第2話④「救助と歓待」

 森の中で助けを呼んでいたのは、三人連れの家族だった。


 状況的には先ほどまでの僕とアイリスに似ている。

 違うのは三十代だろう夫婦が岸辺にいて、十歳ぐらいの小さな女の子が増水した川の中に取り残されているということ。

 川の半ばまでせり出した倒木の端っこに娘さんの服が引っかかっているので流される寸前で耐えているが、いつまで保つはわからない。

 まさに風前の灯火といった状況だ。


「あんたら冒険者か!? 頼む、娘を助けてくれ!」


 僕らの存在に気づいたお父さんが、必死に懇願して来る。


「どどどどうしよヒロっ。このままじゃ女の子が……っ。そうだっ、あたしの炎魔法で川の水を蒸発させるのはどう!?」


 状況を察したアイリスは、これに同調するかのように動揺。


「落ち着いてアイリス、それじゃ女の子が焼け死んじゃうっ」


「じゃああんたの『ねばねば』で川をせき止めちゃうのは!?」


「僕の『粘液』にはそこまでの力は無いしっ、そもそもそんなことしたら女の子を窒息させちゃうよっ」


「うううう~……っ、でもでもでもっ、でもでもっ」


「とにかく落ち着いて、一緒に考えようっ」


 目をぐるぐるさせて混乱するアイリスをなだめつつ、僕は女の子を救う方法を模索した。


 んー……使えるとすればやはり『ねばねば』かな?

 アイリスの言うような使い方はさすがにあれだとしても、女の子の体にくっつけて岸まで引っ張るというのは悪くないアイデアだ。


 でももし失敗したら? それこそシンゴの時みたいに女の子の顔に引っついちゃったらどうしよう?

 川に流されるよりも先に窒息させちゃうんじゃ?

 仮に上手いことくっつけられたとしても、引っ張る途中で倒木や流木、川底の石なんかにガンガンぶつけて傷つけてしまう可能性だってあるのでは?

 たとえ命が助かっても、重大な後遺症が残るのでは?

 悪い予感ばかりがムクムクと、心の中に暗雲のように立ちこめる。


「……待てよ? ――そうかっ、さっきのあれだ!」


 そんな中、キラリ閃光の如く閃いたものがある。

 それは、ついさっきアイリスと話していた『セ〇ウェイ』改善案から得た着想だ。


「よし――行くぞっ!」


 僕は『ねばねば』を二回起動すると、一方を自分の腰に巻き付けた。

 もう一方を岸辺に生えていた木に巻き付けて即席の命綱を作ると、川に浸っている倒木にまたがった。


「ヒロ! どうするつもりっ!?」


 僕の大胆な行動に驚きの声を上げるアイリス。


「アイリスお願い! もし僕らが・ ・ ・流されたら ・ ・ ・ ・ ・、向こうのご両親と一緒に引っ張って!」

 

「……わかったわっ! さっきのあれの要領ね!?」


『セ○ウェイ』改善会議から間もないせいだろう、短い説明であってもアイリスは理解してくれた。

 僕の意図を娘さんのご両親に必死で説明すると、三人で『ねばねばの糸』を掴み――


「こっちはいいわよー!」


 大声で合図をくれた。


「ありがと! アイリス!」

  

 言葉足らずの説明にも即応してくれたアイリスの理解力と行動力に感謝しつつ、僕は倒木の上を進んでいく。

 ずりずり、ずりずり。

 少しづつだけど、女の子との距離を詰めていく。


「大丈夫だよ! 今お兄さんが助けるからね!」


 女の子は真っ青になって固まっているが、川に落ちるところまではいかない。

 やがて僕の指先が女の子の服に引っ掛かり――その瞬間、メリメリメリッという音と共に、倒木が真っ二つに裂けた。


「ちょ――」


 僕は慌てて女の子に飛びついた。

 ぎりぎりのところで体を掴むことは出来たけど、一緒になって川に落ちてしまった。


「……ごぼごぼごぼっ」


 川は流れが強く、当然だけど泳ぐなんて出来やしない。

 女の子の体を離さないようにするので精いっぱいで、他には何も出来ない。


「……ロ! ……ヒロっ!」 


 遠くでアイリスの声が聞こえるが、姿は見えない。

 今自分が上を向いているのか、下か、それすらもわからない。

 

「……信じるしか……ないっ」


 息苦しくて、今にも意識を手放してしまいそう。

 だけどそれをしてしまえば、その瞬間に僕らの命は濁流に消える。

 僕はアイリスを信じて耐え続けた。

 僕の友達を、僕と同じような苦境を耐えて生きてきた同胞を。

 耐えて、耐えて、耐えて――薄れゆく意識の中で、やがて――


「……やった! 掴まえた!」


 ハッと気が付くと、僕は岸に引き上げられていた。

 呼吸が楽になり、視界が明るくなっていた。


「ヒロ! 大丈夫!? 生きてる!?」


 体に重みを感じたと思ったら、それはアイリスのものだった。

 目に涙を浮かべたアイリスが僕に抱き着いてきて盛んに叫んでいる。


 女の子のほうはお父さんが抱き上げていた。

 喜びの涙を浮かべている所を見ると、どうやら無事のようだった。


「はあ~……よかったあ~」


 助かった、と思った瞬間気が抜けた。

 疲労のせいもあって、体がまったく動けない。


「よかったあ~……じゃないわよもうっ! あんな無茶してっ!」


 喜び半分、怒り半分といったところか。

 目尻に涙を浮かべたアイリスが、激しく僕を叱った。

 至近距離から僕をにらみつけると。


「なんとか助かったからいいようなもののっ! あんたが死んだらと思ってあたし……気が気じゃなかったんだからねっ!?」


「うう……ごめんよ?」


「自分を犠牲にしてまで人助けしたって、あたしは全然喜ばないんだから! わかった!?」


「はい……わかりましたっ。はい、ごめん……許してっ」


 荒ぶるアイリスを、どうにかこうにかなだめすかしていると……。


「……あっ」


 腕を上げた拍子に、ブレザーの両脇が破れた。

 見ればワイシャツも破れ肌が露出しているし、革靴にいたっては先端がパカリと口みたいに開いている。


「ここまでずいぶん無理させてきたからなあ……」


 現代日本の縫製技術がいかに優秀だろうと、ここまでハードな使われ方をしてはどうにもならないということだろう。

 

「早くどこかで代わりの服を見つけないと……ん? どしたのアイリス?」


「べべべべべっべ別にぃっ? あんたの肌なんて見てないしいぃっ?」


 男の肌を見るのが恥ずかしいのだろう、顔を赤らめ目をそらすアイリス。


「いいい意外とぉ? 筋肉あるなとかぁ? まったく思ってないしぃっ?」


「あの~……取り込み中のところ申し訳ないが……」


「うきゅぃぃぃぃぃいっ!?」


 娘さんのお父さんが話しかけてきたことにアイリスは仰天、謎の小動物みたいな声を上げた。


「ああ、驚かせて申し訳ない。ゴホン――改めてお礼を申し上げます。あなたたちは娘の命の恩人だ。感謝の意味もこめて、わたしらの村にお越し願えませんか? 些少さしょうではありますが、歓待などさせていただけたらと思うのですが……」


 思ってもみなかったお父さんの申し出に、僕とアイリスは顔を見合わせて驚いた。

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