第5話③「勝利とその後」

 小剣はグラトニーの額を割り、アイリスの付与してくれた炎魔法でもって体を内側から燃やし尽くした。

 完全に不意をついたおかげだろうグラトニーは一切の抵抗が出来ず、床をのたうち回ってひたすら悶え苦しんだ後――パタリと動かなくなった。


 グラトニーが絶命した瞬間、王の間は歓声に包まれた。

 アイリスとシャルさんが僕に抱き着き、支配の首輪の呪いが解けた人たちが次々と正気を取り戻し、大歓声が沸き起こった。


 グラトニーのお腹の中からシンゴがドロドロの状態――胃液で溶かされかけていた――で発見された時はさすがに痛ましげな悲鳴が上がったけど、それすらもすぐに勝利と解放の喜びに変わった。


 本当の王様が殺され、悪魔貴族にとって代わられていたことはすぐに国中に告げられた。

 国民に与える衝撃を考えれば秘密にしておいたほうがいいような気もしたけれど、新王様となった王弟おうていヘルムート陛下は一切躊躇をしなかった。

 続けて、向こう十年に渡る大幅減税と圧政による被害者への手厚い保証を打ち出すことで、国民の気持ちをがっちり掴んだ。


 今度の王様はまともだぞ、国はこれから良くなるぞ。

 そんな希望が国中に広がっていった。


 王様就任と同時にものすごい勢いでお金を消費する陛下が失敗しないか不安になった僕は、ある日、王の間に呼び出された時に聞いてみた――


「……ずいぶん大盤振る舞いされているみたいですが、大丈夫ですか?」


「案ずるな。資金源ならそなたらが用意してくれたではないか」


「……僕らが? 資金源を?」


 はてなと首を傾げる僕に、陛下はこう説明してくれた。

 

 減税や被害者への保証資金はグラトニーの残した『支配の呪いの首輪』を分解し、無害な魔道具として売り出すことによって調達した。

 とても希少な品だったため国内外問わず買い手が集まり、しかも目の玉の飛び出るような高値で売れたため、すべての支払いが終わっても国庫は大幅に潤う見込みなのだという。


「はあ~……なるほどぉ~……」


 敵の残した貴重品を利用するという無駄のない対応に感心している僕を、陛下がニヤリと笑った。


「ちゃっかりしてると思ったか?」


「そ、そそそそのようなことはっ?」


「よいよい、転んでもただは起きぬのが為政者というものなのだ」


 陛下はカラカラと笑った。


 ううむ……この落ち着きに余裕、最初から兄を追い落とし王様の座を狙っていたんじゃないかという噂はもしかしたら本当なのかも……。

 などど恐ろしい考えを巡らせる僕に――


「おっとそうだ。今日呼び寄せたのは他でもない。我が国のために尽くしてくれたそなたら三人に、特別に褒美をとらせようと思ってな」


「え? 褒美?」


 思ってもみなかった展開に硬直する僕に、陛下は重ねてこう言った。


「異世界召喚者ヒロ・タナカ。炎の魔女アイリス・イー・ヴェルボー。聖教会神官シャルロット・ド・ルノワール。そなたら三人を、これより『国選勇者』として認定する」


「「え?」」


 僕の両隣に控えていたアイリスとシャルさんが凍り付き、ひとり事情のわからない僕だけが、「こくせんゆうしゃ? 何それ?」と間の抜けたことを聞いていた。




 ◇ ◇ ◇




『国選勇者』というのはこちらの世界の国家群特有の称号だ。

 魔王軍の侵攻などの国難に際し功のあった者に与えられ、今後も継続的に国に仕え国のために働くことを求められる。


 何せ『勇者』なので求められる能力や危険は段違いだけど、それを補って余りあるほどの待遇が得られる。

 具体的には武器や鎧などの装備品の無制限の貸与、月ごとに与えられる多額のお給金、無課税、住まいや召使い、国内の移動の無制限、国外の活動における国手厚い保証etc……


 冒険者なら誰もが夢見る、ある種の到達点なのだけど――残念、僕たち三人は揃いも揃ってコミュ障なのだ。

 国選勇者という言葉のプレッシャーに押しつぶされそうになり、会話も行動もぎこちなくなり、その後の生活はめちゃくちゃになってしまった。


 アイリスは若き魔法使いに講義をするよう求められた結果、いつにも増して噛み、唇や舌を激しく負傷した。

 シャルさんは擦り寄って来る女神官……はともかく男神官たちの圧に怯え、日々半泣きになって逃げ回っている。


 かくいう僕も、苦労の連続だった。

 記者さんたちから取材された時はまたも『粘液』が誤発動して女記者さんを(なぜか女記者さんだけを)辱めてしまったし、女の子にサインを求められた時もやっぱり誤発動して……(以下略)。


「だいたいサインってのは有名人とかが書くものでさ、僕みたいなパンピーの陰キャが書くものじゃないんだよ」


 どういうわけか女の子だけを辱めてしまう誤発動はともかくとして、その日も僕はボヤいていた。


「「「「うおおおー! ヒロくんだ!」」」」


 ぶつぶつとつぶやきながら城の中庭に入ると、クラスのみんなが一斉に駆け寄って来た。


「ヒロくん来た!」


「ヒロくん! ヒロくん!」


「え? え? え? 何これカツアゲ!? 僕カツアゲされる!?」


 みんなはまさかの反応に怯える僕を取り囲むと――


「ヒロくんあの時はホントにありがとな!」


「ヒロくんがいなかったら俺らあの化け物にヤバい目に遭わされてたわ~」


「すごいよね、粘液をあんな風に使うなんて。全然外れじゃなかったんだ」


「度胸もあるよ。普通はあそこまで堂々と戦えない」


 今まで僕のことなんて歯牙しがにもかけなかった人たちが、盛んに感謝の言葉を伝え、褒めてくれる。


「ヒロくんヒロくん、こっち来て教えてよ」


「わたしもわたしも~、戦い方でわかんないことあって~」


「そうだ、今度俺らとひと狩り行こうぜ」


「ヒロくんのこと、頼りにしてるからね!」


 僕を頼りにし、僕主体のパーティを組んで魔物狩りに行こうとまで言ってくれる。

 それは確かに嬉しいことなのだけど……。


「あ、あ、あ、あのっ。僕ちょっと用事を思い出したからっ」


 緊張感マックスに達した僕は、誤発動を起こす前にとその場を慌てて逃げ出した。




 ◇ ◇ ◇




 中庭を逃れ、ひたすら長い回廊を走って、走って。

 手近にあったベンチに腰掛けると、僕は大きなため息をついた。


「……あ~あ、逃げちゃった」


 今まで期待とは無縁の人生を送ってきただけに、人の注目を浴びるのが辛い。

 嬉しくないわけじゃないんだけど、期待に応えられないのが苦しいんだ。


「でも、しかたないよね。国選勇者なんて柄じゃないし……。僕なんか、みんなと一緒にウェイウェイするよりこうして端っこでジメッとしてるのがお似合いで……」


「――こんなところにいた」


 え、と思って振り返ると、そこにいたのはコマちゃん先生だった。 


「ごめんなさいね、ヒロくん。みんな騒いで、びっくりしたでしょ?」


「あ……はい」


「っと、その前に挨拶からですね。ひさしぶり……元気でしたか?」


「ええまあ、おかげさまで……」

 

 何の気なしにした返しだったのだが、先生は突然涙を流した。


「え、どうして? どうして泣いて……?」


「ごめんなさい……あの時助けられなくて……っ」


「……あ」


 僕はようやく気がついた。

 先生が泣いているのは、僕の追放と指名手配に関してだ。

 僕を助けられなかったことを、彼女は今も悔いているんだ。

 そこへ「おかげさま・ ・ ・ ・ ・」なんて言ったら嫌味に聞こえるのは当たり前で……。


「ちちち違うんです。僕、そんな意味で言ったんじゃ……っ」


「いいんです、教師失格なのはわたしが一番知ってることですから……」


 ぐいと涙を拭うと、先生は赤くなった目で僕を見つめた。

 

「正直、土下座をしたって許されないことだと思ってます。許しを乞うことすらあり得ないような……。でも、わたしは教師なので……」


 強い決意の籠った口調で、先生は言った。


「その上で、あなたにお願いがあります。さぞや図々しいと思われることでしょうが……それでもわたしたちは、あなたに救ってもらわなければいけないのです」


「……先生たちを、僕が救う?」

  

 驚く僕に先生が告げたお願い、それは――

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