第13話
山崎大臣の盾となり撃たれた北川の入院から一週間後。六月後半の梅雨の真っただ中。空模様とは逆に北川は晴れ晴れとした顔をしていた。
「北川君、ちゃんとご挨拶してね。ケガが良くなったのも病院のおかげだし」
「わかってるよ。オカンみたいに言うんだな」
北川は奈良出身で関西人なので母親の事をオカンと言ったのが江戸っ子の加奈には新鮮に聞こえた。加奈は北川に付き添い、会社を一週間、有休で休んだ。北川に、戻らなくて良いのか、と聞かれた時も、本心では北川を介抱したいって言いたいのだが、照れ隠しに北川君が気になって、との名目の入院中の付き添いだ。入院中の一週間は毎日、加奈が来てくれたので、北川も傷の痛みを忘れそうになるほどの気分で過ごした。
入院中に見た新聞、週刊誌報道、情報番組で久米のプライベート出尽くした、と言っても過言じゃないほどの報道ラッシュだった。それは久米の父親も同様で、死因は事故死だが、裏に見え隠れする山崎大臣との軋轢が憶測で書かれていた。ある週刊誌では、当時父親の秘書だった山崎大臣が、父親の選挙活動資金に手を付け、株式投資、不動産投資で出来た大きな損失の穴埋めに、島根県への高速道路建設に絡む、大手ゼネコンからの裏金だけでは足らず、下請けにまで裏金を要求した。下請けは工期短縮で裏金分をカバーしようと、不眠不休に近い状態で仕事をしていた。その矢先に、過労が重なった久米の父親は、ノイローゼになり自殺した、と書かれていた。事情聴取の際に、北川は久米の事を聞いたが、事件については何も語っていない、との返答だった。
「お昼は何が食べたい?北川君の好きなの言って。この一週間でどんな食べ物屋さんがどの辺にあるのかは頭に入ってるんだ」
「ほんとにありがとう。入院生活も加奈のおかげで薄味の病院食が、買ってきてくれた美味しい物で楽しくなったし、ほんとに助かったよ。今日のお昼は俺にご馳走させて。加奈こそ何でも食べたい物を言って」
こうしてお互いが食べたい物を考えたら急に二人で大笑いした。笑いながら北川は傷が痛んだがお構いなしに笑った。退院の嬉しさと、加奈と一緒に居る嬉しさを噛みしめながら。
「ハラミ三人前とロース二人前、それと牛タンを先に二人前お願いします。チョレギサラダは1人前で、生ビールが」
「ちょっと、北川君はダメです。私も我慢するから。ね。すいません、ウーロン茶二つで」
食事は病院食が続いていたので、北川が肉、それも焼肉が良いとなり、加奈も二つ返事で受け入れた。スマホで昼間に営業している焼肉で検索すると数店がヒットしたので、一番近い焼肉店に入った。モクモクと煙った、昔から営業しているであろう焼肉店の狭い店内に二人は入り、奥の座敷に案内された。
「昼焼肉って意外と多いんだね。私驚いた」
「俺もだよ。気にしてなかっただけなのか、昼間から営業してる焼肉店は多いんだな。地域特性なのかもな」
先にウーロン茶が届き、二人は乾杯した。
「北川君、あらためて退院おめでとう。一週間で退院出来て良かったね。撃たれた時はほんとにビックリして。北川君じゃ死んじゃうって思ったもん」
「勝手に俺を殺すなって。でも、ほんとにありがとう加奈。加奈が居てくれなかったら、薄味の病院食ばかり食べて、俺なんてガリガリに痩せてたな」
「北川君、病院の肉じゃがとひじきが美味しい、美味しいって食べてたじゃない。昨日なんて大盛にしてほしいって頼んでたし、恥ずかしかった」
加奈はチョレギサラダを北川のお皿に取り分け前に置いた。
「あれはまだ焼肉を知らない俺だったんだよ。今食べてる焼肉で、病院の肉じゃがとひじきの思い出も薄れるんだろうな。チョレギサラダ美味しいな」
食欲は旺盛なままの北川は、チョレギサラダを一気に食べ、ビールがあればなと呟いた。
「牛タンのレモン置いておくね。塩はかかってるから」
「加奈……」
加奈の顔を見て、告白めいた事を言おうとしたが
「牛タン焼けたよ」
お皿に入れてくれた加奈の声と重なって、何も言えなかった。急に照れくさくなって北川は
「牛タンを焼くのは片面だけで、半生状態の上面にこのネギを乗せて、巻いて食べるのが通なんだよ」
加奈は北川の推す、牛タンの焼き方を気に入ったようで何度も美味しいを繰り返し、牛タンを食べた。加奈の仕事の事が気になって訪ねると、有休は十日間取っているので、明日も、明後日も休みだ、と自慢された。北川が仕事に戻るのも同時ぐらいなので同じように加奈に自慢した。
「明日は北川君も家に帰って用事もあるから、明後日はどこか一緒に行こうよ。お互い明後日まで休みだし。この前は浅草に行ったからどこが良いかな?北川君行きたいところある?」
北川は加奈からの予想もしてなかったデート?の誘いを受け、舞い上がっていた。場所なんかどこでも良い、と思いながらも平静を装って横浜を提案した。加奈も横浜を喜んでくれた。
「私、八景島シーパラダイスは気になってたけど、北川君の傷口が開いたらダメだから外すね。お昼ご飯は中華街で食べるとして、山下公園に行きたいな。みなとみらいに温泉施設もあるから行こうよ。北川君の湯治にもなりそうだし」
「奈良から出てきて、仕事も兼ねて色んなところに行ったけど、横浜ってほとんど知らないんだ。山下公園は聞いた事があるけど、お洒落スポットなんだろうな。奈良は海がないからゆっくり海を眺めるのも良いね」
加奈はスマホを操作し、みなとみらいの温泉施設は海を眺めながら入浴出来ると知り、二人は遠足前の子供のようにはしゃいだ。
島根県I市から、新幹線に乗れる岡山駅に向かう道中も横浜の話題で尽きなかった。北川は島根県に来て、出雲大社へ行けなかった事が心残りだった。縁結びの神様として有名な出雲大社に、加奈と一緒に参拝出来たら結ばれるのかも、と淡い期待をしていたのだった。
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