ivy
白木 咲夏
第一章
とある村はずれの、深い深い森の奥。
「どうして……どうしてあたしだけ……」
ひとりの少女が泣いています。
右の手には、模様の刻まれた剣。
そして、なにより目を引くのは、足元から少女を求めるように伸びる、太いも細いもさまざまな蔦。
それからどうにか逃れようと、少女は剣を振るいますが、望み通りにはいかず、とうとう動けなくなってしまったのでした。
「もう、こんなことならいっそ……」
少女の消え入りそうな絶望に、足を止めた人がいました。
「……どうかしたのかい」
天から降ってきた声に、思わず顔を上げる少女。
目が合ったのは、自分と同じように足元から蔦を纏った、背の高い男の人です。
見かけからして、旅をしているのでしょうか。
きれいな石のかけらをひとつ下げた、首飾りがよく目立つ人でした。
「蔦が切れないの、助けて」
藁にもすがるような思いで、少女は助けを求めます。
「確かに、その剣の使い方では難しいだろうね」
旅人は、自分の思ったままの事を素直に口にしました。
そこには、少女を馬鹿にするような気持ちはまったくありません。
「……あなたもあたしを馬鹿にするのね。いいわ、やっぱり自分でなんとかする」
しかし、少女は旅人の言葉を悲しい意味に受け取ってしまいます。
「なんとかするのはいいが、どう見ても君一人では解けないと僕は思う」
「分かってるわ、あたしは剣が下手だってことぐらい」
依然としてまっすぐな旅人の言葉に、少女はまた、どこかひねくれたような調子で答えました。
「いいや、君の剣の扱いを下手にしているのは、きっと君だけのせいじゃない」
「なにが言いたいの?」
旅人の、どこか遠回りをするような態度に、少女は少しいらいらし始めます。
心のなかでは、いつ追い払おうかとも考えだしました。
「その剣を、貸してくれないかい?」
「……いいけど、持っていかないでよ」
旅人からの予想外な言葉に、一瞬驚きながらも、少女はすぐに、厳しい目つきで剣を渡しました。
「もちろん、そんな真似はしないさ」
旅人は、お礼を言って剣を受け取ります。
そして、しゃきん──と小気味よい音を立てて、少女に巻きついた蔦を切ってみせました。
「あっ……」
突然、腕が少し楽になったので、少女は思わず目を丸くします。
「どうだい? 少しは剣が動かせるようになったはずだ」
柔らかな口調で問う旅人に
「ええ……ありがとう、同じようにやってみるわ」
少女は微笑んで剣を受け取り、腕に絡んだ蔦にあてがいます。
が、旅人は焦ったような顔で、少女の手を止めました。
「なにするのよ……!」
「……すまない。ただ、その蔦には剣を使ってはいけないと思ったんだ」
手を止めた時の勢いはどこへやら、やや申し訳なさそうに目を伏せる旅人。
「じゃあどうすればいいの? これを切らなきゃ動かしづらいじゃない!」
そんな彼へ噛みつくように、少女は問いを投げかけます。
「腕を伸ばしてごらん」
けれども旅人は動じず、変わらない調子で助言をしました。
「それが出来ないから……!切ろうとしてるんじゃない……!」
「大丈夫、もうじき切れるさ」
「無理よ!」
少女が怒りに任せてもがくと、蔦はぷつん――と音を立てて切れました。
「あ……」
少女は目を丸くしたあと、旅人をまっすぐ見て言いました。
「すごい……ねえ、もっとあたしに教えて、蔦の切り方」
「ああ」
そんな少女に旅人は、微笑みを浮かべて頷きます。そして、いくつかの助言をしたのでした。
「剣で傷つく事を恐れちゃいけない、切り方が合っていれば必ず楽になれるのだから」
「やみくもに剣を振り回さないで。落ち着いてしっかり蔦を見て切れば、ほとんど痛い思いもしないし、周りのものを傷つけなくて済む」
「全部の蔦を切ろうとしなくていい、動けるくらいでもいいんだ」
一本、また一本と蔦が切れるたび、少女は剣の扱いを上達させていきます。
残った蔦が数本になった頃、旅人が腰を上げて言いました。
「……よし、ここまで切れれば動けるだろう」
少女は頷き、あたりを見回します。
「旅人さん、もう日が暮れるわ」
「あぁ……そのようだね」
旅人の影は、夕日に照らされて長く伸びていました。
「こんなに手伝ってもらってごめんなさい、早くお家へ……」
心配そうな少女の言葉を、旅人がさえぎります。
「家は、ないんだ」
「えっ、どうして」
「君の呼ぶように、僕は、旅をしている人間だからね」
戸惑う少女に、旅人はほんの少し笑顔になって答えます。
けれどもその顔は、どこか寂しそうにも見えるのでした。
「そう……」
少女はうつむき、数秒経ってから顔を上げました。
「ねぇ、考えたんだけど、蔦の切り方を教えてくれたお礼に、一緒にあたしのお家へ帰らない?」
「えっ……でも、君のお父さんや」
お母さんは、良いと言ってくれないかもしれない――そう口にする前に、少女が言葉を繋ぎます。
「あたしはひとりだからいいの、たまには、お家に人がいるのも悪くないわ」
それに、あなたなら嫌な思いもしないような気がするの──言葉の半分を喉に隠したまま、少女は明るく笑いました。
「そうか……」
「では、お邪魔させてもらうことにするよ。ありがとう」
こうして、二人は少女の家に向かって歩き出しました。
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