第三話

「中の大納言と御匣殿みくしげどのには何か関係がありますの?」


 少なくとも私は聞いたことがない。


「特に血縁などはないようです」

 右衛門の佐が答える。


 となると、御匣殿の子供が親王になったり帝位にいたりしても中の大納言には得になることはないはずだ。


 帝の血を引く子供だから親王宣下を受けさせるべきだという単純な忠誠心からかしら……?


 だが、皇家への忠誠心なら今上が最優先のはずである。


 なぜ今頃になってお父様のもう一人の子供など……。


 それに怨霊の噂との関係は――――ありますわね。


 理由がなんであれ、お父様の息子を帝位に就けたいなら、まず今上に退位していただく必要がある。

 それだけでは不十分だが(お兄様の息子がいる限りお父様の子供に帝位がまわってくることはまずないからですわ)。


「今、中の大納言を調べているところです」

 右衛門の佐が言うと、

「私はお父様達に詳しいお話を聞いてきます!」

 里子女王も力強く言った。


恒躬つねみも……」

「父上に聞いて参ります」

 そう言って恒躬達は出ていった。


「ヨネ、岩手と納言を呼んで」

 私はヨネに岩手と納言を呼んでこさせた。



「ヨネは御匣殿についての噂を、納言は中の大納言の噂を、岩手は今回の怨霊絡みの噂を調べてきてちょうだい」

 私が指示を出すと三人はすぐに出ていった。


「宮様、またそのような……」

大弐だいに、お前は御匣殿が内裏にいた頃の事を知っているわね」

「それは……」

「中の大納言はなぜ御匣殿の子供の宣旨の話を今になって持ち出してきたの?」

 私の命令に大弐は渋々話し始めた。


「それは私にも……」

「では、お父様が御匣殿の子供を認めることにした理由は?」

「…………」

「大弐! このままでは今上が退位させられてしまうかもしれないのよ! 千代に八千代にとまでは行かなくてもせめて妃をめとって子供の成長が見られるくらいは在位してほしいの」

 私は大弐の目を真っ直ぐ見つめて言った。


「それに今上に皇子が生まれてその子が無事に成長して即位できれば後継者問題で揉めることもなくなるはずよ」

 私の真剣な口調に大弐は躊躇いながらも口を開いた。


「おそらく御匣殿が亡くなったからだと思います」

「亡くなった!?」

「はい。ご出産のときに……それで御匣殿が安らかに眠れるように親王として認めようとされたのではないかと」

陣定じんのさだめにも掛けずに?」


 大して実権を持っていない帝が勝手に起草させた宣旨など貴族に拒まれたらそれで終わりだ。


「その場合、宣旨を受けられなかったのは帝のせいではありませんので……」


 祟られるのは左大臣達になるという事ですのね。


 ただ、怨霊怨霊と騒いでいるが実は本気で怖がっているのは帝くらいなのである(今上は怨霊の話はご存知ないので怖がってはいませんけど)。

 左大臣などの公卿も身に覚えがある(讒言ざんげんをしたとか、無実の罪に陥れたとか)と怖がることがある。

 しかし、あくまでも後ろめたいことがあるときだけだ。

 祟られる理由がなければ特に気にしない。


死穢しえ〟という死のけがれ(死体を見てしまうなど)に触れたら数日間潔斎けっさいする必要があるのだが、それも忙しいと早く切り上げたり、そもそもしなかったりすることもしばしばある。

 物忌ものいみだの潔斎だのというのは半分くらいは休むための口実なのだ。


 それはともかく――


「宣旨は外記げきが自分の判断で止めてしまったのでしょう。なぜ今頃になって持ち出してきたの?」

「それは私にも分かりかねます」

「そう。では、何か思い出したら教えてちょうだい」

「はい」



 数日後――



 朝起きると邸がざわついていた。


「何かあったの?」

「実は……」

 ヨネが大弐に聞かれないように声を潜めた。


「邸の前に犬の死体があったそうです」


 死体というのは人でも動物でも穢れなので見ただけでも穢れる。

 都は動物だけではなく、人間の行き倒れの死体なども多いのである。


 だから貴族は自分の子供でも死には立ち会わないようにするし、いちいち牛車に乗って移動するのだ。

 牛車の中は外とは別の空間だから見なければ〝死穢しえ〟に触れなかったことになる。


 とはいえ、今は里内裏である左大臣邸の前に犬の死体があったのは嫌がらせだろう。

 貴族達はこの手の嫌がらせをよくやるのだ。

 死穢に触れると外出を控えなければならなくなるし、触れないように見ないようにするにしても死体をどけなければならないから時間に遅れたりする。


「でも、邸の前なのではないの?」

「もしかしたら呪詛をされているかもしれないという事で邸の中を捜索しているそうです」

「今上の御座おわす里内裏に呪詛ですって!?」


 それは謀反むほんと取られても仕方ないような暴挙である。


「陰陽師も呼ばれているようです」


 呪詛となれば検非違使ではなく陰陽師の管轄である。


「今上の様子は……? いえ、私が参上するわ。支度を」

 私の言葉に女房達がすぐに支度を始める。



「お姉様!」

 今上が顔を輝かせると、

「おねーさま! おねーさま!」

 鸚鵡おうむが真似をして大声を出す。


「相変わらず鳥達が賑やかですこと」

 私は扇の影で悲鳴みたいな声を上げている孔雀を睨みながら言った。

 時折、白鵝はくがもガーガーと鳴き声を上げる。


 唐猫が今上に近付きたがらないのも無理はありませんわ!


 鳥達がうるさくて仕方ありませんもの!


 唐人達もなんでこんな物を献上してくるのかしら……!

 孔雀を左大臣に下賜かしするように仕向けたのは失敗でしたわ……。

 

 あの時は里内裏になるなとは思わなかったのだ。


 分かっていれば左大臣ではなく他の公卿に下賜するように仕向けましたわ!

 右大臣が欲しがっているそうだから右大臣に下賜するように奏上しようかしら。


 右大臣邸が里内裏になることはまずないはずだ。


 孔雀を譲るから邸を見付けてほしいと頼めば探してきてくれるかしら。

 ついでに準三后も付けてくれるなら鸚鵡と白鵝も一緒に譲ってくれるように今上にお願いしてもいいですわ!


 とにかく早くこの邸から鳥達を追い出すか私が出て行くかしなければ頭がおかしくなってしまいますわ!


 ……何か大事な事を忘れているような?

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