第80話 紅天狗
「かず、ちゃん…?」
気を失っているのか、咥えられているのに指一本動かさないかずちゃん。
きっと死んでない。
こいつがかずちゃんを殺すはずがない。
でも……これは……
「大変だったんだよ?ドラゴンに殺さないように命令するのは。君達弱いからさ、力加減間違えたら簡単に殺しちゃうんだよね」
「……生きてるのよね?」
「もちろんだとも。だって殺したら、君を仲間にできないだろう?」
…そうか、かずちゃんは私を脅すための材料で、死なれちゃ困る存在だったのか。
確かに、《鋼の心》によって私には傀儡化が効かない。
でも、かずちゃんは同じスキルを持っているわけじゃないから、傀儡化できるだろう。
かずちゃんを傀儡化してしまえば、私を傀儡化出来なくとも言うことを聞かせられるはずだ。
かずちゃんは、人質としてとても優秀な存在。
「君に傀儡化が効かなかったのは相対外だけど、なんだかんだ仲間にできそうで良かったよ。大切な人がいるって大変だねよ?こんなふうに、人質に取られたら何も出来なくなるんだから」
「っ!!やめて…」
「ん〜?聞こえないなぁ〜?なにか言いたいことがあるなら、もっと大きい声で言わないとわかんないよ〜?」
かずちゃんの首にナイフを押しあて、私に言うことを聞かせようとする男。
仕方なく《魔闘法》を解除して戦闘態勢を解くと、男はニヤリと笑ってかずちゃんの頭を掴む。
「ずいぶん仲が良いらしいねぇ?10歳近く年が離れてるのに、更には同性というハードルまで超えた恋愛。凄くロマンチックだ。…だからこそ、こうやって壊すのも面白いだろう?」
「っ!!」
かずちゃんを傀儡化しようとしている。
さっきの鑑定結果を見るに、傀儡化は自由意志を奪ったり、洗脳したりする訳では無いらしい。
そういう意識を刷り込み、植え付けるものが傀儡化であり、洗脳とは似て非なるもの。
だから、表面上はいつものかずちゃんと変わりないのかも知れない。
でも、傀儡化されたかずちゃんは『ヤツの命令には絶対服従。必ず従わなければならない』という意識を植え付けられ、その事に一切の違和感を覚えない存在になってしまう。
そんなの…もう私の知るかずちゃんではない。
「どうしたの?まだ傀儡化は使ってないよ?」
「……何が言いたい?」
苦しむ私を見て、男は愉快そうにそんな事を言ってきた。
こいつは本当に何が言いたいんだ…
「簡単な話さ。君の防御スキル。それを解除するのさ。やっぱりこうやって脅すだけじゃ心配だろう?暴走して僕のことを殺そうとするかも知れないし、もしかたらここぞという時にこの子が殺されることすら無視して、僕を裏切るかも知れない。ならやっぱり、君も傀儡化しておいたほうが、安全だろう?」
こいつの言っていることは理解できる。
でも、二人してこいつの奴隷になるなんて真っ平ごめんだ。
傀儡化されたら、この不快感や怒りが消えてなくなり、あの時の選択は正しかったという感情をこいつに植え付けられるんだ。
偽物の感情なんて、そんな恐ろしいものを受ける気はない。
……でも、しないとかずちゃんがどうなるか。
傀儡化されたくないという思いと、かずちゃんを守りたいという思いがせめぎ合い、苦痛に表情を歪める。
ヤツはそれを見下ろして、ニマニマと不愉快極まる下衆な笑みを浮かべて、私を観察していた。
私が答えを出せずにいると、こちらに近付いてくる気配に気付き、顔を上げる。
ヤツもそれには気付いたようで、警戒心を見せながら魔法の準備をしている。
「ぐっ!?」
突然、気配が消えたかと思えばヤツが押し殺した悲鳴を上げ、かずちゃんを手放す。
見ると、何者かがヤツの背後に立っていて、背中を刀で斬り裂いていたのだ。
「何も―――『紅天狗』!?」
背後に立つ男を見て、ヤツは全力で距離を取り、ドラゴンをけしかけてきた。
が、男はそれを炎の魔法で爆殺する。
そして、同じ魔法をヤツにも放つ。
「クソッ!流石に分が悪過ぎる!!」
そう叫び、ヤツは空間の歪みを発生させて姿をくらました。
あれは……噂に聞く転移魔法ってものなのか?
「ふぅ…全く、油断も隙もないな」
「あなたは一体…」
「その話は後だ。ポーションは持っているか?」
「はい。中級までなら」
男はかずちゃんを抱き上げると、私が取り出したポーションを飲ませ、ところどころ服が破け、素肌があらわになっているかずちゃんの体にブランケットをかけた。
するとかずちゃんが目を覚まし、ボーッとした状態で男を見つめる。
そして、自分を抱いているのが私ではなく男で、かつその顔に覚えがあったのか、すぐに目を見開いて飛び退いた。
「『紅天狗』!!」
そう口にして、刀を抜いたかずちゃん。
私は何がなんだかわからす、かずちゃんが刀を抜いたということで、一応戦闘態勢を取った。
「俺を見て反射的に臨戦態勢を取るとは、咲島の仲間か?」
「仲間ではない。ただ、咲島さんと少しばかり契約を交わしただけ」
かずちゃんは男の質問に淡々とそう答える。
男は少し顎に手を当てて考えた後、私達をじっと見つめる。
すると、あの全身を舐め回されるような嫌な気配を感じ、私達は更に警戒心を上げ、こいつを敵と認識する。
「ふむ…早川の影響は受けていないようだな。勝手にステータスを覗いて済まなかったな」
私達のステータスを見て、何かを確認した男は、深々と頭を下げて謝ってきた。
それに対し、かずちゃんは冷たい態度で返す。
「謝るのなら、そっちもステータスを見せてください。それが礼儀では?」
「そうだな。好きなだけ見るといい。写真も取ってくれて結構」
そう言って、男はステータスを私達に見せてきた。
―――――――――――――――――――――――――――
名前
レベル113
スキル
《紅玉》
《天狗》
《剣術Lv7》
《魔闘法Lv7》
《探知Lv5》
《威圧Lv9》
《悪環境耐性Lv1》
《魔法攻撃耐性Lv3》
《物理攻撃耐性Lv5》
《状態異常耐性Lv5》
―――――――――――――――――――――――――――
……咲島さんに匹敵するレベルの化け物なんだけど?
え?まじで何者なのこの人?
私が混乱していると、かずちゃんが耳打ちでその正体を教えてくれた。
「ランキング2位。『紅天狗』の二つ名を持つ《財団》所属の最強冒険者。寺内明ですよ」
「ランキング2位?それって、《ゼロノツルギ》を使ってない咲島さんより強いって言う、あの?」
…この人がそうなのか。
《紅玉》に《天狗》という見たことないスキル。
おそらく私と同じユニークスキルだ。
いったいどうな効果があるのか…
「そんなに警戒しないでくれ。《財団》も一枚岩じゃないんだ。正義感と道徳心を元に活動するものだって居る。俺もその一人だ」
「……そう言えば、『紅天狗』は《財団》内ではかなり嫌われているらしいですね」
「そうさ。《財団》の発展を望むものや早川のような利益しか頭にないクズには嫌われている。まあ、俺も綺麗事だけでは生きていけない事は理解している。だが、それとこれとは別だろう?」
……なんか、思ってた数倍はまともだ。
この人の言う通り、《財団》も一枚岩じゃないんだろう。
そんな事を考えているとかずちゃんがステータスの写真を撮ったあと、寺内さんに深く頭を下げた。
「助けていただき、ありがとうございました」
「っ!?かずちゃんが礼儀正しく感謝してる!?」
「私だって、礼儀くらい知ってますよ!」
かずちゃんが普通に感謝しているところを見て驚いていると、怒られてしまった。
それを見た寺内さんは何処か微笑ましそうな様子でこちらを見ているが、かずちゃんが向き直ると同時にその表情は消える。
可愛らしい女の子の手前、カッコつけたいのかな?
もしくは、かずちゃんの事が好きじゃないのか……いや、それはないか。
「お礼は…すぐには出来ませんが、必ずします」
「そうか?無理にする必要はないぞ。早川のカスによる襲撃は、こちらがにも非があるからな」
「ですが、助けていただいたことに変わりはありません。私達にできる範囲であれば、私達を好きに使っていただいても構いません」
とても丁寧な態度でそう話すかずちゃんを見てまた驚き、感謝を伝えるのを任せていると、とんでもない事まで言い出した。
好きに使ってもらってもいいって…そんな簡単にホイホイ言っていい言葉じゃないんだよ?
隙を見せたら終わりなんだから。
「そうか……なら、『花冠』と面談する機会がほしいな」
「それは…本部と?」
「いや近畿支部でいい。確か、このあたりにあるはずだが?」
「それは……」
確かに、この近くに『花冠』の近畿支部があるはずだ。
いや、『あったはずだ』が正しいのかもしれない。
「どうした?」
「その……今回の事件、『花冠』の近畿支部を狙ってのものなんです」
「なんだと?……あのバカは、咲島と全面戦争を起こす気か?」
《財団》と咲島さんの全面戦争?
そんな事が起きたら、日本の経済に大きな影響が出る。
《財団》の中には早川みたいな一般人への被害を全く考えないイカれたやつも居るんだ。
一般人への被害もあるかもしれない。
何としてでも阻止しないと…
「……君達に咲島を抑えることは可能か?」
「状況説明くらいなら…」
「それで矛を収めてくれるといいんだが……こちらで出来ることは、やるだけやろう。君達にには、咲島をある程度抑えることをお願いしたい。お礼はそれでいいかな?」
「そ、そんな事に使っていいんですか!?」
そんな事って…かずちゃんはことの重大さが分かってないのか?
後でしっかり教えないと。
「ああ。頼んだ。相手が咲島となれば、1分1秒時間が惜しい。すまないが、俺はこれで失礼する」
そう言って、寺内さんは走って去っていってしまった。
そんな寺内さんを見送ると、私は早川のクソカスに殺されてしまった『花冠』の女性の遺体を回収し、咲島さんへいち早く連絡を入れた。
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