猫目の彼女と敏感な僕 -The Peace-

判家悠久

-The Peace-

「Sie ist nicht da, Takio, es gibt keine Seife. Was zum Teufel ist das, meine Lieblingsseife ist nicht da?(無いわ、タキオ、ソープ無いわよ、私のお気に入りが無いなんて、これは一体どう言うこと)」

「Takio, sie rufen nach dir. Da ist ein Stapel in der Garderobe, nimm ihn.(タキオ、お呼びよ。クロークに一山あるから持っていって)」

「Asami, Entschuldigung. Deutsch, meine dritte Sprache, aus diesem Frühjahr, so weiß ich nicht, was Sie reden(アサミさん、すいません。第3言語のドイツ語、この春からなんで、何言ってるか分かりません)」

「ダカら、太喜雄、ソープ持っていくの、モーンは露出マニアだから、何をしでかすか分かったものじゃないわ」

「そっすね」


 俺は、スイートのクロークに、好意で送られたモーン・ハンナヴァルトのプレゼントの山から、難なくピーチフレヴァーの固形石鹸を手に取った。何やってるんだろう。

 俺は、国立弘前先端大学の2年生にはなった。バイトもしつつ単位取得は堅実だったので、主家の采配で、長期休暇は合同会社鳴海セキュリティへのアルバイトに送り込まれた。まあ、警備会社かと思ったが、その、バリバリの要人警護だったので、また主家の無茶振りかよになった。

 俺のバディは、ソフトカーリーミドルの猫目の楠木朝水。俺より10年一回り上の職業婦人だ。格闘技全般から、ロシアの脅威もあって、民間にも阿種資格警備業たる拳銃操作も叩き込まれた。本当に日本国も物騒になったものだ。


 その朝水さん。俺の身上書を知っているので、共鳴受けない様にかなり強固精神防御している。例えて言えば心頭滅却なのだが。ただ、ガードする為にか、最初の2語が声がどうしても裏返ってしまう。いや、そこ迄いつもいつも共鳴するつもりはないのだが、小僧に隙を見せたく無いのだろう。


 俺は、ピーチフレヴァーの固形石鹸を手に、バスルームをノックする。モーン・ハンナヴァルトは全裸のままに、これこれとはしゃぎ、俺は何故か誠心誠意の直立不動で次のルーチンを待つ。

 全裸金髪超スーパーモデルの才媛に、男としてどうかしないは、俺のギフトの共鳴にある。達観してエロスが記号化している訳でなく、その磨かれた女性としての玉になるために如何に努力し続けているのが、ただご苦労様としか言いようがない。得てして舞台裏を見ると涙がちょちょ切れるものだ。おかげで童貞のままはやむ得ない。

 そして、モーンが滑らかにソープを洗い流すと、俺にベルギー製チューブトリーメントを手渡す。モーンは全裸背面のままで椅子に腰掛ける。ここでの俺のルーチンは、モーンの腰まであるブロンドへと、丹念に櫛を通してチューブトリーメントを馴染ませる事12分。所謂三助業だ。そして、モーンがご褒美のキスをする前に、素早く早く立ち去る。

 朝水さんに、ここ、逆セクハラですよねと言うも。他にモーンの性癖を適度に満たす誰がいるの、ほぼ美男子さんと押し切られる。確かに、モーンのそれは性欲過多ではなく、自他承認だから無邪気ではある。



 モーン・ハンナヴァルトの日本国滞在は晩夏の1週間。政財界並びに文化会の会合にも積極的に参加した。その際在日ドイツ大使館が用意したドレスは全て棄却され、モーンが表参道で手当たり次第にハンガー買いした。そこはやや許す。

 さっぱりなのが、下着の線がみっともないで何も履かないので、共鳴からざっくり拾い上げた、モーンの乳房に性器を撮ったパパラッチのカメラは全部没収する。どこのスターなのやら。

 そうとは言えモーンは、辣腕の資質も備わっている。モーンの祖父は、東ドイツ時代の財務閣僚で、左派の重鎮になる。そして、モーンというアイコンを築いた今、急進左派は転換期になる。

 モーン・ハンナヴァルトの最大の政治能力は説得力だ。モーンがそこ迄言うなら、お土産を持ち帰り、講話は融和する。モーンの魅力もあるが、東ドイツ時代の財務パイプが不動で、その一派にあやかろうが過分にある。その成果は、バブルで瓦解する中国を今抜こうかで、ドイツのGNP2位の席は明日かもしれないを臨んでいる。

 そしてドイツ急進左派がリベラル筆頭になり、社会主義サイドの政権が揺らいでいる。経済で世界を席巻していけるのならば、武力による実効支配は建設的なのか。そう、モーンを消せば、健全な社会主義は復活するであろうと、極左が次から次へと妨害工作を行う。これ迄大体ドンパチでシャンシャンがよくある日常。榴弾が飛ばないのは、それなりに自衛隊の外部団体が世界中で跋扈し、摘発に協力しているらしい。



 そんなモーン・ハンナヴァルトの警護はSPが勤めるも、睡眠時間5時間以外、懇話や会談で尽きる事なく喋るのので、SPは2部体制になる。地元ドイツのNicht Sagen SPと俺達の鳴海セキュリティ。普通は折半だろうが、俺達の3バディがほぼ囲われる。そして、スイートのプライベートは、俺達、楠木朝水・祝延太喜雄が招かれ根気よく詰める。

 モーンはユーロ映画女優並にドイツ語・英語・フランス語・イタリア語・ロシア語喋るので、世界中行けない場所はまるでない。その勘所が良いので、事前の日本語レクチャーもあり、中学生レベルの会話は出来るので翻訳家はスイートを追い出される。それだったらも、二日目には、トラベラーズドイツ語で通される。さて、モーンは本当に飽きっぽい。


 その飽きは5日目にピークになる。失策があっても、その柔和さだけが才能で支持率が強固の、時の首相の南佐竹重任の会談で、アートジャズに広がり、麻布台の隠れ家ジャズハウス:ZERO-SUMに招待される。

 この差し込み会談のお陰で、勇躍企業の重鎮3人の会談を取っ払った。それで良かったと思う。事前の打ち合わせで、モーンを自由自在に剥き身にしていたので、その妄想のあらましをモーンに伝えたら、爆笑していた。押し倒されたら助けてくれるでしょう。その前に近づけさせません。その余計な一言で、モーンの左手をしつこい程エスコートする羽目になる。朝水さんは、都度咳払いをするも、モーンの鼻歌は上機嫌だ。大括りで女性は厄介と、この歳にしてまたも学ぶ。

 ジャズハウス:ZERO-SUMのカルテット演奏は、それはディーパーで、単純にリズムにノルとかではなく、自我が解ける感覚になる。そして拍手喝采。モーンはリップサービスたっぷりに、結婚するなら日本人ね、身体の奥まで深く繋がれそうと。まあ見た目25歳でも実年齢33歳の艶めかしさを見せる。


 そして、ご機嫌なままにジャズハウス:ZERO-SUMを後にする。モーンの乗車するセキュリティメルセデスに、前後は日産エクストレイルが警護する。

 ただ懸念はあった。麻布台に入ってから、うっすらと黒い気配が拭えない。朝水さんに相談すると、そのままベテランの直感と同じだから、気を引き締めてと。

 そしてGPSの道路混雑状況を見ながら、麻布台の2車線を走る。嫌な予感は、角のコンビニファンナムが見えたところで起こった。群馬酪農と書かれた軽トラに給油ポンプ付きのタンクが、寸でに割り込み前を塞ぎ、運転手席から出ていった。

 先頭の日産エクストレイルから全員が出て、俺達のセキュリティメルセデスの扉を叩く、液体爆薬かもしれない。いや違うな。

 外で激しくバック!の声が飛び交う中で、背後よりまたも軽トラが迫る。一山500円の房総白桃の看板も立派に、丁寧な偽装な事だ。いや、近づく拡声器の声が常軌を逸していた。


「モーンちゃん、モーンちゃん、死んで、死んで、お願い。世界は争いに満ちている。俺達の辿り着く場所がないよ、ねえ、モーンちゃん、モーン…」


 俺と朝水さんは、セキュリティメルセデスの後部席から飛び出た。俺達が狙ったのは房総白桃の軽トラの前輪右、SIGのセミオートをフルバーストして、他のSP2タッグもSIGで応酬して、軽トラの前面部は弾痕だらになる。そして、前輪右パンクに、間違いなく射殺されたスキンヘッドの運転手の無軌道によって、房総白桃の軽トラはマンションのオープンラウンジに滑り込んだ。そして、来る。俺は堪らず。


「伏せて!」


 誰かが遠隔操作でリモコンを入れやがった。房総白桃の軽トラから、白桃が転がり落ちると同時に、自爆装置が焚かれ、直上に白煙、そして白桃の欠片に残滓を、俺達は存分に浴びた。ロシアの左派系は日本にも依然いるって事だ。

 それからは、別ルートの外務省役人が合流し、モーンは一先ず日ドイツ大使館に搬入された。残った俺達は警察の実況検分に付き合うも、程なく帰された。



 それから、防ぐも敗北感拭えない白桃丸かぶりの俺達は、パルスティーンホテルの従業員口から入り、シャワールームに案内された。ただ朝水さんが目ざとく従業員大風呂を見つけ、フイっと俺はそちらに華麗にフェードアウトした。

 朝水さんは、白桃の果汁でベタついた俺の衣服を、素早く脱がせ身ぐるみ剥がされた。その手際の良さに、えっつ、男に奥手じゃないのかがまず。まあ、風呂だしいいかと考える余地もなく、どんと従業員浴場に押し出される。

 俺はやっとぼんやりに打ち水を浴びると、背後から豊満な朝水さんが一糸纏わぬ姿で追いつく。まあ、筋肉質なのは知っていた。そして美しいも、箱に入るギリ前でこっそり知っていた。

 そこから朝水さんに、幼い頃の姉と弟の様に、全身を丁寧に洗われ、ご丁寧に髪まで洗われた。そしてハイで、俺が朝水さんの身体を背後から拭う事になる。


「アアん、」


 いやどこが、女性として敏感な場所には触れていないのに、やけに艶やかな漏れだった。俺が手を止めると、朝水さんが何か面倒くさくなってか、ぶっきらぼうに前もと促す。朝水さんは振り返り、太腿を大きく開いて、俺の腕を引き、抱き寄せる。

 そして、俺の確認も無しに、いやごく自然に唇が重なった。朝水さんの、白桃の雫は全て落ちていなくて、俺達のキスは味わい尽くすものなった。そう、正直に、ここ迄人間の身体が熱いなんて思ってもみなかった。ただ、幼馴染の斎賀美鈴が女の情念とはやたら語っていたのを、うっすら思い出す。大人の女性とはそういう事かと。

 そして、朝水さんは、全裸の俺を立ち上がらせ、俺の男性自身をまじまじと見つめる。俺達は、特別訓練で狭く同じシャワールームになるが、興奮の要素はまるで無かった。ただ今だけは何故か、男性自身が起立していた。


「トリあえず、」


 朝水さんは、目を逸らし照れ混じりで言うも、いつもの様に最初の二文字がカタコトになり、共鳴を防いでいる。

 朝水さんは、何故か震える右手で、俺の男性自身を丁寧に含むと、想像以上の絶したい感触だった。この熱過ぎる熱情とは、生命に満ちた原始女性そのもの。俺は今この瞬間から男になるのかと、負けまいの男の意地だけで起立していた。


「太喜雄、素敵よ」


 朝水さんが、満足げに口を離す。性欲に振り切ってか、言葉が初めて流暢になる。普段は強制ロックしていた、俺への迸る熱情が、共鳴として伝わってくる。その中には、日頃溜まっていた、俺との性交の想像の園が目眩く展開する。そう普段、同部屋で不機嫌に真夜中に冷水シャワー浴びていた理由が、俺がとほほになる。朝水さんは、先輩から、女性として、俺をやっと受け入れた。

 もう包み隠さない朝水さんから、俺は共鳴を止めようとしたが、咥えられて官能に浸る俺に、全コントロール、何も成す術がまるで無い。

 ダメだ、行く。これが言葉か共鳴か分からないが、真っ先に下半身は迸った。

 後で聞いたが、俺と朝水さんは共に従業員浴場でノックダウンしていたらしく、とうとう緊張感切れたかで、皆が湯上がり対策でタオルを煽ってくれて、漸く目を覚ましたと。

 まあだ。口技でこれなのだから、勢い余って性交したら、朝水さんが廃人になった可能性はある。恐らく、きっと。


 それから、モーンが翌朝にはパルスティーンホテルに戻り、モーニングを取る。大使館にいると忠告と誓約書の山だったので、強行突破して帰ってきたらしい。何よりは朝刊全紙見たが、外交テロは一切書かれていなかった。暴走白桃の軽トラ大爆発も、ままある関東圏の交通事故で流された。まあ麻布台一帯は不干渉地域なので、ソースを投稿する輩もいないだろう。命に関わるからさ。

 そんな、ふわっとした感じで、俺は食事を終え、モーニングコーヒーを取ると、モーンに可愛い往復ビンタを無言で20往復された。勝手に男になったのが、いい素材が、いやこれもアクセントだと、共鳴を痛切に感じとる。いや、そこ迄男になってないと、口技の熱情を思い出し、つい共鳴させると、俺と朝水さんとモーンは内股をがっちり締めて、気まずい雰囲気になった。

 散々いたぶって、いざ俺が困惑するとこれか。これが男と女かと、やたら苦いコーヒーに口をつけながら、スイートから長い目で富士山を眺める。



 そしてモーンの外交日程は97%達成して、ミュンヘンに帰った。不意に聞いた話では、ボーイフレンド3人を一斉に手を切って、政策に没入するらしいと。

 そして、俺のSMSには不意にモーンからメールが来る。貴族以外の最高ランクを抱きたくなる様に頑張る。よく分からないけど、俺も頑張るとは返した。


 その後、公人モーン・ハンナヴァルト警護の報告書を、合同会社鳴海セキュリティに提出すると、鎌倉の保養所を紹介された。そう自然と、楠木朝水さんと共に旅立った。

 保養所は共鳴を察してくれたか、俺達と管理人夫婦だけだった。五日五晩、俺達は慎重に性交した。性交しながら、自然と箱に没入してしまい、どちらかが帰って来れないか危惧したが、思ったより身体はデリケートで、果てると自然に箱から離れる事が出来た。

 俺のきれない迸りが続き、朝水さんがスキンを付けるのがうんざりになったか、そう言えば安全日だからと、とうとうスキン無しで、より迸って行った。女性も男性も求める様に堪能する、愛って、何だはそんなの後に後で良かった。互いに火の灯った本能でも、箱から帰って来れるのは、まだ飽くなき次と次を求めてだろう。

 この飽くなき情事もあって、俺は男になった。やや正確に言うと、10回に1回は朝水さんが先に行くのを見届けられた。いきがって我慢していると、本気の張り手が飛んで来るので、正解は何ですかと聞いても、朝水さんは喘ぐに徹した。


 その翌年、その翌々年迄。長期休暇になると、合同会社鳴海セキュリティには役務に着く。そして役目を果たした後の、堰を切ったような朝水さんと情交は深くなっていった。箱以外でも、この現実世界が二人になっても生きていける共感を得たつもりだった。

 それから卒業後も、鳴海セキュリティに呼ばれると思っていたが、それは終わった事と主家に位打ちされた。


 そう、でも、朝水さんの熱情は今も思い出すだけで熱くなる。


 その朝水さんは、風の噂では、俺が社会人になった秋に結婚して、福島で元気にしていると伝え聞いた。

 俺が寂しそうにしていると、主家が、畑で野良着で破顔のピースサインをしている朝水さんの写真を見せる。女性は今の伴侶がベストになるものと、それとなく女性の身体の神秘を説く。


 俺達にとっては、今の距離感の様に、思い出の方が良かったかなとは思う。愛情が深過ぎると、俺達は箱の中でいつか事故を起こす。朝水さんを愛すればこそ。それで良かったと気持ちをリフレッシュした。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

猫目の彼女と敏感な僕 -The Peace- 判家悠久 @hanke-yuukyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画

同じコレクションの次の小説