第1話③「ひとりぼっちの異世界生活」
女子たちを『ぬるぬる』
考えられるかぎり最悪のやらかしをしてしまった僕は、全力でその場を逃げ出した。
直感に従った行動だったけど、これが結果的には大正解。
クラスメイトからのブーイングはもちろんだけど、有力な『勇者』候補を殺されかけたことに激怒した王様が、『外れスキル』の持ち主である僕を見せしめに捕らえ、極刑にするよう兵士に言い渡したんだ。
あの場に留まっていれば問答無用で逮捕、弁明も謝罪も聞いてくれずに即死刑。
僕に恨みを抱いていたシンゴによって、嬲り殺しにされていたに違いない。
そういった意味ではベストな判断が出来たと思うんだけど、後に残されたのは悲惨な現実。
懸賞金付きの手配書がバラまかれた結果、王国軍はもちろん冒険者や一般市民からも狙われるお尋ね者になってしまったんだ……。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで野を越え山を越え、過酷な逃亡生活を始めてから
「にしてもひどいよなあ~……」
昼なお暗い森の中、猟師が踏みしめたのだろう細い道を歩きながら僕はボヤいた。
「僕だって勇者候補のはずなのに……いやもちろんさ、女の子にセクハラしたり、シンゴを殺しかけたりしたのは悪かったけど……。全部不可抗力なわけだし……」
道中拾った手配書には、僕の似顔絵がいかにも悪人っぽく描かれている。
目つきが鋭くて(実際にはたれ目)、頬に刀傷があって(実際には無い)、これなら人の二、三人殺しててもおかしくないって感じの顔をしている。
「おかげさまで顔は似てないから手配書の効果としては微妙だと思うんだけど……この制服はさすがに目立つかな」
LHR《ロングホームルーム》中に召喚されたので、服装は学校指定のブレザーに革靴だった。
縫製技術もデザイン的にもこちらの世界にあるものじゃないので、まあ目立つこと目立つこと。
ブレザーを脱いで腰に巻いたりという悪あがきはしてみたけど、いかにも焼け石に水という感じ。
「なんとか服を手に入れなきゃなんだけど、この格好で人里には降りれないし……。魔物の着てるのを剝がそうにもサイズが明らかに合わないし……」
ここへ至るまでに、僕はすでに何度か魔物と遭遇していた。
一、森に入った瞬間、狼の群れに囲まれる→『ねばねば』を連打して数頭の顔に当て窒息させたところ、残りはビビって逃げていった。
二、川の水を飲んでいたところを雄オークに襲われるが、身長差があるせいか上手く顔に『ねばねば』を当てられない→『ぬるぬる』で転倒させたところに改めて『ねばねば』を当て、もがいているところを手ごろな木の枝で殴りまくった。
三、雄オークを助けに来たのだと思われる雌オークに間違って『どろどろ』を当てる→雄オークが目覚め、いたたまれない状況になる。
狼はそもそも裸だし、オークはでっかい腰ミノみたいなものしか身に着けていなかった。
冷静に考えてみると魔物が人間サイズのちょうどいい服を着ているわけもないので、現地調達はかなり難しい。
しばらくは制服と革靴でいくしかないみたい。
「ま、戦えるようになったのはよかったけどさ」
実戦で使ってみた感じ、『粘液』はかなり使い勝手のいいスキルだった。
『ねばねば』は相手を窒息させたり動きを封じることができる。
『ぬるぬる』は転ばせることで相手の体勢を崩し、そこへ改めて『ねばねば』を当てたりそこらの石や木の枝で殴りつけたりできる。
『緊張すればするほど強くなる』特性もいい感じ。
『ぬるぬる』に関しては……まあ、その……ね(遠い目)?
そうそう、なんだかんだでレベルもけっこう上がったんだ。
最初一だったのが、今では十一。
ステータスがアップしたおかげで筋力がつき体力がつき、今なら王国兵士の二、三人ぐらい余裕で相手できるんじゃないかな。
「さ~て、この後はどうしようかな? たしかひたすら西に行けば国境なんだっけ? でもまっすぐ行くとアップダウンが激しい地形が待ってるし……遠回りしてなだらかなとこを行く? でもその分遠くなるからなあ~。このままだと国境まで何日かかるかわかったもんじゃないし……」
リディア王国の手配書の効果の及ばない隣国へ渡るのが現在の目標なんだけど、何十キロにも及ぶ自然の原野を(しかも魔物が生息する土地を)縦断するのは、今の僕でも相当キツい。
足の裏にはマメが出来てるし、神経もガンガンすり減ってる。
どうすればいいのかな? う~ん……と悩んでいる時にハタと気づいた。
「これ……『ぬるぬる』を使えばいいんじゃないかな? えっと、両足の周りを覆って……」
両足の周りを
高さは二十センチといったところか。摩擦係数が限りなくゼロに近いので、このままだと右へ左へフラフラ揺れて危ないんだけど……。
「そこへちょうどいい感じの木の枝を突き刺してハンドル代わりにして、行きたい方向に体を傾けてみると……」
木の枝のTの字の形になった部分を握ると、簡易セ○ウェイの完成だ。
本家と違って電動じゃなく、自重の移動だけが動力源だけど。
「おおーっ、よしよしっ。思ったよりも使い勝手がいいぞっ」
使ってみると、これが存外うまくいった。
最初はスピード調整が難しかったけど、やってるうちに慣れてきた。
ブレーキが無いのでスピードの出しすぎには注意だけど、歩くよりも全然マシだ。
「これで国境まで一気だっ。国境を越えれば指名手配も関係なくて……っ」
クラスメイトとも離れ離れになる――もう二度と、会うことはない。
「……っ」
その事実に気づいた瞬間、僕は硬直した。
セ○ウェイの動きを止め、しばしその場にとどまった。
「これで完全にひとりきり……か」
それまでの浮かれた気分は、いつの間にかどこかに吹き飛んでいた。
もともとぼっちだ。
友達はいないし、仲の良い人もいない。
家族は優秀な弟の方にかかりきりで、僕のことはとっくに見捨ててる。
唯一の味方だったコマちゃん先生だって今や他の生徒の面倒を見るので手一杯で、いちいち僕なんかのことを気にしていられないだろう。
それ自体はいいんだ、僕なんてしょせんその程度の存在だから。
でも、本当の意味で『もう戻れない』というのは怖かった。
みんなが魔王を倒しても、この世界に平和をもたらしたとしても、僕は元の世界に帰してもらえない。
現代文明を味わうことはもうできない。
電車に乗ることも、テレビやネットを見ることもない。
今は節約してるから使えてるスマホだって、そのうち完全に動かなくなるだろう。
「この世界でずっと暮らすのか……」
それは考えれば考えるほどに重い事実で――
「うへえ~……けっこう重いなあ~……」
衝撃を受け立ち尽くす僕の耳に、女の子の声が届いた。
「――なんなのよもう! ああああっちへ行きなさいよ!」
恐怖のあまり声の震えた――それは明らかな悲鳴だった。
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