第12話

 六月半ばで西日本から梅雨前線が押し迫り、日本中で雨を降らすこの季節。 北川の入院三日目の雨降りの朝、病室で北川は島根県警の本部長補佐の脇田と話していた。北川は何度か話した事がある、やんわりした性格が顔からにじみ出る定年前の小柄な男だった。

「北川君、ケガの具合はどうですか?肩の健を痛めたそうで、職務復帰はまだ先かな」

「脇田さん、撃たれてまだ3日の私にもう職務復帰の話ですか」

 冗談、冗談と脇田は言って話を戻した。

「今回、来させていただいたのは、山崎大臣が北川君の仕事に感謝しているので」

 ここで少し脇田は言いにくそうに声を潜めた。

「実は久米容疑者の父親が、土木関係の会社をしていたのはキミも知っているね」

「はい、連日のテレビ報道で見ました。高速道路建設中に事故死したとかで」

 北川は久米と良く話をしたが、お互いの育った環境の事などは話した事がなかった。久米の父親が事故死ということも報道で初めて知った。報道を見た時には気の毒に、と思った程度だった。

「で、山崎大臣だが、十五年前の久米容疑者の父親の事故死の際は、当時の国土交通大臣の秘書だった。大臣は山崎大臣の父親の山崎勇、この島根一区からの出馬だ」

「脇田さん、今回の久米の事件は久米の父親、山崎大臣、山崎大臣の父親が絡んだ事件だと言うのですか?」

「今はまだ何とも言えないんだが、キミは久米君と同期で、仲が良かったと聞いたので、そこら辺の話を聞いた事がないかね?」

「私は久米と呑みに行くことは多々ありましたが、お互いの育った環境はそういえば話した事がなかったですね。言われてみて気がついたのですが、久米は自分の過去をあまり話したがらなかったようです。それと、再婚したことも最近知りました」

「久米容疑者の再婚相手とはお会いしたことは?」

「ないです。今回の事件と何か関係があるんですか?」

 脇田はありがちな警察の台詞の、まだ捜査中なので、と言った時に、北川は少し笑えた。相手も自分も警察なのに、ドラマのように捜査中なので、と言われる経験が出来たことを加奈に言ったら笑うだろうな、と考えてさらに笑えた。また聞きたいことがあればよろしくお願いします、と脇田は病室を出た。久米が何故、銃を抜いて山崎大臣を撃とうとしたのか、煙幕は自分が撃ったことをカモフラージュする為なのか、久米の父の死、この事件は北川には、わからないことがあり過ぎた。

 本来、好き嫌いのない北川でも、内臓の健康な北川には、病院食三日目は辛くなっていたところに、昼食が配膳される直前に加奈がやってきた。腕に紙袋を下げ、手にスポーツ新聞が握られている。

「病院食も飽きてきた頃でしょ?差し入れ持ってきたよ」

 百貨店で買ってきてくれたであろう、焼売、鱈の粕漬け焼き、牛肉の佃煮が入っている。

「ありがとう、加奈。病院の薄味に嫌気が差してたんだ。入院中は楽しみが三度の食事ぐらいなんだけど、味が薄すぎて満足感がなかったんだ」

 入院中の楽しみは加奈が来てくれることだ、と付け加えたい北川だが、もちろん言えるはずもない。

「今朝のスポーツ新聞に久米さん、久米容疑者の事が書いていた。読んで」

 手渡されたスポーツ新聞の社会面にはこう書かれていた。

 {山崎勇作大臣襲撃事件の容疑者、久米勝容疑者の父の不可解な死}

 見出しに大きく書かれ、十五年前の久米の父親の事故死は自殺であったこと、遺書には当時の国土交通大臣だった、山崎勇氏の秘書の裏切り、無念が記されていたと書かれていた。

「この記事の事が本当なら、当時の秘書って、今の山崎大臣だよね。北川君が撃たれたことと関係してそうだよね」

 北川は何とも言えなかった。新聞、週刊誌の記事は売れてなんぼの商売。どこまでが事実で、どこからが空想なのかを思うと、にわかには信じられない。警察でも久米の取り調べで動機を解明してくれるはずだ。北川は警察官として、そして被害者としても、事件の全容を知りたかった。

 病院食の配膳が始まったので、ゆっくりご飯食べて、また後でね、と加奈は病室を後にした。

 牛肉の佃煮をご飯にふりかけ、焼売を頬張った。久しぶりのしっかりした味付けのおかず、ご飯と一緒に食べると得も言われぬ味わいの牛肉の佃煮に感謝し、病院の味の薄い味噌汁を啜った。普段なら文句を言いたくなる味噌汁も、卵の味じかしない病院の卵焼きも、この日は美味しくたいらげた。

 久しぶりの食事の満足感、満腹感で満たされた午後、加奈は週刊誌を持って病室を訪れた。事情聴取もあるので、警察が個室を用意してくれていて良かった、と北川は思う。相部屋は会話に気も使うし、良くなってきたとはいえ、北川には談話室までの距離はまだ辛かった。加奈の持ってきてくれた週刊誌には、山崎国土交通大臣襲撃の詳細が綴られているので、わざわざ買ってきてくれたのだった。

「北川君、ここを読んで」

 加奈が指さすタイトルには、久米家の顛末が書かれていた。久米の父親の死後の家庭での生活、久米の学校生活等がインタビュー記事で書かれていた。久米の父親は当時秘書で、現国土交通大臣の山崎勇作氏と面識があった。裏金?事故死?自殺?保険金?久米の父親の死に山崎大臣が絡んでいるかも知れない、と綴られている。

「この記事が本当だったら、山崎大臣もやばいんじゃないのか?」

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