第36話龍の秘薬
天明side
深夜2時、海達を起こさない様そっと廊下を歩くと玄関から出て静かに鍵を閉めた。
エレベーターに乗り込み一階へ降りれば、マンションの前にすでに黒塗りのベンツが迎えに来ており、手を振ると早くこいとクラクションが鳴った。
助手席のドアを開け、乗り込むと相変わらず澄ました顔の王蓮。
僕を見るや否や、あれなに?と聞いてくるあたり、メールで話したい事がある、と連絡した内容が気になるのだろう
「話って何?」
「ん〜…とりあえず王蓮の家に行こうよ」
深夜というのもあり、今日は王蓮の家に泊めてと言えば、たまには家に帰れと言われ、運転するのがめんどくさいと返事を返せば、大きなため息が聞こえてきた。
「なら運転手でも雇えば?」
「運転手かぁ〜…あぁ、でも士郎がいるからいらない」
最近は、殆ど移動は士郎にいつも任せていると言えば、横目であんまりあいつを使うなと怒られた。
まぁ…確かに、士郎も最近は忙しそうにしているし偶には、自分で運転するかとハンドルを握る王蓮をみて思った。
王蓮のマンションに着けば、王蓮よりも先にリビングのソファーへと進み、そのまま勢いよくダイブした。
ボフンッと音を立てて、柔らかいソファーの上に倒れ込むと、王蓮は呆れた笑いを浮かべた
「で?何の話?」
王蓮は冷蔵庫からペットボトルを持ってくると、それをテーブルへと置き、対面のソファーへと腰を下ろした
ペットボトルには、プレーンジュースと書いてありロゴは白兎、自分の会社のだと一目で分かる兎のマークはいつ見ても可愛い
そして僕はこのジュースは、王蓮のお気に入りで、常に冷蔵庫に補充してあるのを知っている。
「今日ね、海の血液を調べてたら…龍の血印が出て来たんだよネ」
「…は?」
「しかも、調べたらその血印は王蓮のでさぁ…もしかして昔、海と会ったことがある?」
「俺?…いや、ない」
あげた記憶なんてないと、眉間に皺を寄せる王蓮は本当に覚えていないのだろう。
しかし顕微鏡を覗いた時、確実に海の血の中には龍の血とよく似た血液が混じっていた
気になって、それだけを取り出して調べてみれば、その細胞は王蓮の血液細胞とピッタリ一致した
僕が、間違うはずもなく絶対にどこかで王蓮が海に血を入れた事は間違いない
「よく、思い出してみて。どこかで海の傷を治したことがあるはず」
「傷…??」
「そう、もしかしたら海の体質変化は血薬の影響で変わった可能性が高いよ」
王蓮の記憶にないと言うことは、よほど大きな傷でもなかったのだろう。
けれど普段は血薬については、隠している王蓮が人間に使うのも、かなり珍しい
偶にカラスの傷を治しているのは知っているけれど、まさか人間に使うとは思いもしなかった
龍の血は龍家以外には、絶対に使ってはいけない掟がある
まぁ、現に王蓮は龍家以外のカラスに使っているから、今更ではあるが。
けど、海の体質変化の原因は恐らく龍の血薬が関係している、その上猿田の血が混ざり血薬の特性がうまく作用したのだろう
今まで人に使用した事がないため、未だ調べてみないと、分からないけれど
「……」
少しでもいいから、考えてみてと促せば王蓮は腕を組んで考えはじめた
その間、僕はもらったプレーンジュースを飲みながら、王蓮が思い出すのを静かに待つことにした。
暫くして、王蓮はやっと思い出したのか、あ。と小さな声を上げた
「ん、思い出した?」
「あー…多分、何年か前に一回だけ、子供に血を飲ませた」
「えっ?!の、飲ませた?…あ〜じゃあそれが海だ」
やはり、海に血を入れたのは王蓮で間違いなかった
けれど、まさかの飲ませた発言には流石に僕も動揺を隠せない
王蓮のことだから、カラスを助ける様にどうせ傷口に血薬を塗っているとばかり思っていた
しかし、その予想を超えて飲ませたとは思っておらず、思わず声を上げると王蓮もバツが悪そうに目を逸らした
「…あれは男だと思ってたんだけど」
「男…?」
「幼児にしては髪も短かったし…服装も男みたいな格好してればそう思うだろ」
「うわぁ〜…そう言うことネ」
なるほど、王蓮は海のことを男の子だと思って血を与えたのだろう。
しかし、あの王蓮が確認もせずに血を飲ませるとは珍しい。
だからこそ、顕微鏡で最初に見た時、僕は驚いた
何も知らない2人に、龍の血の事を言うわけにもいかず、誤魔化したけれど、もしもこの事を姉に知られでもしたら、かなりまずいことになる
「なんで血を飲ませたの?」
「ほっとけば死ぬから」
「だったら…別に飲ませなくても傷口に塗るだけでよかったんじゃない?」
「…服は血だらけなのに傷だけが治ってたら可笑しいだろ」
王蓮のいう事は一理ある。
確かに吸血鬼の存在を知らない人間が、傷が治った海を見たら、きっと騒ぎ立てるに違いない。
それは理解できるけれど、もう少し落ち着いて判断して欲しかった。
「それにしても、いつもの王蓮らしくないネ」
「…そうだな」
詳しく飲ませるに至った経緯を聞けば、その日は天候が悪く、激しい大雨が降っていたらしい
夜、北洋橋を通れば、橋の真ん中で柱に衝突した車を見つけた
大雨でスリップした、ただの事故だろうと、横を通り過ぎようとしたけれど、大雨の中やけに大きな声で泣き喚く子供の声が耳についた。
仕方なく車から降りて傘をさし、変形した車の後部座席を覗けば、幼い子供がいた
運転席には、夫婦らしき男女が乗っていたけれど、すでに彼らは死んでいて、生き残っていたのが後ろのベビーシートに乗っていた幼児だけ
咄嗟に、後ろのドアを開け泣いている幼児を見れば腹に、ガラスの破片が刺さっており、衣服は血まみれ
深い傷を見た手前、流石にほっとく訳にもいかず、とりあえず救急隊へと連絡をして子供を自身の車へと連れて行った。
後部座席に横にすれば、子供は1、2歳ほどの年齢程で、未だに泣きながら震えており、その光景がいつも助けるカラスと重なった
血だらけの洋服を捲り腹を見れば、ぶつかった衝撃で割れたフロントガラスの破片がいくつか脇腹に刺さっており、大量に出血していた
今ここで、ガラスの破片を抜けば子供は出血多量で死ぬだろう。
だが、血薬でこの傷を治せば直ぐに治る、けれど相手は人間。
衣服は血で染まっているのにも関わらず、傷が綺麗に治っていれば、おかしいと思われる
しかし、痛みで泣き喚く姿をほっとく訳にもいかず、仕方なく自身の親指を噛んで、子供の口へと血を滴らした。
「結局、救急車が来たからそいつを渡して俺はすぐに帰ったけど」
「なるほど〜…鎮痛剤代わりにしたって事だね」
「思い出したのはそれだけ」
なるほど、それで海の身体に王蓮の血が入ったのか。
飲ませた経緯は分かったけれど、問題はここから、龍家の血は、飲めば薬になり、塗ればたちまち傷が治る。
そしてもうひとつ、龍家の秘薬がある
近親婚で、決められた相手と結婚しなければならないという決まりを、少しでも和らげようと使われる様になった血薬
異性にしか使えないこの血薬は、結婚を約束した者だけにしか使えない決まりがある
「血を飲ませたのは海が男の子だと思ったから?」
「……」
うん、黙りと言うことはちゃんと王蓮も理解している様で安心した
この事実を、知ったのが僕だったからまだ、よかったけれど、もしも王蓮が海に血をあげたと知られれば、あの姉は、確実に海を殺しにくるだろう
「結びの誓いを立てたなら、王蓮のお嫁さんは海になるの?」
「…はぁ?くだらない」
「でも…王蓮が血を流せば、海はその血を求めてくる様になるし、逆に王蓮が海の血を飲んだりしたら、確実に結びの誓いが成立しちゃうヨ?」
血の誓いとはまた違い、これは龍家だけが行う結びの誓い
自分の血を異性に飲ませる事で、段々と相手は飲ませた相手に好意を持ち始める
そして互いの血を飲み合えば、お互いの胸に桃の花の印が浮かび、結びの誓いが成立し夫婦になる
そして生涯この相手以外とは、決して子孫を残せない、ある意味恐ろしい薬だ。
龍家は近親で婚約をしていたため、恋愛結婚が少なく、そんな彼らに使う唯一の惚れ薬だ
この薬を、早く飲ませたい姉が王蓮との婚約を早く成立させたがっていた
成立すれば、すぐに自分の血を飲ませるつもりだったのだろう、全く恐ろしい話だ。
だからこそ、姉が飲ませたい相手が他の異性に飲ませている事を知ったら、どうなるのか想像するだけで、頭が痛くなる
なんなら、それが元人間だったなんて知られたらプライドの高い姉のことだ、何をしでかすかわからない。
この事は王蓮と僕だけの秘密にするしかない
「俺の血を飲ませなければいい話でしょ」
「まぁ…そうだネ」
飲ませなければいい、その通りではあるけれどもしも王蓮が血を飲んでしまえば、彼らは確実に夫婦になる。
別にそうなったらそうなったで僕は構わないけれど、王蓮の嫁になったら大変だろうなぁ
「…なに?」
「べつにぃ?ぎゃくに王蓮が惚れない様に気をつけないとネ」
「……はぁ??意味わかんねぇ」
なんで俺があいつに惚れる?と本当に不機嫌な顔になった王蓮に、らしいなと笑が溢れた
幼い頃からの王蓮を知っているから、余計に王蓮が海に惚れる姿は想像できない
ちなみにあまりお勧めしないけれど、この誓いを取り消す方法がある
「だったら、絶対に海に血を飲ませず、自分も海の血は飲まない事だネ。それが無理なら…海を殺すしかないよ」
海を殺せば自ずとその誓いは解消されるけれど
王蓮は一度助けた少女を、殺せるのだろうか?
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