第69話 呼び出し

神林さんの実家にお邪魔してからかなり疲れた。


なんというか、神林さんの親戚は私を邪険にはしないし、むしろ歓迎してくれている。


だけれど、なんだか馴染めなくて、うまく話せなくて無駄に疲れた。


そんな私を気遣ってか、一番風呂に入っても良いということになり、神林さんと一緒にお風呂に入っていた。


「ふぅ〜」

「や〜っと肩の力が抜けたね。そんなに緊張した?」


湯船に肩まで浸かり、大きく息を吐くと、神林さんがそんな事を聞いてきた。


今の私は、神林さんの膝の上に座っている状態。

柔らかな2つの感触の主張が激しい。


「緊張しますよ。こんなお屋敷、私なんかが来て良いところじゃないです」


私みたいな庶民には、ちょっと居心地が悪いくらいの豪邸だ。


緊張で体がガチガチに固まっちゃったよ。


「でも、お風呂は一緒ですね。どこで入っても、心が安らぎます…」

「そうね〜。ちょっとぬるいのが残念だけど、疲れが取れていくのを感じられるわ」


神林さんのお爺さん……賢人さんが御高齢だからなのか、お風呂の温度が低い。


いつももっと熱いお風呂に入っている私達からすれば、ちょっと物足りなさを感じる温度だ。


……まあ、気持ちいい事に変わりはないし、ゆっくり出来るならそれでいい。


力を抜いて温まっていると、神林さんが私の体を持ち上げる。


「さて、上がるよ」

「もうですか?もっとゆっくりしましょうよ」

「私達以外にもお風呂に入る人が居るのよ。さあ、行くよ」


もう少しゆっくりしていたかったけれど、次の人の事も考えている神林さんに抱きかかえられ、お風呂から上がる。


ふわふわのバスタオルで体を拭き、パジャマに着替えると、ドライヤーを持ってきた神林さんが、髪を乾かしてくれる。


「かずちゃんは髪が長いからね〜。ちょっと時間がかかるよね」

「伸ばしてますから。神林さんは短いですよね?どうしてですか?」

「強いて言うなら、反抗心かな?」


反抗心…神林家の家訓には、髪を長くしないといけないってものがあるのかな?


「別に、ルールまでとは行かないけど、『女性は髪を伸ばすもの』って風潮があってね。大学に行くために家を出た時に、いつまでも髪が長いままだと家に縛られてるみたいだったから、切っちゃった」

「怒られなかったんですか?」

「多少言われたよ。でも、『そんなルール無いよね?』ってしつこく言い続けたら、何も言われなくなった」


なんというゴリ押し…


まあでも、ルールにうるさい家を黙らせるには、それくらいが良い…のかも?


もし私が神林家に生まれ、神林さんのように育っていたら同じことが出来たかを想像していると、暖かい風が当たらなくなり、頭がサッパリした。


髪の毛を乾かし終えたみたいだ。 


「すぐに終わるから、先に戻っててくれてもいいよ?」

「いえ。ここで待ってます」


正直、この家で一人で居るなんて怖すぎてできない。


別に神林さん親戚達に何かされるって訳じゃないんだけど、なんというか……まあ、怖い。


特に賢人さん。

あの人は、名家の当主としての貫禄が凄くて、赤子とヘビー級ボクサー並の実力の差があるのに、私でもその圧に押し負ける。


家長として、とても立派な人なんだろう。


あの堂々とした佇まいを思い出し、体を震わせていると、廊下から声をかけられた。


「紫〜?親父が呼んでるぞ〜」

「すぐ行くって伝えて」

「おう!」


声をかけてきたのは、神林さんのお父さん―――光太郎さんだ。


親父が呼んでる……賢人さんが、神林さんを呼んでるのか。


きっと、昼食の時間に言っていた『あとで詳しい話を聞く』の事。


本当は禁止されてる冒険者になった神林さん。


…もしかしたら、勘当とかされちゃうのかな?


「気にしなくても良いよ。もし縁を切られても全く問題ないし」

「そうですけど…」


勘当されてもお金に関しては全く問題ないし、神林さんは元々この家にはあまり興味がない様子。


むしろ、縁を切られたら家のルールに縛られることもないから、神林さんからしたらその方がいいのかも知れない。


……だけど、それは――――


「よし、行こうか?」

「は、はい!」


パジャマではなく、しっかりとした服を着た神林さんが、私の手を引く。


確かに、これから真面目な話をするんだから、パジャマは不味い。


なんで教えてくれなかったんだろう…


「あの、神林さん…パジャマ……」

「ん?ああ、気にしないで。何か言われても私が守ってあげるから」


私の手を握る神林さんの手は、とても優しくて力強い。


大切な人を守り、愛する事のできる手だ。


根本的な解決は全くしていないけど、なんだか心が落ち着いたからそれで良いんだと思う。


いつも通りの表情の神林さんの顔を見上げ、私は頬を緩ませる。


そうやって廊下を歩き、ある部屋の前にやって来ると、神林さんは部屋の中に声を掛ける。


「紫です」

「入れ」


ふすまの奥から入室の許可が降る。


すると、神林さんは洗練された所作で、マナーに則り部屋へ入っていく。


そして、賢人さんの前までやって来ると、まるで別人のようになった。


「御島君、だったかな?君も入りなさい」

「っ!?は、はい!」


賢人さんに呼ばれ、私も部屋の中に入る。


さっきの神林さんの動きを見様見真似でやってみるが、どこか違う感じがする。


「肩の力を抜いてくれて結構。無理はしないでくれ」

「は、はい…」


不格好だったのか、私に配慮してマナーは気にしなくても良いと言ってくれた。


ちょっと恥ずかしい。


神林さんの隣にやって来て、正座をしながら横を見ると、私とは違い神林さんの背中はピンと伸びている。


それを見て私も背筋をピンと伸ばし、慌てて正しい姿勢をとった。


「さて…紫、お前は家訓を破り、冒険者をしているということは認めるな?」

「はい」

「では、そこに至るまでの経緯を話してもらおうか?」


冒険者になるまでの経緯…


会社をリストラされ、他に宛がなく、生活費を稼ぐために苦肉の策として冒険者になった。


私の想像通り、そんな話を賢人さんにする神林さん。


「――――これが、私が冒険者になった経緯です」

「なるほど……もちろん、冒険者になるまでに、他の選択肢を模索したんだろうな?」


…そう言えば、リストラされてから冒険者になるまでの話は聞いたこと無い。


神林さんの事だし、まさか『何もしてなかった』なんて事は無いだろうけど。


「………はい」


分かりやすく目を泳がせ、ソワソワし始める神林さん。


……マジ?


「………はぁ」


何もしてなかったのかぁ…

マジかぁ…


賢人さん呆れちゃってるよ。

額に手を当てて、お約束みたいな感じで呆れてるって。


「神林さん…何か言ってくださいよ」

「そんな事言われても…実際、何もしてないし…」

「何かあるでしょう?こう…ボランティア活動をしてたとか」

「一月の間、ずっと家でゴロゴロしてたから何も…」

「もうっ!」


本当に何もしてないのかと、静かに問い詰める。


しかし、どれだけ叩いても『何もしていない』という結果しか出てこず、これには賢人さんだけでなく、私も呆れた。


「というか、かずちゃんには前から言ってたでしょ?ずっとゴロゴロしてたって」

「だとしても限度があるでしょう?ゆっくり自堕落に過ごしつつも、自分が働けそうな職を探す為に色々とやったりとか」

「そんなにしてないよ。ネットで求人を探しても、ろくな所無いし」

「そうやって勝手に決めつけるから!」

「働いたこと無い子供に言われたくないね!」


少しずつ声量が大きくなり、なんだか喧嘩のようになってきた。


「ふたりともいい加減にしないか!!」

「「ッ!?」」


目の前に賢人さんがいることも忘れ、言い合っていると、雷が落ちた。


「紫。いい歳した大人が見苦しい。大人としての自覚を持て」

「はい…」

「御島君。君はまだ子供だろう?社会についてわからないことが多いはずだ。君はまだ、紫にあれこれ言える立場ではない。ほどほどにしなさい」

「はい…」


賢人さんに諭され、私達はさっきまでの勢いをなくす。


冷静になって考えると、私はまだ子供で、神林さんにあれこれ言える立場じゃない。


あとで、謝らないと…


「紫が冒険者になった経緯は理解できた。だが、1つ聞きたいことがある。なぜ、私や光太郎を頼らなかった?仕事などいくらでも用意してやれる。お前に向いた仕事はたくさんあるはずだ」


確かにそうだ。

賢人さんの言う通り、一人で抱え込まず、家を頼れば良かったのに。


その選択をしなかったのには、なにか理由があるのかな?


「私はもう大人です。親や実家に頼るなんて…恥ずかしいことじゃないですか」


……なるほど。

確かに…私も同じ状況なら、親を頼らないかも知れない。


でもそれは…


「紫。時には誰かに頼る事も大切だ。大人なら、何でも出来るというのは大きな間違いだぞ。一人にできることなんてたかが知れる。それでも恥ずかしいというのなら、仲間や友人を頼ればいい。それすらせず、一人で何もしないというのは……愚か者がすることだ」

「………」

「冒険者という道を選んだ事は、もはや私には否定できない。見たところ、かなり強くなり、冒険者1本で生きていけるだけの実力はあるのだろう?それに、守るべき者も出来た」


そう言って、賢人さんは私を見る。


「お前の選択は、結果的に言えば正しかった。だが、それに至るまでの過程は、正しいとは言えない」

「……はい」

「過ぎてしまった事は仕方がない。これからは、何かあれば人を頼るということも視野に入れるようにしなさい。自分一人で、なんとかしようと思わないことだ」


そう言って、賢人さんは話を区切った。


……聞いていたよりずっといい人じゃないか。


しっかりどこが駄目で、どうしたら良いかを教えてくれる。


いいおじちゃんって感じ。


「しかし…それなりの実力を持つ冒険者なら、稼いでいるんだろう?支援は不要か?」

「金銭的な支援はいりません」

「そうか。なら、ならず者達を寄せ付けぬようこちらで根回しを―――」

「それもいりません」

「……紫、頼ることも大事だと話したはずだが?」

「いや、その……強力な後ろ盾が居るので」


そうなんだよね。

私達には、あの咲島さんがいる。


後ろ盾としてはこれ以上無いものだと思う。


「そうか…それは、信用できるのか?」

「咲島恭子。そして、『花園』と『花冠』です」

「咲島…!なるほど、確かにそれなら信用できる」


女性冒険者の希望、咲島恭子。


賢人さんもその名前と偉業はよく知っているみたいだ。


それと同時に、私達を見る目が変わる。


「あの者の後ろ盾を得たのなら、冒険者としてこれ以上無い安心。私の出る幕は無いようだ」


手を出してはならない存在を見る目。


『花冠』がどこに潜んでいるかわからない以上、迂闊なことは出来ない。


そして、冒険者を辞めろとも言えなくなったはず。


咲島さんの名前をすぐに出したのは、そういう意図があったのかも知れない。


「咲島恭子。その後ろ盾があるのなら、私の心配は無用だな。そして、辞めろとも言えない。好きにするといい」

「ありがとうございます」


神林さんは深々と頭を下げ、賢人さんに感謝を伝える。


その姿を見て、賢人さんは嬉しいような、悲しいような表情を見せる。


「………くれぐれも、私より先に死なないことだ」

「肝に銘じます」


ダンジョンは言わずもがな危険な場所だ。


そんな所で孫娘が働くのは、祖父として気が気じゃないのかも知れない。


神林さんはそんな賢人さんの表情を気にもとめず、立ち上がって部屋の外へ向う。


私も、少し気になりつつも神林さんについていく。


「失礼しました」


賢人さんに頭を下げ、部屋を出る。


ふすまが締まり切る前、一瞬見えた賢人さんの表情が、何かを思い出し、悲しんでいるように見えたのは、私の気のせいなんだろうか?



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