指導者は運が良くないとね

新座遊

不運な首相

天文台からの緊急連絡がきた。

アステロイドベルトの軌道から外れた小惑星の一つが地球に衝突するかも知れない、とのことだ。


「衝突の確率は、いやその前に規模は、いやそれよりも対策はあるのか」

首相はちょっと慌てながら秘書官に聞く。

「至急確認します」落ち着いた声で秘書官は答える。

「と、とりあえずは地下の危機管理センターで対応しよう。地下ならちょっとは安全だろう、いやごほんごほん、情報統制しやすかろう」


官邸地下には日本の国難に対処するための秘密基地がある。マスコミにも公開しているのに秘密とはこれいかに。ようするに、マスコミにも教えてない場所があるっていうわけであり、内緒で掘り進めて温泉が沸き上がるレベルの地下1000メートルにそれはあった。


本当は国民にばれないように温泉を楽しみたいだけだったが、せっかくなので危機管理センター(裏)も設置したわけだ。設計者は、「これでガミラスの攻撃も防げる」などと天井裏に落書きしていたが、首相は気付かない。


なぜこのような巨大な施設が出来たか、予算的になぞめいているが、なんてことはない。予算委員会はそれなりに機能していても決算委員会なんてマスコミの興味対象からはずれており、使途不明金なんかはいくらでも捻出できるのである。


「米国とロシアと中国の動きが判りました。核ミサイルを小惑星にぶつけることで、地球衝突を避ける、というようです。これで安心ですな」


外務大臣が官邸地下にやってきて、慌てる首相を嘲笑うように言った。彼は首相とは別の派閥に属しており、さらに出身大学の偏差値が自分より低い首相をバカにするのが好きだった。


「そんな間に合せの対処でうまく行くのかね」

首相は良い歳して偏差値を自慢する外務大臣を心の底から軽蔑しつつ、そっけない態度で言った。「核ミサイルはそもそも第二宇宙速度も出せんのではないか?」

「首相は庶民だからご存知ないかも知れませんが、各国の核ミサイルは、当初から小惑星撃退を目的に製造されているんですよ。そうじゃなきゃ、人類が何十回も絶滅するほどの数は作りませんって」


「気象庁から緊急連絡です」

「今度はなんだ」

「鬼界カルデラが破局噴火する兆候を見せてます」

「なんだそれは」

「7000年ほど前に噴火して西日本の縄文文化を壊滅させた火山です。」

「た、ただちに当該地域住民に避難勧告をださないと」

「慌てないでください。逃げ切れません。諦めましょう。東日本にも火山灰がつもるので、その対策だけ考えましょう」


「米軍から緊急連絡です」

「今度はなんだ。いい加減にしてくれ」

「ミサイルが小惑星に命中」

「やったか!まずは一難去ったな」

「いえ、ロシアと中国のミサイルも命中して、軌道が元の木阿弥に」

「なにやってんだ、あいつらは」


「気象庁から続報です」

「悪い知らせか、良い知らせか」

「両方ですな。まずは良い知らせ。さきほどの鬼界カルデラについては誤報とのこと」

「よし。聴きたくないが悪い知らせは?」

「鬼界カルデラではなく、阿蘇山カルデラでの破局噴火が、発生しました」


「明日発売の週刊誌を手に入れました」情報調査室の調査官が乱暴に戸を開けて入ってくる。「首相の不倫のスクープです。国会対策をしなくてはなりません」


「とりあえず、辞任しよう。どうにもならん」

「辞任理由を正当化しないと歴史に汚点を残しますよ」

「歴史が残れば御の字だよ。辞任理由は、そうだなあ、隕石辞任って言っておけ」






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

指導者は運が良くないとね 新座遊 @niiza

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ