第10話
待機していた救急車が到着し、北川はストレッチャーに乗せられた。加奈が泣きながらストレッチャーに近づいた。
「ねえ、ねえ、北川君、返事してよ、北川君……」
救急隊員に加奈は押しのけられ、北川はストレッチャーで救急車に乗り込んだ。北川の顔は依然として蒼白だった。救急隊員は無線で何かを話している。呆然としている加奈に男が話しかけた。
「北川君のお知り合いの方ですか。私、警護課係長の西と申します」
「北川君の友人で森崎、森崎加奈と申します。北川君は大丈夫なんですか?」
「発砲され、腹部にも銃弾が当たり、出血も多いと聞いています。何か分かればこちらから連絡をさせていただきますので、森崎さんの連絡先をお聞きしてよろしいでしょうか?」
加奈は思い出した。北川が凄く良く出来る上司が居るんだと言っていたことを。この人だとピンときた。加奈は自分の携帯番号と住所、何故、この地に居たのかを簡単に西に説明した。
「北川君を撃った人は誰ですか?何故、北川君が撃たれたんですか?」
この質問には西は答えにくそうにした。現場に居た人間なら演説台も、山崎大臣も煙幕に包まれていて、発砲音が聞こえた認識しかなかった。西はこれから捜査するので、と言われ、これ以上は言えない雰囲気だ、と加奈は察知した。
「せめて、北川君の入院先だけでも連絡いただけますか?」
「その辺も含めて必ず、連絡させていただきます」
西は腰を折り、頭を下げた。西にそうされると、加奈は辞去するしかなかった。現場を遠ざかりながら加奈は、上司に電話した。事の顛末を掻い摘んで話、北川の容態次第で島根に、あと二、三日宿泊する事になるかも知れない、と報告した。事件が起きたばかりで、上司は驚いた。ニュース速報や夕方のニュースでも取り上げられ、日本中が知ることになり、大騒ぎになるはずだと加奈は思った。入院するであろう北川の為に、自分には何が出来るかを考え、街へ出た。
一方で、久米の姿は演説台から消え、確保されたパトカーに、両脇を警官に挟まれ乗せられている。何台かの警察車両と共に、最寄りに警察署へ行くために走り去った。現場では鼻の利くテレビレポーターがインタビューをしていた。発砲から、時間にして小一時間しか経っていない。
加奈は駅前でタクシーを降り、大きな商業ビルに居た。入院に着替えは必須だとわかっていたので、パジャマ、下着、タオル以外が思い浮かばない。スマホを操作して、入院に必要な物で検索すると、洗面用具、食事用の箸、コップ、ティッシュ、筆記用具、スリッパが出てきたので買った。お風呂用具も書いていたが、お風呂は当分は入れないだろうと判断して買わなかった。買い物を済ませ、西からの電話を待ちながら、ショッピングセンター内のフードコートに居た。ニュース番組で、北川の事件が報道していた。容疑者は同僚のSPで久米、年齢は北川と同じだと知った。撃たれたSPは重体、動機などは捜査中、神妙な面持ちでアナウンサーは繰り返した。
夕方までフードコートで、西からの連絡を待っていたが、電話はなかった。加奈は西の連絡先を知らない。待つしかなかったので、ショッピングセンター近くのビジネスホテルを予約した。時刻は夜七時を過ぎた。夕飯を取っていないが、食欲が出るはずもなく、何も食べたくないが、無理にでも食料を詰めといた方がいいと思って、コンビニでサンドウィッチとミルクティーを買い、チェックインを済ませた。部屋に入るなり、テレビを点け、国営放送にチャンネルを合わせた。事件の報道を注視すると、加奈にも事件の流れが分かった。
『容疑者は警視庁警備部警護課 巡査部長 久米勝 三一歳 山崎勇作大臣を狙撃する為、足首に忍ばせていた小型拳銃で三回発砲 銃弾は大臣を護った同僚の巡査部長に二発当たり二発とも身体を貫通 撃たれた巡査部長は重体 容疑者は黙秘を続けている』
テレビで報道されていることは、加奈の知っている内容と同じだった。どこのチャンネルでも同じだと思った加奈はテレビを消した。気持ちを落ち着かせるためと、昼間の汗も流したかったので暑いシャワーを浴びた。シャワーを浴びながら北川の事を考えると、噛みしめた歯の間から、やがて嗚咽が迸り出た。
シャワーで汗と涙を流した加奈は気持ちを落ち着かせ、かかってくるか分からない西からの電話を待った。事件の続報を期待してテレビを点けると、事件直後のテレビレポーターの聴衆へのインタビュー画面が流れた。煙幕だらけで何も見えなくなった時に、銃声が三発して、悲鳴が上がったと足元だけ映し出された聴衆は語った。他のインタビューも内容は同じだった。画面はスタジオに戻され、今では司会者が本業なのか、俳優が本業なのか良くわからない司会者が神妙な面持ちで、ゲストの元刑事に話を振った。
「この事件はテロなのか、容疑者の個人的恨みなのかは、情報が少ないので、今は何とも言えませんが、暴力に訴えるのはダメです。また、撃たれたSPの方の回復を祈ります」
「SPが同僚のSPを撃つなんて前代未聞ですよね。本来、自分を警護してくれるはずのSPが大臣を襲うなんて、本当に信じられない事件です。続きましては明日のお天気です」
がらりと表情を変えた司会者が映ったので加奈はテレビを消した。深いため息を吐いて、髪の毛を乾かし始めた。ドライヤーの音に消されて、最初は聞こえなかったが、加奈のスマホが鳴っている事に気がついた。緊張した面持ちで画面を見ると(お母さん)と表示されていた。時刻は夜九時を過ぎていた。
「もしもし、加奈?」
「そうだけどどうしたの」
「あんた、出張で島根に行くって言ってたよね。ニュースで見たけど凄い事件があったそうじゃない。大丈夫なのかなと思って」
加奈は、話すほどの関係にもなっていない北川の事を、話した事はなかった。この場は、島根の出張でもう一泊して帰るだけと伝えようか迷ったが、今の状況を話すことにした。
「実はね、お母さん、話せば長くなるんだけど……」
間で休憩を挟みながら、加奈は北川と仲良くしている事、職業はSPで、今日の事件で撃たれたのは北川だと言う事、たまたま自分も島根出張で、時間があったので北川の仕事ぶりを見に来たこと、事件があった事を話した。
「加奈の好きな人が撃たれたのね。それは心配だね」
「ちょっとお母さん、まだ好きとかそんなんじゃないって」
「その、北川さんって方の容態はまだわからないのね。だったら島根に泊まり込みなさい。北川さんも意識が戻って、加奈が居てくれたら安心だよ。それで男なんてコロッと落ちるよ」
「お母さんったら何を先走って言ってるの。そんな事だから切るね」
加奈は内心、母に話を出来て心が落ち着いた。コンビニで買った、サンドウィッチとミルクティーを飲みながらの質素な夕飯だが、食欲は今も出ないままだ。ニュース番組を見ながら、加奈なりに事件を考えた。その時、北川が煙幕弾の話をしていたのを思い出した。今日も煙幕弾から事件は始まった。同一犯なのか?模倣犯なのか?最初の煙幕弾の犯人は外国人で、リュックが煙幕弾になった。今回はどうだろう?テレビで煙幕が上がる映像が流れたので注視すると、演説台の後ろ手、地面に近い箇所から煙幕が出始めた。この煙幕と、容疑者の久米は関係があるにしても、どうやってこのタイミングで煙幕が出せたのか?
(そうだ、会社で煙幕の話をした時、遠隔操作か時限装置にすれば良いと話をしたわ。煙幕弾も今回は小さくして、より多くの煙幕が出るように改良した?だったら犯人は同一?)
加奈の閃きは、自分では事件の核心に迫ったのかと思えたが、確認する相手も、話す人も居ない。近いうちに西からの連絡があれば話そう、と考えを整理してメモに書き留めた。
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