なくしたものと勇気の関係

@aqualord

第1話

連休中に田舎に帰省してきた田添さんが、大事なものをなくしたらしい。


途中でなくしたのか、実家でなくしたのか、それとも帰省前になくしたのか、それもわからないらしい。

田添さんから聞いた人によると、その大事なものとはお守りなのだそうだ。

それも神社などでいただくではなく、何かのマスコットを田添さんはお守りとして持っていたという。


「連休前に退社するときにはたしかあったと思う」、と言ってたというので、田添さんの言うとおり、なくしたのは帰省中かその前後ということなのだろう。


「それ、何のマスコットなんですか?」

田添さんのことが気になると言えば気になっていた私は、その話を教えてくれた1年先輩の金田さんに尋ねてみた。

「それが、田添さんは恥ずかしがって教えてくれないんだって。」

「恥ずかしいと言うことは、アニメとかなんでしょうか。」

「かも知れないね。でも田添さんがアニメ好きだって話は聞いたことがないなあ。」


田添さん限らず、社内の噂で、誰がアニメ好きだとか、そんな話は聞いたことがない。


「マスコットということは何か犬とか猫とかのキャラかもしれませんね。」

「まあ確かに。ああ、そう言えば鳥のマスコットだって言ってたな。」


鳥のマスコットだったら、アニメに限らず一時期流行ったご当地キャラの可能性もあるのでは、と思ったが、そこまで拘るネタでもないので私は何も言わなかった。


それきりその話は忘れてしまった。


思い出したのは、その話があって二日後の、たった今だ。

というのも、会社を出てすぐの路地にクリーム色の小さなものが落ちていたのだ。


「もしかすると、いやいや、そんな偶然あるわけないよな。」という変な葛藤もどきを携え、急ぎの用があるわけでもない私は、近づいた。


どうやら勘が当たったらしい。


落ちていたのは、鳥と言えば鳥のキャラクターで、頭に何かギザギザの飾りをつけている。

船のような飾りもついている。

見覚えがあるようにも思えるし、無いようにも思える。

アニメのキャラクターだとすれば、飾りの意味がわからないから、やはりこれはどこかのご当地キャラなのではないか。


とりあえず、田添さんがなくしたという「鳥のマスコット」には当てはまりそうだ。

場所的にも、会社の入り口近くだから田添さんが落としたものだとしても不思議ではない。


私は拾ってしげしげと観察してみた。


落ちているときには気がつかなかったけれど、よく見ると、肌の部分、いや鳥だから肌じゃないか、ええと、まあ何でもいい。とにかく、もとはもとはもこもこだったらしい皮の部分がすれて少し薄くなっているようだ。

汚てはいないが、年季は入ってそうだ。


田添さんはお守りにしていたそうだから、この古び具合も田添さんの話と一致しているような…

まあ、仮に間違っていても、ここに戻すか、警察に届ければいい。

そう考えて私は会社に戻った。


幸い田添さんはまだ会社に残っていた。


「田添さん。」


ほとんどの人がすでに退社していたので、驚かさないように部屋の入り口から声をかける。


「はい。」


田添さんは、部屋の入り口から声をかけた私を見た。


「今ちょっといいかな。」

「少しなら。」


警戒してるようにも思える。

というか、今まであまり絡みのなかった男から終業後にいきなり声をかけられたら、警戒されても仕方が無いか。


こういうときは、単刀直入に切り出すのがいいんじゃないだろうか。


「この前、田添さんが鳥のお守りをなくしたって聞いたんだけど、それ、これじゃないかな?」


そう言いながら、田添さんのデスクに近づいて、一応ハンカチにくるんで持ってきた、さっき見つけたものを取り出して見せた。


「あ、ああ、こ、これです。どこに、どこで見つけてくださったのですか。」


田添さんは大事そうに両手で包み込みながらマスコットを受け取った。


「会社の外に落ちてたんだ。見つかって良かった。」

「ありがとうございます。これ、大学に入学するために故郷を出るときに、一番の親友から、これで故郷と私を思い出してってもらったんです。」


ということは、おそらくご当地キャラで当たりだったわけだ。


「よかったね。故郷ってどこなの?」

「今治です。この前帰省したとき、一年ぶりにその一番の親友と会うことになってたんですが、そのとき無くしたことに気づいて。それで、なくしたって言いだせずに、逃げるようにこっちに戻ってきてしまって、そしたら、もう二度とその子と会えなくなってしまったように思えて。」


田添さんは、目を潤ませていた。

よほど、大事な親友だったのだろう。


「大事なものだったんだね。見つかって良かった。」

「あの、なにかお礼させてください。」

「そんなのいいよ。」

「いいえ、それでは私の気が済みませんので。」


ほんとうに、お礼なんてしてもらう気がなかった私は困った。

ただ、こんなに友人を大事にする田添さんと、これっきりでおしまいになってしまうのも、なんだか寂しい気がした。

だから、勇気を出して言ってみた。


「じゃあ、鳥だけに、トリあえず、ご飯でも行きますか。そこでこのマスコットのことをもっと教えてください。」



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