言葉
キザなRye
第1話
私には付き合って1年くらいの彼氏がいる。彼とはバイト先で出会った。私がバイトを始めたときに手取り足取り教えてくれた優しい先輩だった。年齢は彼の方が1つだけ上だが、あまり年上という感じがしない。少しだけ子どもっぽいというか、多分私の母性を刺激してくるのだと思う。
ある夏の暑い日、私は彼とデートをしていた。私からデートに誘ったが、おおまかなデートの予定しか立ててなかった。
「次、どこ行く?」
予定がきっちり決まっていない弊害が表われてしまった。それでも彼は嫌な顔をすることはない。こういうところは彼の良いところだ。
「とりあえず、涼しいところ行こう」
「そ、そうだね」
ぎこちない返事になってしまった。
結局、近くにある喫茶店に入った。エアコンが効いていて涼しかった。外が暑いのでむしろ寒いくらいだ。お店の奥の方の席に私たちは案内された。メニューを見てすぐに私は紅茶を、彼はコーヒーを頼んだ。
「この後の予定、俺が決めて良い?」
「良いよ。どこ行きたい?」
「とりあえず、映画みたい。この映画なんだけど……」
彼はスマホで公式サイトを私に見せてきた。どうやらアクション系の映画らしい。私があまり得意なタイプの映画ではない。
「違う映画はないの?私、こういう映画あんまり得意じゃなくて」
私がそう言ったところで店員さんが紅茶とコーヒーを持って来た。
「紅茶とコーヒーです」
私と彼との会話は少し途切れてしまった。店員さんに対して私は軽く会釈した。彼が会釈をしたかは私には分からなかった。
「あれ、何だっけ?」
彼が私に聞いた。店員さんが来たことによって話が遮られてしまったのだ。
「私、こういう映画があまり得意じゃないから他の映画が良いなって」
「じゃあ、とりあえず映画館に行ってから考えよう」
私は少し引っかかるような気がしたが、何が引っかかっているのか分からなかった。
彼の望むように映画館に来た私たちは上映されている映画一覧を見て見る映画を決めた。彼が最初に提案してきた映画とは違う映画にすることが出来た。
映画を見終えて明るくなってから彼は
「とりあえず、トイレに行ってくる」
と言って一人でスタスタと歩いて行ってしまった。私一人になってから自分自身が抱いている“違和感”の正体に気付いた。彼が何度も言う“とりあえず”という言葉が私にはマイナスに写ったのだ。
トイレの前で待っている私が違和感を感じていることに気付いていない彼が
「どうしたの」
と優しい声で聞いた。
「とりあえず、ゆっくり話が出来る場所に行こう」
私は意図的に“とりあえず”という言葉を使った。彼は別に違和感を感じなかったようで近くのカフェに二人で入った。
「映画面白かったよね?」
どうやら彼は映画の感想をゆっくり語るためにカフェに来たのだと思っているらしい。もちろん、映画の感想なんて今の私にとってはどうでも良かった。
「映画の話じゃなくて……」
「じゃあ何?とりあえず教えて」
「その“とりあえず”という言葉に違和感を感じるの」
言ってしまった、という感覚が私を襲う。彼の顔が段々と曇っていった。
「えっ、何」
口調が強かった。短い彼の言葉に私は無数のトゲを感じた。
「“とりあえず”って言われるとあまり良い気分がしないの」
彼の怒りを逆撫でないように気を付けて出来るだけ優しい言葉を選んだ。
「俺にそんなこと言うの」
彼の口調が私の知っている彼の口調と変わった。高圧的に私には聞こえた。
「見損なったわ」
気付いたときには彼の拳が私の頬にあった。私が口を開こうとすると逆の頬に拳が飛んできた。この様子を見ていた店員さんが私たちのもとに駆けつけた。私を彼から離れたところに連れて行ってくれた。
「すぐ警察が来るからね」
私と彼を引き離してくれた店員さんがそう言ってくれた。彼がいる方向を見ると私たちの席の隣にいた男性が彼を押さえてくれている。私のところには店員さんがずっといたし、周りのお客さんも寄り添って“大丈夫だよ”と言ってくれていた。
数分してパトカーのサイレンが聞こえ、警察官が数人お店に入ってきた。警察官の多くは彼の方に行って一人だけ私の方に来た。
「大丈夫ですか?一緒に病院に行きましょう」
私の方に来た警察官がそう言った。私は自分の今の怪我の状況がどのようなものか、理解出来ていなかったので警察官の言葉を聞いて怪我が酷いのかなと思った。
警察官に連れられて近くの病院に行き、私はガーゼを頬の2カ所に貼られた。そのまま警察署に連れられて事情を聞かれた。私は何も包み隠すことなく、すべてを話した。すべてを話し終えた後に警察官に私は
「彼ってどうなるんですか?」
と聞いた。警察官は少し驚いた顔をしてからゆっくりと口を開いた。
「傷害罪で現行犯逮捕です」
彼の逮捕によって私と彼は自然消滅の形で関係が変わった。後々から話を聞くと彼はDVをよくするようなタイプの人らしい。ある意味これで良かったのかもしれない。
言葉 キザなRye @yosukew1616
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