第15話目覚めと、あいさつ

甘いものが喉を通り渇きを潤していく


ずっと求めていたこの甘味と少しの苦味


こくり、こくりと喉を鳴らし飲み込めば体の奥まで浸透していく。


あの喉の渇きと熱くて焼けそうな痛みも、嘘の様に引いていった



だけど、まだ足りない。もっと、もっと欲しい。


この味を知れば知るほど、この欲求が強まっていくのが分かり自分が自分じゃない様で怖くなる




ぱちりと、急に目が覚めた。


見慣れた天井に、見たことのある部屋

ゆっくりと体を起こして周りを見渡すと、いつのまにか、風太郎の自宅へと来ていた



あの枯渇状態で、どうやってここまで来たのか覚えていない


玄関を出て、バス停で頭を抱えたところまでは覚えている。


血を求めて無意識にここまで来ていたのだとしたら、さすがに自分が怖くなる


これからも、また渇きが起こるたびに夜を徘徊してここへと歩いてくるのかも知れない


そう思うと、やはり自分が自分でない様で怖い




「でも、生きてる…」



ここへどうやって辿り着いたかは正直覚えていないけれど、ちゃんと、今生きている事に安心した


とりあえず、風太郎さんに挨拶しようとベットから立ち上がり、部屋から出るとやけにリビングが賑やかだ。



風太郎以外に人がいるとしたら、猿田だ。


血をくれたのだろうから、いるのだろう。



2人にお礼をするべく、声のする方へ向かえば、やけに甘いムスクの香りがした。


この香りに誘われるまま、リビングの扉を開いた



扉を開ければ居たのは風太郎と猿田と、もう1人

黒髪に、黒いスーツを来てこちらへと視線を向けるその眼差しは赤く、血の様に鮮やかな瞳だった



「あ、」


男の声に気がついた2人は、私を見ると慌てた様に駆け寄り大丈夫かと心配してくれた



はちみつ色の柔らかそうな髪を揺らしながら

水をくれる風太郎は、なんだか母親の様で

寒くないか?とブランケットを差し出す猿田は

なんだか、やけに心配性な兄の様に思えてついつい笑みが溢れた。



「あはは、うん大丈夫だよ。あの…私どうやってここまで?」


「覚えてない?ここまで王蓮が連れて来てくれたよ」



風太郎に王蓮、と言われ、誰の事か分からず首を傾げれば、ソファーに背中を預けどかりと座る先程の男性の事だと教えてくれた。



一体、誰なのか分からず戸惑っていれば隣に居る猿田は、鴉のボスだよと耳打ちしてくれる



「ぼ、ぼす?!」



急に、ボスと言われ男に視線を向けると確かに雰囲気的にそんな感じがする。


どこか、鋭い雰囲気に気安く話しかけられる空気ではない。



挨拶をしなければと、思いつつも目の前で寛ぐボスと呼ばれる男性の元へ行くのは、なんだか気が引ける。


やけに緊張してソワソワしていれば、私の様子に気がついた風太郎は優しく微笑み私を落ち着かせる



「はは、大丈夫だよ。あぁ見えて優しいから」


「まぁ、分かる。圧があるよな」


「いや、心の準備が…」


しかし、優しいから大丈夫と言われても、滲み出るオーラを感じるし、1番は見るからに気だるそうにしているから怖い


それに、きっと彼は気安く話しかけるべき相手ではないことは私でもすぐに分かる



こんな事なら、前もって心の準備をしておくべきだった。


こんな、起き抜けにボスなんて余りにも刺激が強すぎである。




「何してんの?早く酒持って来て」




ソファーで寛ぐ王蓮は、3人で固まっている状態に待ちくたびれたのか、風太郎へと声をかけた


ウィスキーと、ハムも。と、店員さんに頼む様に言えば風太郎は、はいはいと返事をしてキッチンへと向かった。



残された、私と猿田では正直不安でしょうがない


気まずい雰囲気に猿田を見るが、ん?どうした?と何も気にしていない




「…で?いつまでそこで立ってんの?」



少しの沈黙の後、こっちくれば?と王蓮が呼べば、すかさず猿田が返事を返し、嬉しそうに駆けていく当然猿田に、お前もこいと手招きされ私も恐る恐る着いていった。



王蓮は間近で見るとさらに顔が整っており、肌も綺麗で驚くほどの美形がそこに居た。


長いまつ毛の下から鮮やかな赤い瞳、そして近くに来て気付いたのは、目尻にある涙ぼくろ


遠目では分からなかったけれど、間近で見ると更にこの黒子も相まってセクシーな、ボス。



たぶん、いやきっと…女性からモテモテだろう



「あ、失礼します…」



 

目線で座れと言われ王蓮の目の前の席に腰を下ろすと、ガチガチに緊張している私の横に猿田が座った



チラリと前を見れば、品のいい出立ちの王蓮そしてもう、聞かなくても分かる。



見るからに、物語に出て来そうな吸血鬼のイメージに、彼が何者かなんて聞かないでも分かった


隣に座る猿田とは、天と地の差だとここに来て実感したが、緊張する私の側にいてくれる彼なりの優しさは正直とても嬉しいし、ありがたいので黙っておく。



じっと王蓮に見られ、挨拶をしなければと緊張する体に力を込めて声を出した。





「え、と弱木、海です。高校1年生で、年齢は16歳です…そ、それから、両親は亡くなってるので叔母と二人暮らしで…えっと、趣味は映画鑑賞と美味しいものを食べる事と、それから…」



「んん??お前さっきから何言ってんの?お見合いじゃないんだから!!」





自己紹介をと思い、できるだけ素直に答えていれば、不意に隣からちょっと待てと止められ

横にいる猿田を見れば、鋭いツッコミが入った



「でも、自己紹介しないと…」



「そうだけどね!?あんた、どう見ても今のは違ってない?!普通趣味とかいらないよ?お見合いか?!」



至っていつも通りうるさい猿田に少しだけ緊張が解けた気がする。



「美味しいものってなに?」



意外にも、ちゃんと自己紹介した事が良かったのか、黙って聞いていた王蓮も、趣味の話に食いついてきた


それが意外だったのか、まさか乗るとは思っていなかった猿田は隣でええ?とボスを見ている




「甘いケーキが大好きです」



「あぁ、ケーキね。…お前糖尿病になりそう」


「と、糖尿病…」



きっと猿田から言わたなら、反論できたのだろうけれど、まだ会ったばかりでましてや彼に言われたら、そうなのかもしれないと思うのは何故だろう


きっと言葉の重みというやつかもしれない



とりあえず、気をつけます!と返せば王蓮はうんと一言だけ返して、テーブルに置いてある赤ワインを口にした。


ただ、飲んでいるだけなのにその動作や仕草も見惚れるほど美しい


ちなみに、勝手に赤ワインと言っているけれど本当にワインなのかはわからない…



「おまえ、見過ぎだし俺の時と態度違いすぎじゃない?」



猿田は肘で私の腕を突くと、明らかに違う態度の違いについて言い出す、しかし態度が変わるのも当たり前だ。


この、見るからに軽そうな男よりも目の前の重みのある余裕しかない男の方が断然魅力があるのだから当然だろう。



「強ちゃん、比べちゃいけないよ」


「…いや、分かるけど。言っている意味は分かるけど、なんか腹立つわ」



隣で、唸る猿田の事は置いといて、お酒を嗜んでいる王蓮へここまで連れて来てもらったことのお礼を言えば、一言いいよと返してくれた



「…名前とか色々、もう2人から聞いてるでしょ」



突然、聞いてるよねと言われ何のことか分からずにいれば、隣の猿田がボスの事だよと耳打ちしてくれた



素早い猿田の対応に、はいと返せば王蓮は頷く



なるほど、語らずとも分かるだろと言うことか

実際その通りで隣の男が全て教えてくれている

接した感じ、あまり口数も多いタイプではない様だ。



「…海、だっけ?」


「はい!」


「何ができるの?」


「なに、?えっと…」



急に何ができると聞かれてすぐに答えられるほどの特技は持ち合わせていない


正直、何が出来るのかさえ自分でもまだ分からない


だけど、何も答えきれないと言うのも恥ずかしい。



とりあえず咄嗟に出た答えは、


「ば、バイトできます!」




正直嘘ではない、実際本当にバイトしたいとは考えていた。


もう体調を崩すこともないのだから私も普通にバイトができるはずだ。



「ぶっ!!!」



不意に隣から吹き出し笑いが聞こえて、猿田を見れば、口を押さえて笑っていた


人が真剣に答えていると言うのに、失礼な人だ



「へぇ…いいじゃん」



猿田と違い王蓮は、全く笑わずに真剣に聞いている様で、質問の答えが間違っていなかったと安堵した




「じゃあ、ここで働く?」



不意に横から風太郎の優しげな声が聞こえたと思えば、つまみとお酒を抱え戻って来ていた。


しかも、ここで働いてもいいよとまさかの了承

流石にここで働くつもりで言った訳ではなかったけれど、あの美味しいケーキが沢山のしらさぎカフェで働けるなら光栄だ



「え、いいんですか?!」



「うん、いいよ。あーでも家の人にちゃんと許可取ってからね」


「やったー!はい!叔母さんにちゃんと許可貰ったら働きに来ます!」


「うん、待ってるよ」



「え、なにこれ?バイトの面接だった?」



「…お前は不採用」



「ええ?!ぼす?!」

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