第32話死人狩り
「天明君と強士郎君が居るなら安心だわ、いってらっしゃい」
今日はついに死人狩り当日、朝から天明は叔母さんに、今日は遅くなり門限を超えると伝えていた
叔母さんが許可するのか不安だったが、天明達が居るから良いと、やけにあっさりと許可が下りた
叔母は、それだけ彼らを信用しているという事だろう
いつもの様に、マンションへと猿田が迎えに来て、ネストへ送ってもらうと、猿田はホテルの仕事へと向かった。
毎回、こうして送り迎えをしてくれる彼には本当に感謝している
天明と猿田へ感謝の気持ちを語りながら私達はエレベーターへと乗り込んだ。
きっと今頃、猿田はくしゃみでもしているだろう
いつも通り天明が、組んだメニューを終えると、死人狩りの注意点を天明から聞かされていた。
「いい?…死人は首を落とすか、胴体を斬らないと塵にならない、躊躇せずに切るか撃つこと、分かった?」
「はい!首か、胴体…が、頑張ります!」
「海…怖くても相手は襲ってくるヨ、やらきゃやられるからネ、僕や士郎達は一切手は貸さないから、自分の身は自分で守って」
今夜、初の死人狩りに行くのだが、朝から聞かされたのは、天明からの厳しいお言葉
どんなに、怖くても相手は関係なく襲ってくる
怖いからと助けを求めても、僕達は助けない
こんな事を言われれば、余計に不安になる
だからといって、あの大変な訓練が無駄になるのは嫌だ。
やっと、剣や銃が普通に扱える様にまでなったのだから。
でもそれは、天明達が練習に付き合ってくれるおかげ
ただ、1番の問題は現物の死人を一度も見た事がないことだ
ただでさえ、ホラー映画が苦手なので腰を抜かしてしまったらと、そこがいちばんの不安
「海、死よりも怖いものはないよ…分かった?」
「…はい、わかりました」
天明が、言っていることは分かる。
確かに、死人よりも自分が死ぬことの方が怖い
天明の言葉を強く胸に刻み、渡された銀の双剣を受け取ると、私の髪と同じ色の淡い水色の紐が柄についてた。
「これ、ちゃんと海専用に作ってもらったんだ。剣は、初めに海が気に入ってた銀の双剣、持ちやすい様に柄も少し変えてもらったから前より使いやすいと思う」
天明が言う様に、たしかに柄も私の手がフィットして握りやすくなっていた
わざわざ、この日の為に天明が揃えてくれたと思うと、すごく嬉しい
「じゃあ、そろそろ暗くなってきたし…死人がいる北町に行こうか。」
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この地域は東西南北とそれぞれあり、私達が住むのは南町、その反対にあるのが北町だ
北は白蛇の縄張りらしく、王蓮はこの北を狙っているらしい
本当は東も西も欲しいけれど、そこは狼の縄張り
なかなか、譲ってくれそうもないらしく一旦は、北に目をつけているのだとか。
反対に、白蛇も南が欲しい様で境目に死人を置いては、日々攻め入ろうとしているのだとか
よく猿田が、見張りやら見回りと言うのはそれを防いでいたようだ。
「じゃあ、強ちゃんが言ってた見回りってこのことだったんだ?」
辺りが暗くなった20時頃、ネストで猿田達と合流し、北の境目まで猿田の車で向かう道中、天明と玲に説明を受けていた。
ここまできてやっと、意味が理解できた私はいつも夜遅くまで、死人から守ってくれていたことを知った。
「そうだぞ〜!毎晩死人狩りしてるよ」
「毎晩…お疲れ様です」
「やっと俺の大変さが分かったか!」
「…士郎だけじゃなくて皆やってるからネ」
「そんな言わないでくださいよー?!」
「あはは、でもさ相手も懲りないよね。どんだけ死人連れてくるんだって話だよ」
玲達の話によると、かなりの数の死人らしく1人じゃ、あの量の死人はなかなか作れないらしい
自分の血を引き換えに、死人を復活させるのは中々きつい事らしい、だったら…
「1人じゃないって事?」
「まぁ、そうなるよね。でも未だに死人しか出てこないんだよねー」
「いや、俺…昨日見たわ」
「え、まじ?」
「うん、…多分吸血鬼。昨日ボスと見張りしてた時だったから、ボスも知ってるんだけど死人狩ってたら、足音がして女が逃げていったの見た」
「へぇ…じゃあ、今日もいたら良いネ。捕まえようか」
捕まえて、誰なのか突き止めないと、とやけに楽しそうな表情の天明に怖いなぁと思いながら、はいと頷いた。
猿田の車から降りると、廃墟ビルが立ち並んだやけに静かな場所、周りを見渡しても死人はどこにもおらず、少しだけホッと胸を撫で下ろした
「海、ハンドガンと弾も装備してネ」
動きやすい様に、あらかじめ黒いTシャツに短パンの私は、Tシャツの上から紺色のタクティカルベストを身につけ、その中に弾を入れれば左足にレッグホルスターを取り付けた。
ホルスターにハンドガンを装着し、いつでも取り出せる様に準備を整える
「じゃあ、準備はいい?」
「おっけい!」
「俺も大丈夫っす!」
「私も…あ!ちょっと、ごめんなさい!…強ちゃん来てきて」
準備完了と言う前に、猿田が鉄分サプリを口に含むのが見えて、血を飲むのを忘れていた事を思い出し、3人に待ったをかけ猿田を引っ張りだした。
血を下さいと言えば、慣れた様に猿田は腕を差し出す。
流石に2人に見られるのは恥ずかしいので、見えない場所へ行き、猿田に血をもらうと急いで天明の元へと戻った
「うん、じゃあもう大丈夫?」
「はい!お待たせしました!大丈夫です」
「よし!頑張ろうね!」
「よっし、頑張れよ」
行こうかと言われ、訳も分からぬまま背中に双剣を背居れば、廃墟が立ち並ぶ奥へと歩き出した
進んで行けば段々と、空気が響んでいくのが分かり、怖いのが苦手な身としては、正直逃げ出したい程の恐怖を、感じる
やけに辺りは静かで、4人の歩く足音しか聞こえないが、砂利道の上を歩くジャリジャリと言う音がリズムよく聞こえ、ほんの少しだけ気が抜け、足元の石ころをコンっと蹴れば、石はコロコロ暗闇の中に転がっていった
その瞬間、グゥオォォォと低い声で唸る声が辺りに響き渡り、突然の雄叫びに驚いて目の前を歩く天明の腕を掴んだ。
天明は気にする事なくその場で立ち止まると唸り声のする方を見ている
「死人のお出ましだネ」
死人らしき叫び声に圧倒され、震える体を誤魔化すため、天明の腕を力一杯に握りしめた
彼は全く気にすることなく、声の聞こえる方へと指を差した。
猿田と玲は、私達を囲むと暗闇の奥にいる何かに向かい、カチャリと銃を構えた
地響きのごとく、唸る声が怖くて今にも泣きそうになるが、天明の指差す方向へとそっと視線を向けた、すると視線の先には、この時間には決して出歩くことのない、まだ幼い少女がポツンと立っていた
薄汚れたピンクのワンピースに、全身泥だらけの少女は、砂利道で痛くないのか、裸足でその場に立ち尽くしている。
髪は黒く、前髪も長く顔が隠れてよく見えない
暗闇のせいで少女の顔が見えず、目を慣らすために食い入る様に少女を眺めれば、突然幼い少女は、勢いよくこちらに顔を向けた。
少女のキレのある動きに、思わず身体がビクッ!!!!と反応すれば、天明の腕を掴んだままなので、同じく天明の身体もびくりと揺れた
少女の顔からは表情もなく、目は赤く充血しており口からは涎が垂れ、それはまさしく映画に登場するゾンビそのものだった。
嘘でしょ…と震える声で呟くと、少女は地面を蹴り上げ、尋常じゃない速さで、私達の元へと飛びかかって来る
けれど、迷わず猿田がバンバンッと銀の弾を撃てば少女の頭に命中し、一瞬燃えるように赤くなると塵となって消えていった
あたりに響く、銃声の音に先ほどまで静かだった周りはやけに騒がしくなり始めた。
あちこちで先ほどと同じ、唸り声が聞こえその数は、聞こえる限りでは1人や2人ではなく数十人
私達よりも、明らかに多い人数に更に体が硬直していく
猿田と玲は私達を置き、先に声のする方へと進んで行くが、私は足が動かなかった
この耳を塞ぎたくなる様な異様な声に、堪らず目を瞑って俯き、今すぐここから逃げたいと
それだけが頭に浮かびガタガタと全身が震え出す
どうしてこんな目に?と、いつもならば思わない、負の感情ばかりが頭の中を占めていく
あんな、意味のわからない者を狩ると宣言したものの、現実はやはりそう甘くはなかった
気がつけば、あまりの恐ろしさにポタポタと涙が溢れだし、砂利の上を水滴が濡らしていく
「海、聞いて」
死人の叫ぶ騒音の中、急に天明の声が頭上から聞こえてきた
俯いたままだった顔をそっと上げ、目の前にいる天明を見上げれば、彼は優しく落ち着いた声で私に声をかけた
「僕は…出来ない人はここへ連れてこない。君ならやれるって信じてるから連れてきた」
「……っ」
「海が怖いのは…あの姿?死人は元は人間だヨ、死んだ後に、勝手に死人にされてあんな姿になっただけ」
優しく、言い聞かせる様にゆっくりと話す天明の声だけが、私の耳に入り先程よりはほんの少しだけ落ち着いていくのがわかる
ツゥーー…と私の頬を伝う涙を天明が指で拭うと天明は、眉を下げた
「海は、どうしたい?」
天明の問いに、先ほどまでの負の感情はいつの間にか消え去っていた
頭の中には、これまで天明達と努力してきた思い出が蘇り、ただ泣いて逃げるためにあのきつい日々を頑張ってきたわけではない
最終的に、最後に選択肢を与えてくれる辺り、天明は優しい人だ
未だに震える手を握りしめ、どうにか震えを抑えようとするけれど、そう簡単にはなかなか止まらない
真っ直ぐに私を見つめる天明の瞳は、どちらの選択でも別に構わないと言っている様に思える
天明が言う様に、勝手に死人にされ、先程の子供の様に血を求め彷徨う姿は、恐ろしいけれどそれと同時に可哀想だと思った
きっとあの子も、生前は可愛らしい子供だったのだろう。
死して尚、あの様な姿になってまで生きたいなんて本人も望んでいないはず
白蛇の都合で兵士として勝手に死人にされるなんて考えてみればあまりにも酷い話だ
きっと、泣きたいのは私ではなくあの子
まだ、この世に生きている私が、ただ怖いからと泣くのは、あの子に申し訳ない
だからと言って、もう怖くない訳ではない。
怖いのは変わらないけれど、ただココで泣いてる場合ではない
「ず、ずみまぜん…し、しっかりします!」
涙で鼻水も垂れ、天明が差し出したハンカチで顔を拭くと、未だ鼻声のまま天明へ向き直った。
天明の赤い瞳が、一瞬だけ揺れたかと思うと彼は、綺麗な顔で微笑むと、ソッと私の背中を押した
「じゃあ、行ってらっしゃい」
僕は後ろで見てるからネと、先ほどの優しさはどこへ?と思ったが、泣かない!怖がらない!ともう一度、自分に言い聞かせ、背中の双剣を手にとると一歩二歩と、ゆっくりと前へと進んでいく
どう見てもこの先は危険だと、頭の中で危険信号が鳴り響いているが、ここでまた泣いていては何も進まない。
半分ヤケクソになりながら、また同じ様に子供が出てきたら、ちゃんと銀の剣で斬る、そう心に決めた
ヤケクソになったからなのか、天明が背中を押してくれたからかは分からないが、気がつけば震えは治っていた
しっかりと柄を握りしめれば、待ってましたとばかりに奥から死人が現れた
出て来るだろうとは思ってはいたが、私の予想とは違い、死人は子供ではなく、男
彼は、充血した真っ赤な目を見開くと、私へ向かって低い唸り声をあげた。
まるで獣の様に唸る男に、一瞬怯みそうになるけれど、ぐっと柄を握り直し気を取り戻すと真っ直ぐに男を見据えた。
男は鋭い歯を剥き出し、もの凄い速さで走ってくる
遠くから見えていた男は、近づくにつれて大きくなっていき、思っていたよりも迫力がある
自分よりも、随分と背の高い男は、どう見ても強そうで、ジリジリと後ろへと足を動かした
「う、嘘でしょ?…でかすぎ!」
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