露草色の逃亡録

純粋なこんぶ。

第1話 

自分の心の内をそっくり映したような空だった。

(なかなか晴れないな・・・。)

古っぽい旅装束を身に纏い、笠をかぶった男は、露店の壁に背を預けて、雨が止むのを待っていた。

(・・・いつから、こんな暮らしをするようになったんだろう。)

男は過去の自分を追いながら、年数を指折り数えた。

15の時に王家という身分から逃げ出し、はや5年。・・・今では、随分、政治にもうとくなってしまった。

男はそんなことを思いながら、空をひと睨みすると、露店に背を向けた。

子供たちの楽し気な笑い声が聞こえたのは、その時だった。

(・・・こんな雨の中、元気だなぁ。)

男の前を、子供たちが走って通り過ぎていく。すると、ふとした拍子に、先頭の小柄な男の子が、何かにつまずいてこけてしまった。

「・・・おいおい、何やってんだよ。」

その声の主は、今度は大柄な男の子だ。しかし、その声に優しさは含んでいなかった。その様子を黙ってみていた自分は、その後大柄な少年がした行動に、はっと息をのんだ。その少年は、こけた子供に寄っていくと、その身体を容赦なく蹴飛ばしたのだ。

そこでようやく、見ていた男は状況を理解した。

(・・・だめじゃないか。政治だけじゃなく、人間にも、うとくなっては。)

そう男は自分を責めたが、何かをしようと思っても、体が動かない。

動いたのは、先ほどこけた少年だ。

「先生!」

そう言うと、その少年は躊躇いなく自分に向かって歩み寄って来た。

「先生!・・・助けてください。あの術を使って!」

今にも泣きそうな表情で自分を見つめてくる少年に、男は何かを言おうとした・・・が、その前に、いじめていた集団が勢いよく後退した。

「・・・なんでここに、先生が?」

「やばいよ。まじであの術を使われたら・・・。」

急に不安そうに喋りだした子分たちを、リーダーらしい大柄な少年はきっとにらんだ。しかし、やはりその術の恐怖には勝てなかったらしい。・・・こけた少年と、旅人ににらみをきかせてから、あっというまに森の奥に消えた。

その集団がどこかへ行くのを見送ると、旅人はほっと息をついた。

「・・・僕、大丈夫?」

少年は不思議そうに旅人を見つめた後、言ったことを理解したように、にかっと笑った。

「うん。・・・慣れてるから。」

「そうか。」

旅人は声には出していないものの、かなり戸惑っていた。なぜなら、この少年の目は、どこかで見覚えがあった。・・・金色の瞳に入った、黒い稲妻模様・・・。

「兄ちゃん、この目が気になるの?」

旅人はびくり、として物思いから覚めた。

「・・・あ、いや。」

旅人は、その質問に否定できず、口ごもった。すると、少年は急に楽し気な表情になった。

「・・・まあ、いいや。気になってるみたいだから、教えるよ。・・・この目は  ね、永遠族とわぞく特有のモノなんだ。」

「・・・永遠族?」

旅人は心の中でやはり、と呟いてから、わざと知らないふりをした。・・・王族でもない一般人が、永遠族を知っているとは思えなかったからだ。

しかし少年はその返答にきょとんとした表情になってから、一変してころころと笑い出した。

「あれ?兄ちゃん知らないの?・・・永遠族を知らないって人、兄ちゃんで初めてかも。」

「そっ、そうなんだ。」

旅人は少年の反応に驚きつつ、少年が心から見せた笑顔に、心が和むのを感じた。

少年はよほどさっきの発言がおかしかったようで、しばらく笑っていたが、ふいに顔から笑顔が消え、目に寂しさをたたえた。

見上げると、雨が降っていてわかりにくいが、空が暗くなってきているようだ。

「・・・そろそろ、うちに帰った方がいい。・・・すぐに暗くなる。」

家族のことを心配しているのだろうと思い、そう声をかけたが、少年の表情は晴れなかった。

しばらくの沈黙の後、絞り出したような声で、少年が言った。

「・・・両親は、」

そう言うと、少年は黙り込んだ。旅人は続きを促すように眉をあげた。少年は息を吸い込み、覚悟を決めたように呟いた。

「・・・両親は、今日、死んだ。」

旅人は驚いて少年を見つめた。少年は必死に涙を見せまいとしていたが、不意に我慢の糸が切れたのだろう。・・・目から涙が零れ落ちたと思うと、わっと声をあげ、泣き出した。

旅人は少年の痩せた体を抱き寄せ、背中をさすってやった。少年と、空が泣き止むまで・・・。


少年はまだしゃくりあげながらも、なんとか泣き止むと、旅人を見て恥ずかしそうに顔をそむけた。

旅人は少年を抱いていた手を離すと、目線を合わせた。

「・・・えっと・・・、どうしようか。」

少年は、それはこっちの台詞だ、というような表情でこちらを見た。

「・・・両親のほかに、身を寄せられるような人はいるか?」

少年は小さく首を振った。

旅人はものを考える仕草をした。

1番いいのは、少年を誰かに預けることだ。しかし、自分には、そんな信頼できる人がいない。・・・それか、もしくは。

(自分が、旅ついでにこの少年を連れて行くか・・・?)

自分はあまりものを深刻に考えない方だと思っていた。・・・しかし、今は本当の意味で、悩んでいた。でも、悩んでいるのは形だけかもしれない。・・・心では、もう決まっているのだから。旅人は微笑むと、自分の運命を覆すように、口を開いた。



















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