嘩をしたあとじゃ、何を話していいかわからない。


ずっと神林さんの恋人でいたいから、私は神林さんに抱き着くけれど…それ以上の事ができない。


こんな事になるなら…あんな事しなければ良かった。


そう後悔しても、過去の自分の行いを変えることは出来ない。


苦しい時間だけが過ぎ、私は神林さんに抱き着くことしか出来なかった。





           ◇◇◇




「お昼だよ」

「はい」


昼食の準備ができた私は、ソファーに寝転んで小さくなっているかずちゃんを呼ぶ。


喧嘩の翌日ということもあって、かずちゃんとはギクシャクしている。


それでも、私はかずちゃんを失いたくないし、かずちゃんは私の元を離れたくなくて、追い出したり出ていったりという発想は微塵も出てこない。


それどころかいつもより距離が近く、すぐ隣に居ないと安心しないくらいだ。


……でも、すぐ隣りに居て、触れ合っているのに遠く感じる。


心の距離が、遠くなったんだと思う。


そんなだから……楽しいはずの食事の時間も、今は心が痛むだけだ。


こんな時こそ出番なのに、《鋼の心》は全然機能してくれない。


昨日だって……怒りを抑えられず、かずちゃんを守るための拳を―――かずちゃんに振るった。


考えれば、鮮明に覚えているあの感触。


肉と骨がぶつかりあって、鈍い音がなるあの感触。


それを頭から追い出したくて、私はお昼ご飯のチャーハンを口の中に掻き込んだ。






私の何がいけなかったのか?


何が不満だったのか?


考えても、考えても、無意識にしてしまっている自分の駄目な所はわからない。


私の腕の中で静かに寝息を立てるかずちゃんを見る限り、愛想を尽かされたり、冷めてしまった訳では無いはずだ。


……もしかしたらアレはドッキリで、私を驚かせようとしていたのかも知れない。


だとしても、あんな趣味の悪い倫理観の欠片もない行為をするだろうか?


かずちゃんはそんな事をするような人間じゃない。


かずちゃんは優しくて、可愛くて、子供で、ワガママで、自分勝手で、それでいてちょっとおバカな女の子。


でも、しっかりと人の心を持っていて他人の嫌がる事はせず、自分の経験から人を思いやれる人間だ。


そんなかずちゃんが…浮気ドッキリなんて、趣味の悪い事はしないはず。


「神林さん…」


かずちゃんが小さな声で私を呼ぶ。


だが、続く言葉がなく、寝息を立てている。


「……寝言か」


私の豊満な胸を枕にし、ぐっすりと眠っているかずちゃんの頭を撫でると、また寝言を言った。 


「私を……おいて行かないで……」


どんな夢を見ているんだろう?


胸がチクリと痛む。


「それは…こっちのセリフだよ、かずちゃん」


起こさないように慎重に体を持ち上げ、かずちゃんの首にキスマークを付ける。


コレが消えるたびに付けてあげよう。


少なくとも、コレがあり続ける内は、私達は恋人同士なんだから。


首のキスマークを見て、少し安心した私は、スマホの数枚の写真を消し、かずちゃんを抱き枕にしながら一緒に昼寝をする事にした。

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