第75話 類友
「ふぅ……ふぅ……」
私は岩陰に隠れて息を整える。
堺ダンジョンの第11階層からは廃坑が続いていて、僅かながら資源も取れる。
そんな事もあってか、そこら中にゴロゴロと岩が転がっていて、隠れられる場所は十分にある。
(相手は老いぼれた男。いくら魔力で誤魔化しているとはいえ…体力もそう長くは続かない)
戦闘は長引き、私も老剣士も体の複数箇所に切り傷がある。
そして、長期化したせいで体力をかなり消耗している。
……だが、不利なのはあっちだ。
「はぁ…はぁ…!居場所は分かっている!早く出てこんか!!」
肩で息をする老剣士が、私に向かってそう吠える。
あの戦いが終わってから、私はどうやってこの老剣士に勝つかを何度も考えた。
そして、考え抜いた末に出した答えが、持久戦。
年齢の差という、どう足掻いても覆せない差を利用することにした。
(年の功かな?技術力も対応力も、あっちのほうが上なんだよね)
魔法を使いつつの変幻自在な戦い方を、あの老剣士は少し押されつつも対応して見せた。
なんなら、今では普通に捌かれる。
……何なのあのジジイ。
まあ、そんな事もあって、正面から戦うことは不利と判断。
彼の体力が一般的な老人よりも少し多い程度であることに期待して、持久戦を仕掛けてみたが大成功。
奴は今、ほぼ気合と我慢で立っている。
流石は老人。
その我慢強さと気合は認めよう。
「でも、世の中それだけでどうにかなるほど、甘くはないんだよ」
「くっ!?」
身体能力と残りの体力の差で押し切り、老剣士を刀ごと弾き飛ばす。
そこへ風魔法を叩き込み、追撃をするが対応された。
かなり顔を歪めながらも、普通に風の塊を切りやがった。
こいつ本当にただの老いぼれか?
……まあ、今は三途の川の手前で意地汚く踏ん張っているだけの、老人だけどさ。
「神林さんも居ないし…もう遊んでもいいよね」
「遊ぶだと…?このワシを舐めているのかッ!?」
怒りに満ちた表情で斬り掛かってくる老剣士の攻撃を躱し、その足に刀を当てて転ばせる。
「多分神林さんもそうですけど。私達、凄く不愉快な気分でいるんです」
「なんじゃと?」
「どうせ私達が苦戦するような階層には行けないから。どうせ楽勝な階層しか今日はいかないから、デートの気分でイチャイチャしながらダンジョンに潜ろうと思ったのに………これですから」
老剣士を見下ろしながら睨みつけ、軽く威圧する。
すると老剣士は息を飲む、冷や汗を流した。
「神林さんの事なので、案外許してるかも知れませんが…私は違います」
「許すだと…?小娘。貴様いつからそんな立場に―――うぐ!?」
「ちょっと黙れよ老害」
怒りから声のトーンが自然と落ち、口調も悪くなる。
そんな状態で老剣士の脚を突き刺し、貫通させる。
「これから少しずつ少しずつ体の肉を削いだり、節々を刺してお前を拷問にかける。もちろん、殺しはしないよ。いくらダンジョン内で、お前らが私達の命を狙う暗殺者でも、殺したら重罪。神林さんのためにも、私は犯罪者になる気はないの」
「ぐおっ!!」
刀を握る手を突き刺し、その手から何本も指を落とす。
「私の作戦に嵌まるような素晴らしい頭の持ち主でありがとう。存分に苦しんでね?」
そう言って、私は炎魔法を発動し、老剣士の体を焼いた。
☆ ★ ☆
「ぐうっ!?」
雷の魔法がワシの体を貫き、全身に電流が走る。
その痛みにまた倒れ、そこへ小娘の蹴りが飛んでくる。
(ワシとした事が…この小娘の本性に気付けぬとはな……)
長年社会の裏側で暗殺者をやってきた。
そのため、観察眼は人一倍育っているものだと自負していた。
だが、ワシはこの小娘の本性にを見抜くことが出来なかった。
ただの尻の青い、世間知らずのガキだと思っていたが……とんだ思い違い。
少なくとも、尻は青くないようだ。
「ほらほら。反撃の1つでもしてみたら?無意味だろうけど」
「小癪な…」
己に喝を入れ、なんとか相棒を振るうが、小娘には当たらない。
軽々と躱され、返しとして急所にならない場所を何度も刺される。
この小娘には、剣士としての誇りはないのだろうか?
「くっ!これ以上は危険か……」
小娘がそうしたように岩陰に身を潜め、一旦息を落ち着かせる。
ワシももう若くはない。
ほんの少し休んだからと言って、なんの効果もないが…休まないよりはマシだ。
小娘が攻撃を仕掛けてくるまで休むことにしたワシは、思考を巡らせる。
(あの女はやつを連れて何処かへ行ってしまった。表面上は人当たりの良さそうな大人の女性といった風貌をしているが、中身はそれなりに汚れている。この小娘と違い、社会を知っている目をしていたな)
今この場に居ないあの女を思い出し、女と対峙していた奴は無事かと考える。
……まあ、あれほど押されていたのだから、もう決着はついているだろう。
となると今は、責め苦を味わっているやもしれん。
(瞳の奥に何やら黒いものが見えた。それに、その目にはこの小娘しか写っておらず、その他の全てがどうでもいいように見える。類は友を呼ぶということか…)
「いつまで隠れてる気?出て来ないならこっちにも考えがあるんだけど?」
小娘の声が聞こえ、ワシは身構える。
このまま何もしてこないはずがない。
小娘の攻撃に対応できるよう、息を潜めて警戒していると、何かが落ちてくるのを感じ取った。
「…?っ!!まさか!?」
飛び跳ねるようにその場を離れ、ワシがいた岩陰を睨む。
するとそこに丁度瓶が落ちてきて、カシャンという音を立てて割れた。
中の液体が飛び散り、酸っぱい刺激臭があたりに広がる。
「酸か…ワシのような者に掛けるために持っていたか?」
「当然だよ。モンスター相手に使っても、大して効果はないからね。割と簡単に手に入るものだよ。硫酸」
確かに、用意できない物ではない。
だが、普通はそんなもの用意しないだろう。
この小娘は、世間知らずで子供な部分が多いが、性格は人一倍捻くれているようだ。
「さてと、本当ならこの怒りをぶつけるためにも、もっと色々したいところなんだけど……神林さんがこっちに向かってるぽいし、もう終わらせよう」
「舐めた口を…ワシがそう簡単に終わると思ったか?」
「何言ってるの?もう勝負はついた」
刀を構え、小娘の攻撃に備えていると、突然背後から気配を感じた。
背筋が凍りつく様な悪寒を感じ、反応しようとした時にはもう遅かった。
「うっ――――!!」
何者かに背後から殴られ、ワシは意識を失った。
☆ ★ ☆
ずっと隠れていた『花冠』の暗殺者に合図を送り、老剣士を気絶させた。
この人はかなりの実力者らしく、私でも気配探知はかなり難しい。
でも、さっき老剣士が岩陰に隠れた時に隣に来てくれて、神林さんがこっちへ来てることを教えてくれた。
だから私は合図を送れたし、その存在を知覚できた。
「これでええんやな?」
「はい。これは私からのちょっとしたお礼です」
「ふ〜ん。まあ、貰えるもんは貰っとくわ」
神林さんよりも大人びていて、おばさんというほどでは無いけれど……その、『大阪のオバチャン』という言葉が似合う女性だ。
彼女にお礼としてダンジョンで手に入れたネックレスを贈ると、イマイチな反応をしながらも受け取ってくれた。
「ほな、ウチはまた隠れとくし、なんかあったら呼んで」
「はい。ありがとうございます」
神林さんが帰って来るのを感じ取った女性は、気配と姿を消して私達を陰ながら見守ってくれるようだ。
……彼女には後で、このふたりの“後始末”をしてもらうつもりだ。
優しい神林さんの事だから、怒ってもあの男は殺していないはず。
しっかり、“処分”してもらわないとね。
神林さんには見せられない笑みを浮かべた、私はすぐに表情を整えると、神林さんの元へ走った。
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