第62話 老剣士
外では、神林さんが複数の男を相手に戦っている。
武器を持たず、格闘術だけで戦うという戦法と、《鋼の体》《鋼の心》という心身ともに防御面で超強化される神林さんは、アタッカーというよりはタンク。
1人では攻撃力が足りず、制圧力が乏しいのだ。
(すぐにでも合流したいのに…!)
「そんなにあの女の事が気になるか?」
「気になるよ!」
「そうか……安心しろ、ふたりとも同じところへ行ける。無駄な抵抗をしなければ、奴に辱められる前にワシが苦しむことなく殺してやろう」
「なんで私が負ける前提で、話を進めるか、なッ!!」
「むうっ!?」
《魔闘法》の出力を大きく上げ、力で老剣士を押し切る。
私は女でコイツは男。
身体的な力の差はあれど、魔力を使えばこの程度、どうにでも出来るのだ。
「この仕事は、御老体にはさぞかし厳しいだろうね!さっさと第一線から退いて、後進でも育てたら!?」
「フッ!言うではないか、小娘が。だが!年寄りを甘く見るなよ!!」
「っ!?」
そう言って、老剣士は凄まじい速度で刀を振り下ろしたきた。
振り下ろされた刀に込められた力は尋常ではなく、《魔闘法》の出力を全開にした私を押し切る程には力強かった。
「魔力を扱うのはお前だけではないぞ?」
「そうみたいね……パワーは互角かな?」
性別と年齢というハンデを、お互い持っている。
それを魔力で補っているのは同じであり、それを踏まえるとパワーは互角くらいだろうね。
となると勝敗を分けるのは、技術と経験、そして僅かな運。
間違いなく技術と経験では負けているだろうし……私に運が回ってくるかどうかだね。
刀が何度もぶつかり合い、甲高い音を鳴らす。
素早い切り合いの中で、私はこの老剣士に隙を与えないように立ち回る。
「防御を固め、ひたすら血を出さぬか……悪くはない」
「そりゃどうも。こっちは負けさえしなければ、問題ないからね」
「『花冠』か?奴らの助けに来ないぞ?取り逃がしたというのは、あの男の戯言だ」
「嘘よ!『花冠』はそんな簡単に殺されたりしない!!」
……まあ、殺されてても問題はないけどね?
仮にこの老剣士が言っていることが正しかったとして、殺されてしまった『花冠』の人は可哀想だけど、問題はない。
何故なら、さっき女の人の悲鳴が聞こえたから。
(殺されていない限り、警察に通報するだろう。そうなると、間違いなく『花冠』にもこの事が伝わる。警察が来るか、『花冠』が来るまで耐えればこっちのもの)
私が『花冠』は殺されていないという希望に縋っているように見せるか、神林さんが加勢してくれることを待っているように見せて、警察に通報される可能性を考えさせなければいい。
……中々、難しい注文だね。
「来ないと言っているのがわからないか?無いものに縋るのは滑稽だぞ」
「……仮にあなたの言っていることが正しかったとしても、私はこの戦い方を変える気はないよ。神林さんが助けてくれる」
「ほう?あの数を相手に勝てると?」
「勝てる。神林さんは負けない」
《鋼の体》の防御は、格上でもないとそうそう壊せるものじゃない。
銃弾程度なら簡単に弾くし、生半可な攻撃はまるで意味をなさない。
強力な攻撃も、食らったら即死みたいな破壊力がない限り、一撃で《鋼の体》を突破することは不可能だ。
まあ、負けることはないと言えるね。
気配的に、周りの雑魚はどんどん倒されてるっぽいし、あとはあの男を倒せるかどうか…
「ふむ…2対1は、厳しいだろうな」
「でしょうね。だから、そうなるように戦う」
老剣士から距離を取り、いつ攻撃してきても問題ないよう、油断なく構える。
緊迫した空気が流れ、じんわりと手汗が滲む。
相手が動くのを待ち、お互い一歩も動けずにいると、突然男が部屋に転がり込んできた。
それを見た私は、その男に気を取られ、ほんの一瞬老剣士から意識がそれた。
その一瞬…その一瞬の間に老剣士は動き出し、斬り掛かってくる。
「くっ!」
何とか防御が間に合ったものの、安心はできない。
老剣士の素早い連撃を受けきるのは容易なことではなく、全神経を集中させなければならない。
その状況で、もし転がってきた男が突然襲い掛かってきたら……
「守りに徹しているとはいえ、ここまで防がれるとは……良いだろう。どこまで耐えられるか見ものだな!!」
老剣士の勢いが増し、徐々に押され始めた。
この状況が続くと不味い…
隙を見て剣を弾き、老剣士から距離を取ると、即座に雷魔法を発動する。
「『雷撃』!!」
「甘いッ!!」
牽制として放った魔法は容易く躱され、一気に距離を詰めてきた。
この老剣士は強い。
悔しいけど、間違いなく剣士としてはこの老剣士のほうが上だ。
……だから、私は刀だけで戦ったたりしない。
「むっ!?」
「どっかーん!」
突っ込んでくることを予想して、設置しておいた風魔法の地雷が、老剣士の行く手を阻む。
ギリギリで魔法の存在に気づいたのか、躱されてしまったものの、体勢は崩せた。
この状況じゃ、コレは躱せない。
「『雷撃』!!」
「ぐあっ!!」
体勢が崩れた所へ雷撃を放ち、老剣士を攻撃する。
今度こそ当たったらしく、苦しそうな声が聞こえてきた。
「隙あり!!」
体が痺れて動けない老剣士に対し、私は刀を振り下ろしてその体を切り裂いた。
……相手は暗殺者だ。
私の命を狙う存在であることに変わりはないけれど、それでも殺したら罪になる。
致命傷にならない程度に加減し、それ以上追撃はしない。
私が攻撃しないでいると、老剣士は体を震わせて怒りをあらわにした。
「何故殺さない」
「犯罪者になりたくないからよ。今ならまだ正当防衛が成立する」
当然の事を言っているつもりだけど、この老剣士はそれが気に入らないらしい。
殺意が強くなり、刀を握って立ち上がったのだ。
コレは、また戦うことになるのかと、何処かうんざりしていると、部屋に神林さんを襲った覚醒者の男が入ってきた。
「時間切れだ!行くぞ!!」
「そうか。先に行け、すぐに追いつく」
「あっそ!じゃあなクソアマ!!次はそのツラを誰か分からなくなるまでボコボコにしてやるよ!!」
「楽しみにしてるわ!アンタじゃ、私の守りは一生破れないでしょうけどね!!」
神林さんも部屋に入ってきて、覚醒者の男を煽る煽る。
男は舌打ちをしてつばを吐きかけると、窓ガラスを突き破り、飛び降りて逃げていった。
部屋に残った老剣士は、深呼吸をして少し頭を冷やすと、私のことを睨みつける。
「小娘。次はダンジョンの中で会うことになるだろう」
「その時、死合をしろと?」
「当然だ。あそこならお前も罪には問われまい。存分にやり合える」
えぇ…?
このジジイ、戦うことしか頭にないのか?
これだから頭のおかしい年寄りは……
「勝手にして。まあ、その時には圧倒的な開きが出来てるでしょうけどね」
「そうか。なら、楽しみにしておこう」
そう言い残し、老剣士も同じように窓から飛び降りて逃走した。
それから一分ほどで警察と『花冠』が到着し、軽い事情聴取を受けた後、『花冠』に連れられてある施設へ向う事になった。
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