トリあえず

もと

レェディースアーンジェントゥーマーン

 昔々、あるところに――

「おいクソババア! 今日もテメエの為に山で柴刈しばかってきてやらあ!」

「しゃらくせえクソジジイだね! あたしゃアンタの為に川で洗濯してきてやんよ!」

「ケッ、出会った頃と同じぐらいかそれ以上に働き者だなあコラ」

「やかましい、逞しいその背中見えなくなるまで見送ってやるから早く行きな」

 ――おじいさんとおばあさんが住んでいました。

 今日もおじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きます。

 おじいさんが刈ってきたしばは、おばあさんが煮炊きの火起こしに使ったり、村の人へ格安で譲ってあげたりします。おじいさんが厳選して採ってくる柴はここいら一帯で最上級の代物しろものだと評判です。素晴らしいですね。

 おばあさんの洗濯は主におじいさんのふんどしと猿股と着物です。すぐ柴刈りに夢中になるおじいさんが毎日のように大も小も漏らしてくるので、おばあさんの洗濯に終わりはありませんが幸せです。素晴らしいですね。

 なので年がら年中朝昼晩四六時中と川にいるおばあさん、上流からドンブラコンと流れてくる大きな桃を見逃すはずがありません。

「よっしゃあ! いつもご苦労さんなクソジジイは甘いモンが好物だしねえ! 良い土産が出来たじゃないか!」

 たくしあげた着物の裾、鍛えられたふくらはぎ、縦に割れた太ももの筋肉、艶やかな上腕二頭筋、洗濯板のような手のひらとあかぎれの絶えない細い指が、たゆたゆ流れてくる大きな桃を捕まえました。洗ったばかりのおじいさんの着物を広げて包みます。それを背負っておばあさんは家へ帰ります。鼻歌をうたっています。可愛らしいですね。

 一方その頃おじいさんは柴を一草一本ずつ確かめながら集めていました。流石の貫禄、職人のそれです。そして中でも気に入った物があると、くわえて片足を石にあげ、『何十年振りかで故郷へ戻り幼い頃に嫁にすると約束したひとを待っていたら、旦那と坊主を連れて寄席を見て着物買って蕎麦を食ってきたらしい裕福そうなそのひとに遭遇しちまった風来坊』ごっこをしています。可愛らしいですね。

 おばあさんは家でおじいさんを待っています。やがてとどこおりなく、おじいさんが帰ってきました。

「クソジジイめ遅いじゃないか! くたばっちまったかと思ってAED背負ったとこだよ! おかえり!」

「なんだよクソババア! テメエのその可愛げごとハグしてやるから来な! ただいま!」

 感動の再会です。一発済ませてから早速おばあさんは桃を紹介しました。おじいさんも見た事もない大きさだと大喜び。

 早速やいやいと切ります。たまたま家にあったまぐろ包丁で半分に。

 すると中から元気な泣き声が、切断まではいかずとも、ちょっと切れちゃって桃の果肉と血で真っ赤に染まった肉塊の泣き声が。

「なんじゃこりゃ」

「異形かい?」

「赤ん坊だ」

「人外かい?」

「人の子だ」

「人の子かい?」

「どうするか」

「アンタが決めな。こんな時でも冷静沈着、正確に的確に物事を見られるクソジジイめ、惚れ直すじゃないか」

「なら育てるぞクソババア。テメエが子無しを嘆きながら他所よその子の世話役買ってたのは知ってんだ。好きなんだろうわらべがよ、コイツを二人でクソみてえに幸せにしてやろうじゃないか」

「アンタがこうすると決めた事にあたしゃついてくよ」

「いつだってそうだなあ、テメエは」

 桃の中にいた人の子は『桃太郎』と名付けられ、おじいさんとおばあさんに大切に育てられました。桃から生まれて半年で50センチ、一年で1メートル身長が伸びます。おじいさんとおばあさんの世代は座高も計ります。それはそれは大変な計測で、計っている最中に岩戸が閉じたり開いたりヤマタノオロチが死んだり甦ったり13日の金曜日を柴一本で乗り越えたり何も無い日を祝ったり等々もしましたが、それはまた別のお話。

「お養父じいさん、お養母ばあさん、お話があります」

 桃太郎が桃から生まれて五年目のある日、突然にして必然で自然に淀みなく、桃太郎はおじいさんとおばあさんに言いました。

「これから鬼ヶ島に行って村に悪さをする鬼を退治してきます」

 遂にこの時が来たかと、おばあさんはゴクリと覚悟を決め、おじいさんはジワリと漏らし、牛はモウモウ、ネコはニャア、キツネはコンコン、ヒツジはメエ。

「桃太郎、強さは弱さだ。弱さは強さだ。ゆめゆめ忘れる事なかれ」

「そおれ持っていきな、吉備団子きびだんごさ。くたばるんじゃないよ」

「ありがとうございます。行ってまいります」

 一年で1メートル伸びた身長はもはや5メートル30センチ、なかなか高身長に育った桃太郎はいざ旅立ちました。ちなみに30センチは生まれた時の身長です。順調に一年で1メートル伸びました。ところで、基本的に文章の中の数字、特に年月日は漢数字で書きたいタイプです。でもメートルやグラムなどの単位が付く時は『1メートル』と書かないと気持ち悪いです。でもでも全てどちらかに揃えたい日もあります。今日はバラバラにしておきたい気分です。そういう事って良くあるでしょう。

 ともかく子煩悩なおじいさんとおばあさんにとって風の便りが頼りです。文字通り風が桃太郎からの便りを運びます。おじいさんとおばあさんは風の厚意におおいに甘え、都度返事を書いては風に乗せ桃太郎へ届けてもらいます。

 その文通は一年ほど続いていましたが、ある日を境にぱったり途切れてしまいました。桃太郎に何かあったのでしょうか。もしくは毎日気軽に使われ感謝の気持ちも薄まった雰囲気が嫌になった風が届けなくなったのでしょうか。もしくは自分達の周り以外の世界が無くなったのでしょうか。

「クソババア、仕方ねえから桃太郎を探すぞ」

「あたしゃアンタについてくだけだよ」

 おじいさんはカプセルコーポレーションっぽいバイクに颯爽と跨がります。そのサイドカーにおばあさんが乗ります。そのサイドカーのサイドカーにウシがモウと乗ります。そのサイドカーのサイドカーにネコがニャアと乗ります。そのサイドカーのサイドカーにキツネがコンと乗ります。そのサイドカーのサイドカーにヒツジが乗った所で、おじいさんはおばあさんが乗ったサイドカー以外を全て焼き払いました。

 そして村の皆とヤマタノオロチやジェイソンや帽子屋等々に、しばらく留守にするからシクヨロと焼いた肉を配りながら挨拶まわり、ぐるぐるまわり何周かまわりキリの良い所で国道に出ます。

 二人の、桃太郎を探す旅が始まりました。

 はたして桃太郎は小一時間ぐらいで見つかりました。

 山を越えてすぐの所で体育座りをして、頭を膝に乗せ、地面に何やらモジモジ描いています。体育の授業中に暇になってしまった子供のようです。よくある光景ですね。

「やいやい桃太郎、我が愛し子! なにしてやがる! 鬼退治はどうした!」

「怒らんから言ってみな、な?」

「……から、です」

「ああん? 聞こえねえなあ! 腹から声出せヴォイ!」

「怒らんて、大丈夫だから、な?」

「……かったから、です」

「ああん?!」

「クソジジイ、もっと優しくしてやりなこのスットコドッコイ!」

「うっせえクソババア! テメエは桃太郎に甘過ぎるんだ! いっそ言わせてもらうがな家族にゃもちろん誰にでも優し過ぎて不安になるだろうがベラボウめ!」

「一人息子に甘くて何が悪りいんだクソジジイが! こっちも言わせてもらえばアンタはいつだって張った声がハスキーでセクシーで男前過ぎんだよ!」

 キッと桃太郎が顔を上げました。地面に描いていたのはパンの似顔絵です。大きな丸の中に三つの丸を横に並べ適切な所に目を置くだけで、なぜだかそれが頬、鼻、頬に見えるという不思議なアンパンの絵です。桃太郎は叫びました。

きじに会えなかったからです!」

「お? おう?」

「あなや」

「お供になる犬と猿には出会えたのですが、いくら探しても雉に出会えず、そうこうしている内にいつの間にか犬は居ぬ、猿も去る、一人になってしまいました。あ、鬼ヶ島には遅れるとLINEで伝えてあります」

「そうかあ、まあ先方に連絡してんのなら大丈夫か」

「クソジジイ言葉が足りないよ、大丈夫どころじゃないよまったく。雉に会えなかったなんて可哀想にねえ不憫な桃太郎。でも、ちゃーんと遅刻の連絡を自分でするんだ、えらい賢くてさとい子だよ。本当に自慢の息子だ」

「お養父じいさん、お養母ばあさん、一回帰って出直しても良いですか」

「もちろんだとも」

「よおしよし、今夜は腕によりをかけてご馳走作ろうかねえ」

 6メートル30センチになった桃太郎を真ん中に、おじいさんとおばあさんは仲良く家に帰りました。あの山で体育座りからようやく立ち上がった桃太郎の尻に白骨化した雉が、比較的新しい感じの犬猿が、紙のように薄く張り付いていたのは、おじいさんとおばあさんのインマイハート。そしていつまでも仲良く三人で暮らしました。月から迎えが来たり茶釜を被った畜生と一悶着あったり畜生が手袋を買いに来たりするのは、また別のお話。

 そしておじいさんとおばあさんが仲良く逝った後、村の端でいつもぼんやり体育座りをしていた桃太郎は天寿をまっとうしました。が、もう座高すら計る事も出来ないほど巨大化した桃太郎、やがてその体は地球へと還り始め、肉は土になり骨は山になり髪は川を流し、苔むし草生えて花が咲き木が育ち皆が桃太郎を昔話にした頃、ようやくあの果実がプリンと尻のように桃々しく実りました。

 やがて大きく育ちいつか時代を見定め、またドンブラしていく事でしょう。めでたしめでたし。




 タイトル

 『残念ながら鳥、会えず。鬼、待ちぼうけ』

 おわり。

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