White Why 長野の洋館
白銀隼斗
第1話
八月、夏の真っ只中。例年よりも暑く、シャツ一枚で袖を捲り上げた。
ビル内のロボットも冷却タイムを頻繁に挟んでいるせいかいつもより仕事が遅く、AIはじめちゃんを積んだ小型のドローンが走り回っていた。
既に来ている依頼を電脳内にあるデータと、アナログ媒体である紙で確認しつつ電子タバコを咥えた。ふっと煙を吐き出す。
その時、背後からちりんちりんっと音が鳴った。振り向く。
事務所のドアがほんの少し開いており、取り付けてあるベルが揺れていた。見た目は古臭いが、防犯も兼ねて生体認証式のロックを普段かけている。予め依頼主が直接来る事を伝えない限り、事務所のドアは南美とヱマ、それと管理人のドローンだけを認める。
眉根を寄せ、タバコを吸った。もう片方に紙の束を持ったままドアに近づく。
「はじめちゃん?」
軽く足でドアを開き、管理人の名前を呼んだ。反応はない。
ロックが壊れたのだろうか……この間ヱマと喧嘩した際に彼女が勢いよく閉めていったから、そのせいだろうか。紙を持つ方の手に電子タバコを持ち、ドアノブの近くにある端末に触れた。
緑色にライトが点滅する。正常に機能している証拠だ。なにも問題はない。
だとしたらなぜ、そう思いつつも電脳内の時計が時間を知らせ、一先ずドアを閉めて仕事に取り掛かった。
「あぢいよお……」
南美の愛車に寄りかかり、ジャンバーを脱いだヱマが空を仰いだ。じりじりと照りつける太陽光に眉根を寄せ、軽く威嚇した。
「収穫なしです。この依頼、地雷ですね」
店から出てきた南美が溜息を吐きながら言った。去年の夏はまだ余裕がありベストにネクタイもしていたが、今年は流石に無理があり、胸元までボタンを開けていた。
ヱマの視線がそこに行っているのを感じながらも外部デバイスを取り出し、アナログオタクの情報屋に電話をかけた。構わず写真を撮ってくる彼女を無視しつつ、要件を手短に伝えた。
『オイオイ、そりゃ年代もののチップじゃねえか! かなりの値段がつく』
「やったら教えてくれませんかねえ。洋館の場所」
『そんなん言われたってなあ……ただまあ、幾つかの廃墟にそういうお宝が眠ってるってのはある。うち一つに確かに長野県にある洋館が噂されてる』
「長野県ですか」
連写が終わり、画面を見てニヤついているヱマを一瞥した。
『それにしても、宝探しをしろなんていう依頼、ホントに大丈夫なのか? そのチップだって本当に存在してるのかどうかも不明なんだぞ。五十年近く前の代物だからな』
情報屋の周囲は喧しく、雑音がよく聞こえてくる。
「違法でない限り受けるんがうちなんで。それより詳しい場所、送ってくれませんかね」
売春婦の喘ぎ声が混ざっているのが分かる。朝っぱらからまた変な所にいるのかと思いつつ、送られてきたデータを電脳内で確認した。
「額は」
『そのチップ見してくれたらタダ』
お調子者らしい声音に了承し、通話を切った。車のナビに送信し、高速を使うルートを割り出してもらった。
「長野の山奥ですねえ……どこまでこいつで行けるか」
「まあどのみち歩く事になんだろ。早く行こーぜ」
途中途中休憩を挟みつつ、市街地から少し離れた山道に差し掛かった。木々が流れ、頻繁にあるカーブを曲がっていく。
然し、ききいっと音をたてて急停車した。助手席で眠っていたヱマが起き上がり、眼を丸くした。
「なにあれ……」
人気のないトンネルの入口付近、自動で灯ったヘッドライトに照らされた黒い塊。南美が靴底を鳴らし、警戒しながら車から降りた。
エンジン音を背後に近づく。視界を義神経に切り替えた。全て死亡している。しかも死んだ時期はほぼ一緒……。
「どのみち、これ以上車では行けませんね」
入口付近に大量に横たわっていたのは鹿の死骸。流石にこれを乗り越える気も触る気も起きない……車を路肩に停め、ロックをかけた。
こういう山奥にはイカれた人間も多く、犯罪組織がアジトを作っている事も多い。万が一を考え、シャツの上からショルダーホルスターをつけ拳銃を一丁忍ばせた。
外部デバイスのライトを向ける。重なり合った鹿の死骸にハエやウジが集っていた。
「腐ってる死体は散々見てきたけど、きっついな、なんか……」
お互いに酷い状態の死体を見るのは慣れている。頭が吹き飛んで脳みそが出ている死体も、水を含みきってぶくぶくに膨らんだ死体も、腐って半分液体化している死体も、今更見たところで何も感じない。
それに比べればまだ綺麗だ。だがどの死骸にも“外傷がない。”勿論血もない。そのままの姿で魂だけが抜け落ちたような状態で、大量に道を塞いでいる。
異様だと思わない方がおかしい……ヱマが身震いをしたせいでライトも震えた。
「看板、ですね。別荘地やったみたいやけど……」
道路の隅に薄汚れ、錆れた看板があった。エレガントな雰囲気の字体だがそれが逆に浮いており、別荘地の前にある名前は汚れで殆ど読めなくなっていた。
「な、なあ南美……寒くねえ?」
自身の二の腕をさすりつつ、彼のシャツを軽く摘んだ。上着の下はスポーツブラのような服装だ、誰が見ても寒そうな格好だが今は夏。しかも鬼の体温はそれなりにある。
「ジャケット、持ってくれば良かったですね」
彼女が単なる山奥で身を小さくするとは思えない。怖がっているのか、何かを感じ取っているのか……片手になるが一人にさせる訳にもいかず、手を繋いだ。
看板が示す方へ足を進める。急勾配の坂で、別荘地と書かれてあった通りぽつぽつと大きな家が建っていた。だがどれも門が閉じられており、廃墟と化していた。
電脳内のナビに従い小道を進む。そのうち階段が見えてきた。
「あれですかね、洋館って」
上にそびえ立つ黒い影にヱマが更に身を寄せた。普段からは想像のつかない様子に視線をやる。
「大丈夫ですか。どこ行っても平気やのに……」
それに腰が引けているせいか、上目遣いで見ながらかぶりを振った。
「大丈夫じゃねえよ。トンネル越えてからずっと怖いんだよ」
ぎゅっと手を握ってくる姿に意外だと思いつつ、視線を洋館にやった。
「確かに。さっきからずっと嫌な気配がしてますね」
とはいえ単なる思い込みかもしれない。トンネルの入口付近にあんな死骸の山があれば、どんなに屈強な大和の隊員でもビビってしまう。ふうと息を吐き、ヱマから離れないよう階段を登った。
洋館は至って普通の姿をしていた。比較的綺麗でつい最近まで管理されていたように思う。だが同時にそれが不気味に感じた。
「アナログの鍵か」
観音開きの門には錠前がかかっており、拳銃を取り出した。一発トリガーを引く。大和仕様の拳銃は爆発するように相手を壊した。街中で発砲するよりよく響いた。
甲高く軋んだ音を奏でつつ敷地内に足を踏み入れた。然し足音が一つだけなのを感じ、振り向いた。
「ヱマさん?」
二の腕を掴んだまま俯いて止まっている。拳銃をホルスターにしまい、足を踏み出した。ぱきんっと小枝が鳴る。
刹那、門の扉が勝手に動き、南美は反射的に後ろにさがった。
「南美!」
ヱマが顔をあげて駆け出そうとした時には遅く。がちゃんっと大きく音をたてて閉まった。
「完全にアナログのはずやろ、これ……」
唖然とする彼から視線を外し、門の上を見た。この高さなら乗り越えられる、そう膝を折って上の部分を掴んだ瞬間、ばちんっと明らかに音が鳴った。
いっと顔を歪める。反射的に手を離してしまい、地面に着地した。
「ったあ……」
右の掌を見つめ、息を吐いた。稲妻が直接伝わってきたような痛さと衝撃だった……掌を揉みつつ腰をあげた。
「南美、どうしよ、」
ざっと靴底を鳴らした時、言葉が消えた。鉄格子のような門の先に、彼は居なかった。
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