ふたりでモフモフに会いに行こう!
八万
ふたりでモフモフに会いに行こう!
「鳥さぁん……鳥さぁん……どこですかぁ」
「ふふ、優斗ったらばかみたい。鳥さんが返事してくれるわけないでしょ」
今も彼女は優斗が着る上着の裾を引っ張って、優斗が勝手にどこかへ行ってしまわないよう、しっかりと手綱を押さえている。
二人は幼馴染で、現在北海道の同じ中学校の三年生だ。
現在どういう状況かといえば、中学の卒業式を目前に控えた休日に、由緒ある神社裏の自然溢れる遊歩道へと、デートにやって来ているのだ。
いや、デートと思っているのは陽菜だけかもしれない。
小柄で未だ中一くらいにしか見えない優斗は、見た目通り恋愛より小鳥に興味があるようで、唯一それが陽菜には不満点である。
優斗は昔から動物が好きで、特に小鳥が好きだった。
◇◇◇◇◇
――数日前
「はぁ……シマエナガ……シマエナガ……はぁ」
優斗は陽菜といつもの様に仲良く下校中、ずっとそんな事を溜息交じりにつぶやいていた。
「どうしたの優斗? 朝からずっとおかしいわよ?」
陽菜が問いただすと、日本では北海道にしか生息しない、シマエナガという白くてモフモフな小鳥がどうしても見たいと言うのだ。
同じ北海道でも、この地域では殆ど見かけられないらしい。
「春休みに探しに行けばいいんじゃない?」
「……いま見たいんだよ……陽菜ちゃんと」
優斗は顔を
「じゃあ、行こっか」
「えっ」
陽菜は何でもない事のように笑顔で言うと、優斗はしばらくポカンと彼女を見つめた後、雲間が晴れるように満面の笑みで喜びを表現した。
陽菜はそんな優斗の無邪気で子供っぽいところが大好きだった。
◇◇◇◇◇
「シマエナガちゃんいないな……いそうな雰囲気なんだけど」
「とりあえず、休憩にしない? わたし、優斗の好きな、おかか入りおにぎり作ってきたんだ。そこで食べよ?」
二人は、かれこれ二時間以上雪の残る山中を歩き回っても、未だシマエナガ一羽も見つけられなかった。
昼過ぎという事もあって、二人は
「はぁ……陽菜ちゃんと一緒に見たかったのに……」
「ふふ、また一緒に来ればいいじゃない、ね?」
後一時間程度で引き返さないと帰りのバスが無くなるのだ。
優斗が好物のおかかおにぎりを見つめながら残念そうに言うと、陽菜は慰めながら水筒の熱いお茶を渡す。
そんな時――
ピーピー――ジュルジュルリ
小鳥であろう可愛いさえずりが、凛と澄んだ空気のなか二人の耳に届く。
「……シマエナガだっ」
「えっ!?」
優斗は思わず叫びそうになるが、自分の口を手で塞ぎながら焦ったようにキョロキョロと辺りを見回す。
そんな優斗のおかしな反応に陽菜は面白がったが、彼女もまたシマエナガを見たいと思い、同様に探し始めた。
「いた……」
不意に陽菜の耳元に温かい息と声がかかり、彼女は思わず悲鳴をあげそうになる。
もちろん優斗のものであったが、いつものかわいい声ではなく、耳元への囁くような低い声だったので驚きと同時に心臓がどきどきし、陽菜の顔は沸騰したヤカンみたいに、火照ってしまった。
陽菜は自分の胸を押さえ、呼吸を整えようとするが、優斗の横顔が触れ合う程近くにあると思うと、自然と身体までが熱くなってしまう。
「見て……あそこだよ……」
またしても、陽菜の気持ちを知ってか知らずか、彼女の耳元に熱い吐息が――。
もはや陽菜にとってはシマエナガどころではない。
かわいい弟の様だった優斗にどうにもドキドキが止まらないのだ。
陽菜は初めての気持ちにどうにかなってしまいそうであった。
気持ちが抑えられなくなった陽菜は、勇気を出して中学卒業前にどうしても伝えたかったことを言うには、今しかないと決意する。
「あの……あのね……優斗……すき」
いつになく緊張した震える声が、静かな山林にすっと消えてゆく。
陽菜は俯きながら、目を閉じて震える両手をぎゅっと握り締めていた。
「ぼくも陽菜ちゃんがすきだよ」
数秒後に返ってきた、優斗の優し気ないつものかわいい声。
陽菜のこわばった肩からフッと力が抜けて、胸に温かいものが溢れてくる。
陽菜は恥ずかし気に優斗を見ると、優斗の横顔はどこか寂しそうだった。
「ぼく……春から東京に引っ越さないといけないんだ。父さんの仕事の関係でさ」
優斗は空を見上げながら言う。
「春から東京の高校に転校が決まってて……だから、陽菜ちゃんと一緒の高校に行けなくなっちゃったんだ」
「うそ……」
「今まで黙ってて……ごめん」
優斗は頭を下げて謝る。
「なんで……なんで言ってくれなかったの……優斗のばかぁっ」
陽菜は膝に顔を埋め必死で泣くのを堪える。
「シマエナガを見たかったんだ……陽菜ちゃんと」
それを聞いた陽菜は、我慢できずに号泣することしかできなかった。
「いい思い出ができたよ。陽菜ちゃんありがとう」
陽菜は優斗をいつまでも離したくないという思いがあふれ、彼の腰にぎゅっとしがみついてずっとずっと泣いていた。
ふたりを慰めているかのように、遠くでシマエナガのかわいいさえずりが山林にいつまでも染み入っていた。
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