今日の退社は白い烏(トリ)あえず

白千ロク

本編

 金曜日の会社帰りには、スーパーによってちょっとお高いスイーツを買うことにしていた。いわゆる、自分へのご褒美である。ちょっとお高くとも、時間的に割引品になってしまうが、今回はケーキセットを選んだ。いちごショートケーキとチョコレートケーキがそれぞれひとつずつの二個入り。あとはが好きな薄切りジャーキーを一袋。


 買い物カゴに入れたのはそのふたつだけ。他に買うものはないので、手早く会計を済ませて店を出る。


 茜に染まる道を進むと小さな公園があるので、まずはそこを目指した。アパートの途中にあるので、寄り道でも軽い方だろう。どの道を通っても、結局は公園の前は通らなければならないし。


 中に入ってすみの方にいくつか設置された背凭れのない石製のベンチのひとつに腰を下ろして通勤カバン――リュックサックとエコバッグを隣に置くと、エコバッグからジャーキーの袋を取り出した。リュックからガジェットケースも出して、ミニハサミも出す。袋を開けて味見をひとつ。うん、おいしい。余ったらいつものように一杯やるか。酒ではなくお茶でだけど。


 あの子――白い烏は味見をしている間に顔を出してくれるが、今日はまだ来てくれない。誰かのペットであったとしても、気まぐれなんだろうか。烏の性格なんていうのは正確には解らないけど、頭はいいんだし、気分もあるだろう。


 ちなみに、私が白い烏を見たのは二度目である。一度目はテレビのバラエティ番組で。二度目は現実リアルの方で。これは半年ほど前になるかな。家まで我慢できずにこうして公園で買ったどら焼きを頬張っていた時に、リュックの隣に止まったのだ。真っ白だったから驚いたよ。


 こんにちはと軽く挨拶をするかのようにカアと短く鳴いた烏は、野生にもかかわらずふっくらふわふわで、思わず撫でてしまった。そしてもっと撫でろと言いたげに躯を擦り寄せてくるものだから、かなり人に慣れているなとも思った。野生ではなくペットなんだろうか。このふわもこ具合は厳しい自然界では難しかろう。硬そうに思える烏の羽がここまで触り心地のよいものになるのかは知らないが、実際にこの烏はふわもこなので、時間とお金をかけさえすればこうなるんだろうね。


 持ち歩いている除菌シートで手を吹いてから、ふわふわを堪能させてくれたお礼にと、どら焼きの端を千切って烏の前に置いてあげる。烏は機嫌よさげにどら焼きを啄み始めた。


 ――それから私と白い烏との関係が始まったのだ。金曜日の会社帰りだけだが、中々にのんびりした時間である。


 ジャーキーをみっつほどお腹に収めても、烏は顔を出さなかった。


 こんな日もあるかなーと片付けて、静かに公園を後にする。遊具が滑り台だけなのはなんとなく寂しい。あとは砂場と地面なんだよね。危ない遊具は撤去撤去で、残されたのは人があまり来なくなった公園だ。いまは娯楽がたくさんあるから、外で遊ぶ必要が少ないからね。


 週休二日制を堪能して、また金曜日。今日は栗どら焼きとジャーキーを購入した。どら焼きは二個も買ってしまったが、栗どら焼きがおいしいのが悪い。


 ベンチに座ってジャーキーを開けると、カアと鳴き声が響いた。視線の先、ベンチの端にちょんと止まるは白い烏。


「今日は来たね」

「カア」


 こっちも忙しかったんだと言っているような気がなんとなくするが、動物の言葉が解るわけがないので、気がするだけだろう。飼い主さんに気が付かれずに抜け出すのは苦労の連続だということか。大変だねと頭を撫でてやると、「カア」と鳴く。うーん、大変そうでも、そうでもないのか……?


 それよりもと言いたげに、一度ベンチをつついた烏はジャーキーを見つめてくる。早く食わせろと言いたいようだ。はいはいとジャーキーを足元に置くと、烏は素早く啄んだ。


 では私はふわふわを堪能しよう。もちろん、先週の分も含めてね。




(おわり)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

今日の退社は白い烏(トリ)あえず 白千ロク @kuro_bun

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説